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守護の記録  作者: ツギハギ
春夏秋冬祭り──閉幕──
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第77神 また会おう

 俺は、幻治郎さんと別れて走った。


 ドームの中に突っ込むのは得策じゃないことは、この人混みで察した。

 ならば、と階段を登りとにかく上に上がる。

 ドームがどういう状態なのかを見下ろして確認するべきだ。


「西城学園が作ってるだけあって無駄に広いなぁ!クソ!」


 幻治郎さんごめん、俺のこと心配してくれて色々言ってくれたんだと思う。


 でも、俺さ……俺。



 まだ何もできてないんだ。



 階段の段差を飛ばして上がる。

 ああ、この身体は本当に出来てない。

 まだ体力もない、すぐに疲れるし!


 いつの間にか戻ってきていた火雷と風伯が俺を見上げる。


『蓮、今の蓮の声は聞こえてる?』

「……聞こえない、聞こえないんだ」

『そんな…』

「なに、どうした?」


 火雷が少し心配そうな顔をする。


『あの子、すごく怖がりなの』


 その言葉に驚いてしまう。

 そういえば…と記憶を遡る。


 お化け屋敷でも、初めてマガツヒ化した女子高生を見た時もずっと怖がってたな…。

 なんなら、雨の守護者の話で泣くし、幻治郎さんの言葉で泣いたり怒ったりと忙しかった。


 七不思議で、俺の記憶を叩かれるたびにキツそうな顔もしてた。

 俺は、別にどうでもいいけど。


「…ああ、うん、わかる気がする」

『そう、もしかしたらあの子、今1人かもしれない』

『…寂しい思いをしてるかもなぁ』


 風伯と火雷が蓮を心配そうにしている声を聞いて、うちのお父さんとお母さんは蓮のことが本当に大切らしい。



 なんか、親を取られた兄の気持ちだ。

 幻治郎さんも、心配してたな…。


 ──なんだ、みんな蓮のこと大切にしてるんだなぁ。


 お前、(ハチス)の今世の魂なんだろ。


 ……なら、戻ってこいよ。


「はぁ、はぁ…はぁ、ここ、放送室…?」


 …確か、このドームで一番上にあるのが放送室だった。てことは、ここがてっぺんか。


 息を整えて、吐く。

 ──わからない、俺には何も。

 守護者が神になる可能性の持った器だということも。

 産夢の書き換えがここまで影響していたことも。


「…ふぅーー……」


 俺はただ、因縁の相手である、あいつが復活した時に倒せる奴がいないと世界が終わるかもしれないと思った。だから、制度を書き換えた。


 マガツヒもきっと、終わらないと思ったから、対抗策を入れるために、守護者を転生させるようにした。


 ただ、それだけだ。

 この世界の応急処置、この世界が回るように、した。

 俺の大切な人たちを守るために。


 小さな世界よりも、根の国という大きな世界のことを考えていた。

 ──いや、そのおかげでマガツヒの対抗策が取れているなら良いはずだ。

 ……俺は何も悪いことをしていない。


「俺は、じゃあ…どうしたら良いんだ」





 何もわからない、わからないけど今、


 この扉を開けろと言っている気がする。


 俺の中の、神無(かみな)蓮が。



 ドアノブに手をかける。

 少し古いのか蝶番が擦れる音が響き、澱んだ空の色が見えてくる。


「……ああ」


 開けてすぐに見えたのは混沌としたドームの中で、守護者が戦っている姿だった。


 そうして次に目の前の小さな悪魔。


 その向こう側のドームでは、血だらけになっている奴や、食われかけている奴、負傷して隅の方にいる奴、目の前に大きな悪魔が二体、鷺沼たちが戦っているのが少しだけ見えた。


(…こいつだ、こいつが全ての元凶だ)



