第76神 たすけて
腹を貫かれて体が傾く。
霊力が少しずつ薄まるのを感じたのか終さんが出てきて、悪魔の指を切る。
『大地!』
終さんに抱えられる。
鷺沼さんや、色さんがこちらを見る。が、悪魔の手が迫っていたのでそれとの戦いでこちらに向ける余裕がないようだ。
身体が冷えていく、死の体験とはこれのことなのか、妙に冷静な頭が呼吸のしにくい肺から息を吸って、吐く。
……死ぬ。
死ぬ。
多分これは死ぬ。
肺からざらざらとした音が聞こえてくる。
お腹だけじゃなく、肺にまで穴が空いてるようで、意識があることすらおかしい。
なんなら、もう目の前はぼやけて朦朧とし、意識は飛んだ。
「色華!!」
鷺沼の声に、色華が自身の守護神を呼ぶ。
「纏様、回復!」
『終、お前も動くなよこの傷は致命的なはずだよ』
ズル、と音がして纏の手から狐の影が飛び出す。
『大地…痛いけど我慢しなよ』
狐の影がぐるぐると大地の傷を塞ぐように腹に収まった。
影はギチギチと音を立てて大地の腹にくっつく。
「ぃ、ぁぁぁぁああああ…!ぐぅぅううあ」
脂汗が止まらない。
いたい、いたい、わかんない、なんでいたいんだ。
目の前が真っ暗だ、何も見えない。
頭が重たい、くらりとする。
「は、はぁ、はぁ、」
「とりあえず大地は動かないように…終さん………終さん?」
大地のそばから離れた気配を感じた色華は終を呼ぶが、そこにはいない。
どこに、と振り返らなくてもわかった。
大地を刺した悪魔が真っ二つに割れ、血が噴き出ている真ん中で、両手を広げながら笑っている、悪魔よりも悪魔の顔をした神がそこにはいた。
『はっはははははは!!!』
笑う。笑う。
その声はどこまでもどろりとしていて濁っている。
噴き出る血が黒くなり、こぽこぽと泡立つ。
人の、呪いを背負った神の目に月が落ちる。
──終という神は呪いの神だ。人から呪いを受け、憎悪を持ち手足をもがれてなお生き、神から権能を継承した神。
人という存在を大切にするその神にしてみれば、一等お気に入りの子。自分の子を殺されかける。
そんな事実、あってはならない。
『俺の家族をよくも』
びしゃ、と崩れ落ちる悪魔を見た後、龍の手を持つ悪魔──アポロに目を向ける。
肩を揺らして怯えるアポロに終は笑う。
『俺が許すとでも…』
終の体が大きくなる。肋骨の中に吊るされた札、手首のない手だけが動き、アポロの近くにいる悪魔の頭を捻り潰した。
終の目が赤く光る前に終の頭に金棒が飛んでくる。
『ぐぁ!』
頭を打ち付けられた終の向こう側で金棒を投げたフォームのまま真顔の八代がそこにはいた。横には呆れている下崎。
「…八代、もうちょいやり方あったじゃん」
『これが1番手っ取り早いので』
「雑なんだよなぁ…金棒の扱い」
終に近づいて金棒を抜く。
『コレは纏様が縛り付けておけば基本動けませんよ』
『ありがとうね八代』
「大地の様子はどう?」
「…応急手当てをしただけだから、何時間持つかわからない…」
「…そう」
ぐったりとしている大地を下崎は心配そうに覗き込む。
顔の白くなっている大地を見て、ぐっと口を噛む。
「…私がここを見てるから、下崎さんと八代さんは悪魔をお願いします」
「……」
下崎は1度目を瞑り、頷く。
「わかった、さっさと終わらしに行こう八代」
『鷺沼さんと色さんがだいぶ実況席に近づいているようなので我々はその下を殴りましょうか』
「それじゃあ、ここはよろしくね」
色華と纏を置いて、下崎と八代は、下から鷺沼達を襲おうとしている悪魔達を殴りに向かった。
「…纏様、他に怪我人は」
『今のところ重症者は大地くらいだね。他の子達は他にも治癒の神がいる。…呼んでこようか』
「お願い」
『賜った』
交戦中の悪魔達の間をするすると抜けていった纏様を見送り、大地を見下ろす。
顔が白く、汗が止まらない。手足も冷たい。
