第78神 お帰りなさい
目を覚ましたら、保健室だった。
俺はよく気を失ってる気がする。
横を向くと、夕方に差し掛かる、オレンジの景色。
そよそよとカーテンが揺れているから、前髪が軽く浮く。
赤雷の屋台に行って、蓮水さんと会ってからの記憶がない。
あれから、俺は何をしていたんだ?というか、今何時?
夕方ってことは一日目終わっちゃった?俺お菓子とか食べてない…。
『蓮、おはよう。寝坊助さん』
ズキン、と頭が痛む。
似たような言葉を最近、聞いた気がする。
いや、火雷はよく俺に朝起きるたびに言うから、多分違う。気のせいか…。
「おはよ、俺何してたの?ずっと寝てた?というか今何時?」
『……今は、文化祭2日目だよ。あの後、蓮ずっと寝てたんだよ』
「え!?」
パッと起き上がってしまったことで目眩を起こす。
「うぅ…」
『こら、そんなに急に起き上がるな。危ないだろうが』
「だってぇ…」
痛くて涙が少し出てしまう。
風伯と火雷を見ると、眉を寄せて、苦い顔をしているのに、複雑そうな顔で微笑んでいる。
「…?どうしたの?なんか、痛い?神様にも痛みがある感じ?いやそりゃあるよな…大丈夫?」
心配して、火雷と風伯の顔を覗き込むと、風伯が小さな手で俺の頭を乱暴に撫でてくる。
「わっ、わっ!何すんだよ、急にー!」
『…いや、お前は、そのままでいてくれ』
ギュッと小さな身体で火雷に抱きしめられる。
頭に抱きつくので、風伯の顔も火雷の顔も見えない。
『大丈夫、何もないよ。何もなかった。
蓮、蓮…大丈夫だよ、ありがとうね。私たちの優しい子』
「…?本当に何があったんだよ…?」
神は涙を流せない、感情がないって、前言ってたけど、そんな事ないのかもなぁ。
だって、こんなにも2人は苦しそうな声を出してる。
「蓮、起きたのか」
鷺沼さんの声と共に保健室のカーテンが開く。
「あ、鷺沼さん」
なんか久しぶりに声聞いたなぁ。
火雷と風伯のせいで何も見えんけど、多分そこにいる。
「…っ」
息を呑む声。
なんで?俺の顔が2人の体で隠れてるから????
ゆっくりと2人が顔から離れる。
鷺沼さんもどこか苦しそうに、でも納得したように笑った。
「…そうか、蓮おはよう。調子はどうだ?」
「よくわかんないですけど、よく寝たのですこぶる元気です!」
「実はお前が寝てる間、悪魔が龍の手を使ってドームで大混乱が起きたんだ」
「え!!?」
俺が寝てる間にそんな、大事件が…?!
「龍の手って、そんなすごい代物なんですか?」
「ああ、願いを叶えてくれる手でな。悪魔が頂点に立つ世界にしようとした、悪魔の仕業でかなり大変なことになってたよ」
「うぅ、なんで俺寝てたんだ〜!!」
頭を抱える。くそ、俺だって役に立ちたいのに…
いつもなんか、良いところで何もできてない気がする…!
「そうだなぁ、今回は守護者が大活躍だったぞ」
「エェー!なおのこと行って役に立ちたかったぁ!」
「…いや、お前は充分役立ったよ」
「寝てただけで??邪魔ってことです??」
混乱していると鷺沼さんが笑う。
「ああ、違う違う、はは、うん。お前はそういう奴だよなぁ…」
「ええ…?なんなのみんなして…」
「俺からみんなに蓮が起きたこと、伝えとくからもう少し寝てな」
「いやいや、流石に寝過ぎですよ…」
『ダメだよ蓮、強い衝撃だったんだからちゃんと寝ないと』
「いや、だって俺お菓子も食べてないし…」
飴とか、飴とか…味もわからないままだった。結構楽しみにしていたのに。
火雷が唖然とした声で反芻する。
『…お菓子』
「え?ほら、買ったのに食べてないじゃん、白刄の飴とか…」
『あ、ああ〜…蓮、もしかしてそれのこと気にしてたの?』
「気になるじゃん!味!海以外の味があるんだよ!?」
火雷が我慢できないという顔で笑う。
風伯は呆れた顔をし、鷺沼さんまで笑う。
「なになに、なんで笑うんですか!」
「いや、うん、ははっ」
「お前さ、お前さ〜〜〜」
鷺沼さんが軽く自分の頭をぐしゃりと掴みながらゆっくりとした動作でしゃがみ込んでいく。
「……なんで、そういうことするかなぁ…」
小さく呟いた声は俺の耳にまで届かず、夕暮れの匂いや、生ぬるい風だけが俺たちの間を包んだのだった。
保健室から出て、外の風を浴びる。
ベンチにゆったりと腰をかける。
なんか寝てたにしては身体ガッタガタなんだけど…特に足。
なんか全力疾走した後の筋肉痛みたいな…。
「涼しい〜」
火雷と風伯は鷺沼さんと少し話すことがあるとのことで、席を外している。
俺は寝てても楽しくないので夕日を見るために外に出てきた。
ぼーっと眺めていると、誰かに呼ばれる。
「あなた?」
聞き覚えのある声に振り向く。
きょとんとした顔でこちらを見る、黒髪の女性。
「…えっと、眠花、さん?」
「!…ええ、来園眠花です。覚えていたんですね」
一瞬目を見開いたあと、すぐに笑みを浮かべた眠花さんが、こちらに近寄ってきて隣に座った。
「そりゃぁ、色々出会うことがあったので、七不思議の時とか、雨水の時とか…」
指で数えるように言うと、眠花さんが笑う。
………あれ、今まで、この人とこんなに距離も近く話してたっけ。
「そうですか、あなたの印象に私は強く残ってるみたいですね?」
普通に話しかけてくるので、距離感いつの間におかしくなってる?
あれ、仲良くなったきっかけとかなかった気がするけど…?
でも何故か、胸が高鳴る。
見ていると、ドキドキする。
「ぁ、えと、俺の、節目節目に、貴女と会う、機会が多かった気がして…?」
「ふふ、じゃあ、またどこかで会うかもしれませんね」
「あ、会いますかねぇ…?」
眠花さんは、少しだけ目を伏せて、立ち上がり俺を見下ろすように正面に立つ。
「会いますよ、必ず」
「か、必ず…?」
「ええ、必ず」
「すごい自信ですね…」
眠花さんは困惑する俺を見て楽しそうに、懐かしそうに、笑う。
「ふふふ、私あなたとお友達になりたいんです。これからも仲良くしてくれますか?」
「…そりゃ、もちろん…」
にこ、と笑った眠花さんは何故だかわからないけど、とても綺麗だった。
「それじゃあ、明日の舞、楽しみにしてますね」
「あ、そっか…明日夜に舞があるんだった…」
「そうですよ、頑張ってくださいね」
それじゃあ、と去っていくのを眺めながら、夕日が消えて夜空がのぞき始めたことに気づく。
「そろそろ戻っても良いかなぁ」
風伯たちのもとに、戻ろう!と立ち上がる。
なんか話したそうだったから俺は気を利かせてわざわざ外に出てやったんだからな!
俺だけ除け者にしちゃってさー、なんだよー。
でも、3人とも悲しそうな顔をしていたから、何かがあったんだよな。
俺の、知らないところで。
それは聞いちゃいけないことだと、流石の俺もわかった。
覗く夜空を見上げる。そよ風が冷たくなっている。
月だけが俺たちを照らしていた。
未来を託された高校生は、何も知らない。