 魂の形は刀。

 風伯の力の気配を感じる。

 ああ、馴染み深いな。懐かしい。

 1度目を強く瞑る。



「風伯」

『──もう、いいのか』

「うん」


 …気づいていた、俺はきっと、記憶を取り戻すのが早すぎたんだ。


 まだ成熟していない体に、感情が、知識が、濁流のような記憶が、『神無(かみな)蓮』に追いつかなかった。


 スラリと刀を取り出し、全く気づいていない悪魔に向かって、一閃。

 刀を引くように、優しく斬る。


 優しい風が刀から流れるように溢れて、痛みもなく、斬れる。


【────あ?】


 斬られたことに気づかない悪魔がこちらを振り向く。


【なんだお前、いつの間に!】


 悪魔の持っている手から龍の手が落ちる。

 咄嗟に中に入りそれを掴む。


 悪魔がこちらに手を伸ばすが、悪魔の身体が半分、ズレた。


【あ、?】


「…お前、斬られてるよ」


 ジュワッと音がして斬った跡から蒸発していく。


【うわ、うわうわうわ、なんだ!なんだよコレェ!!】


「斬られても喋れるなんて悪魔ってすごいなほんと」



 混戦している下の声や、能力が撃たれる音を聞きながら目の前にいる悪魔を見ていると、半分になった身体が斜めに落ちていく。

 片方しかない身体で、それでもなお悪魔がこちらを睨むように見上げる。


【オマエ、おまえぇぇえええええええ!】


 目の前にいた小さな悪魔は呆気なく消えた。

 泡のように、蒸発するように消えていった。



 あっさりとした勝利に、なんの感慨も浮かばない。

 ただ、切れたんだなとそれだけしか出てこない。


 刀を納めて、ドームの下を見る。大きな悪魔二体は変わらず動いているし、他の悪魔たちも空から落ちてくる悪魔も、変わらない。

 つまり、叶えたという事実のみで龍の手は動き続けている。

 願いを言った者がいなくなったとしても、叶えてしまったらそれは継続される。

 故に、混沌は変わらない。



「…どうすんだこれ」

『…お前も参戦したら良いんじゃないか?』

「──今の俺に、神無(かみな)蓮にその力はねえよ」


 幻治郎さんの言葉が響く。

 融合したらいい…と。



 でも、俺の中に神無(かみな)蓮の声はもう全く聞こえない。

 融合なんて最初からできなかったんだ。


 風伯が静かにこちらを見てくる。

 なんとなく、わかっていた。

 浮かれていたのも事実だ。



「記憶が戻ってさ、嫁に会えて嬉しかったんだ。

 旧友たちと話せて、お前たちに会えて、

 めちゃくちゃ楽しかったし、最高に幸せだなって思った」

『蓮…』


 火雷が眉を下げてこちらを見る。

 俺の守護神たちは察しがいいなぁ。




 わかってて、それでも俺の意思を尊重してくれるんだろ。

 知ってるよ。お前ら優しいもん。



「…俺さ、人間が嫌いだったよ、なのに人間が生きる制度なんか作って、どっちなんだよって話だよなぁ」



 神無(かみな)蓮は、優しい子だ。

 記憶を見たから、知ってる…。

 刀を握りしめる手が痛い。強く握りしめてるからだと頭では分かっていても、今から行う自分の行動に勇気がなかなか持てない。



 ──優しい、人間だよ。

 きっと、俺のこの感情にすら、同情するような、そんなやつだと。

 あいつの中でずっと見てきた俺が、1番わかってた。

 仮契約の時、親の顔や友人の顔が消えることにひどく怯えていた。

 それほど、日常のことを大切にする、小さな感情を大切にする子なんだ。


 すぅ、と息を吸い、前を、現実を見る。

 今もなお、混戦状態は続いている。

 視界が歪む。


「…ふ…」




 ────今の俺とは違う。


 手に持っている龍の手を弄ぶ。

 そうだよなぁ、俺が書き換えたのと同じことをあの悪魔はしたんだ。

 きっと。



「────だから、俺は」



 少しだけ空を見上げた。

 黒い雲の向こうで、守護者たちがまだ戦っている。




 俺が作った世界だ。

 俺が守ろうとした世界だ。

 目を細めて、笑う。


ハチス(前世)が、神無蓮(今世)をこの身体に返すよ」


 胸の辺りを強く握る。顔を伏せ、下を向く。


「じゃないと…神無(かみな)蓮を大切にしてる奴らに、申し訳が立たないからさ」


 混戦の場から目を逸らし、振り向き、風伯と火雷に向かって笑いかける。


「火雷、風伯。眠花によろしく伝えといて。こんな旦那でごめんって。また待たせるって」

『それは自分で戻ってきた時に言え』



 なんだ、また戻ると思ってんの?