ギリギリで生かしているという事実に気持ちが沈む。
「大地…大地、大丈夫だよ。大丈夫だからね」
「…っ、ふ、ふ…っ…」
大地の頭を膝に乗せて、優しく頭を撫でる。
流れてくる脂汗を拭く。
きゅ…と裾を小さく握られて、そのことに少しだけ驚きつつも色華はもう一度大地の頭を撫でた。
少しずつ力が抜けていき、完全に意識を失った大地に内心焦る。
少しだけ聞こえる小さな鼓動がまだ生きていることを教えてくれているが、それでも、怖い。
『ただいま』
「フリッツさん」
白い狼に乗った纏様が戻ってくる。この狼は、フリッツさん。
人型に戻ったフリッツさんは短髪に白い髪色をしている。
信善寺で教師をしている戦の神にして治癒の神様だ。
『よぉ〜、ったく、前に出過ぎたなぁ大地』
「…愛依さんは?」
木兆愛依さんは、守護者だということを同じ守護者にもあまり知られたくないようで隠しがちだが、今回は表に出てきたらしい。
『お姉さまは向こうで回復中。俺様は他の奴らの治癒に回ってたんだよ。
さて、と…まあどこまで回復できるかはわからんが…』
穴の空いた体を一瞬目を細める。痛々しそうに……と呟いたあと手のひらから淡い光が現れる。
『踏ん張れよ、大地』
「…ッ、ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!!!」
…身体の治癒とは、本来肉体の再生だ。加えて神であれば痛みもなく再生させることくらい可能なはず。
「……痛みを、無くすことはできるんじゃないんですか…わざわざ…なんでこんな」
『んー?まぁそうだなぁ、飛んでるからな、意識。あれよ。赤ちゃんの産声あげさせるようなもん』
「…よくわかりません…」
『ほら、落ち着いてきた』
「…は、っ、はー、っ、はー、」
短い息を吐き、肩と胸が上下に動く。
脈がバクバクと短くリズム良く小刻みに動いている。
『よし。とりあえずそのままな、完全に塞がったしな』
大地の身体からくっつけていた狐がするりと抜けていく。
応急処置をしていただけにすぎなかったが、役に立ったらしい。
『その狐のおかげで、大地は生きてる。それがなかったら死んでたぜ』
…私がたまたま梟谷さん達に連れられてドームに来なかったら、いち早くここに駆けつけていなかったら、大地は死んでいた。
変わらぬ表情のまま、身体の芯が冷える。
ああ、嗚呼。
良かった…!
「…ほんとに、良かった…っ」
ぎゅぅ、と大地の頭を抱きしめる。
相棒を生かすことができて、本当に、本当に良かった。
『とは言え戦況は変わらねえな…狙われないように大地は救護の方に回す。安静にできるベッドのほうがいいだろ』
「はい」
頷いた色華を見てフリッツさんが大地を抱えた。
握られた裾が少しだけ持ち上がりそうになったので大地の手から解く。
「よろしくお願いします」
『おうよ』
フリッツさん達が走り去ったのを見届け、纏様と一緒にドームを眺める。
お兄と鷺沼さんがあと少しで届く。
…なら、私たちのやることは一つだ。
「大地と同じような人がいないか見て回りながら倒す」
『了解』
異世界の魔界の扉が開かれ、無限悪魔湧きとなった今、実況席の悪魔にまで誰も辿り着けない。
【いひひひひ!見てください魔王様!アルバート様、俺様のことを侮ったあいつら!これで根の国は我々の国となります!
俺様だってできるんだ!これくらい!】
悪魔は下を見下ろし、やって来ようとする鷺沼や色をギリギリでたどりつかないようにしている。
「ああくそ!うざったいなぁ!」
色の声を優雅に聞きながら落ちてくる悪魔の空を眺める。
自分の知っている悪魔達ではないが、いい働きをしてくれている。
鼻歌さえ歌いそうなくらい機嫌良く座るその悪魔の背後。
その実況席の後ろにある扉がゆっくりと開かれたことに、悪魔は気づかなかった。