……ふ、俺は思わないけどな。


 握った龍の手を見て、自分の胸に当てた手を見る。


────聞こえるか、神無(かみな)蓮。


 俺は今からお前に言いたいことがある。


「早く戻ってこい馬鹿野郎」


 お前がいないと嫌そうな奴らもいるみたいなんだ。

 俺が戻ってきて嬉しそうな奴らもいたけどさ。


 そいつらにはほんとごめんって感じ、謝っとかねえとなぁ…。


 後ろではまだ戦っているのに、俺は焦るわけもなく酷く穏やかな気持ちで龍の手に話しかけた。


「なあ、原初の龍さん」



 "汝、何を望む"



「願いって何度も叶えてくれんの?優しいねえ」


 はは、と笑った俺に風伯と火雷はそれを見届けてくれるのか、静かに見つめる。



 "願いはなんだ"


「俺の願いはさ、一つだよ」



「──世界を、戻してくれ」


 "運命の女神のところまでか?"


「できんの?」


 フッと笑えば龍の手は




 "無理だ"




 抑揚のない声で断言した。


「だろうね、アレは原初の龍でも覆しようのない歴史だ」


「だから、俺が望むのは簡単だよ。


 ────悪魔が願う前に戻してくれ」


 "代償を差し出せ"


「代償は、神無蓮が思い出した、ハチスに関する記憶の全て。

 つまり──赤雷の屋台で蓮水と出会ってから、今、この時までの記憶全てだ」


『っ、蓮、それは』

「いつかまた思い出す。

 今は主人格である、蓮が戻って来れそうにないくらい、俺の自我が強すぎるらしい…」


 胸に手を置き、今は消えている今世の魂を見つける。



「俺がずっとここにいると蓮が消えちまう。

 …それに、またいつか思い出すよ。その時は俺をまた迎え入れてくれ」



 "構わないんだな"


 龍の手がわざわざ聞いてくる。


「なに?お前も俺のこと知ってんの?俺有名人だなぁ、はは!」


 蓮の顔では見たことがないような、皮肉げな顔を見せてしまう。


「構わない」


 "心得た"


 "貴様の願い、叶えてやろう"


 龍の手が浮き、光る。

 悪魔が少しずつ消えていくのを見て、俺は笑う。



 ああ、『ハチス()』が消えていく感覚がする。

 記憶が薄れる、というとおかしいな。俺は俺なのに。

 だんだんと、前世と今世が分たれる感覚を覚える。



 最初に──蓮水と出会った時の、あの感覚に似たもの。

 今世の蓮は気絶しているのか、眠っている。


 感覚としては眠る蓮の人格の手を引っ張り上げる。




 ────戻ってこい、俺も案外お前が見る世界、嫌いじゃないんだ。


 蓮、お前はこの世界で、俺が守った世界の先を見届けてくれ。

 ハチスは、まだお前には早いらしいから、色々なことを見て、経験して、そんでまたどこかで、俺に教えてくれ。


 自分より前に来た、そんな気がする蓮の背中を最後の最後に、強く押した。




「じゃあな、風伯。火雷!また今度会おうな!」



 ──ぶつん。



 先程まで笑っていた蓮が目を瞑り、ふらりと身体が傾く。

 地面に落ちる前に、火雷が抱き止める。

 あどけない顔で眠る蓮の顔を見て、火雷と風伯は一度強く蓮を抱きしめた。



『…ハチス、私たちから見れば、あなたも蓮なんだよ』

『本当になぁ』


 黒く澱んだ雲が散るように消え、青い空が覗く。


 時間が遡るのではない、現象として起こった悪魔が降ってくるという事実が消えた。

 戦場の傷跡も、守護者たちの傷も変わらない。

 ただ、悪魔の侵攻が終わっただけだった。


 下にいた鷺沼たちは、目の前から悪魔が消えていくのを見て固まる。

 上を見上げれば空は綺麗で、悪魔なんていなかったように見える。


 その代償が1人の記憶だと、誰も思わない。

 守護神たちだけが、彼の最期を見た。









 ────これは、守護の記録。










 誰も知らない、守る者達の記録を語る──物語。


──未来を託した、英雄の話。

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