第74神 いかないで
ドクン、と胸が鳴る。
聞こえていた、聞こえていたんだ。
昨日までは、確かに聞こえていた。
『…そう、聞こえてないんだね』
答えないことこそが答えだと言うように呟く幻治郎さんはアルバートさんを呼ぶ。
『アル、お前出来るよね』
『嫌なんだぞ、めちゃくちゃ俺悪いやつになるじゃないか』
『お前魔王だろ一応。蓮が消えたら今度はハチスが危ないんだよ』
『良いだろ別に神になる分には悪いことじゃないさ。
だって蓮のことを邪魔だと思ってたんだろ?』
まるで、責められているかのような錯覚に陥る。
違う、事実を言っているだけだ。わかってる。
『アルバート、嫌味な言い方はよせ』
『とにかく、俺は無理やり蓮を引っ張るなんてことしないよ。あの子は自分で戻って来れる胆力があるから大丈夫さ』
『…はぁ。
じゃあ、ハチス。お前は、蓮に声をかけ続けろ、お前がいることは悪いことじゃないんだ。蓮はそう簡単に折れるやつじゃない…
弱いけど、お前の言うような人間とは違う、優しい、良い子なんだ』
俺だって蓮なのに、どうしてそこまで“今の俺”を守るんだ。
「…わか、った」
『不服そうだな?』
「…俺は、違うって否定されてる感じがしただけです」
『ふ、そういう素直に吐き出すところは今のお前と変わんないよ』
「まだ、悪魔のところに行ったらダメなんですね」
『往生際が悪いね、お前の今の状態で行ったって何の役にも立たないよ』
「…っ」
確かに守護者になりたてだが、昔と同じように行うことだってできるだろう。と考えていたことがすぐバレてしまったのか、幻治郎さんは俺の沈黙に対して言う。
『…何考えてるかわかるけど、できないよ。それは、昔のお前はちゃんと身体が作られていて、術の精度が高かったから出来たことで今の守護者なりたて、現代っ子が昔のお前と同じことしたらその身体が壊れるよ』
「うううぅ…」
『相変わらず、我慢ができないんだねえ君。すぐ突っ走るその癖、やめた方がいいんだぞ』
『お前に言われたくはないだろうな』
『俺よりハチスの方が走りがちだよ』
モニターを見ると、色や鷺沼がドームの中まで来ていた。
カメラマンがすごい仕事をしているとしか言いようがない。
どこからともなく現れてきた悪魔たちにドームの中は大混乱だ。
『ハチスの記憶との融合なんて俺にはどうでも良いんだけど、
それよりこの空は結局なんなんだい?』
「…悪魔が、原初の龍の手を使ったんだと思います」
『はあ!?原初の龍の手!?』
『また、それを商品にしようと思ったそっちの先生たちもすごいな。知識がなかったんだろうなぁ』
『はぁー、俺でさえ生まれてこの方あんまり見たことないのに、あーあ今日行けばよかった。今からでも行こうかなぁー』
『行ってこい、そんで蓮の記憶を止めろ』
『そこは俺本当にどうでも良いんだぞ…いい厄介払いしたいだけじゃないかい君』
「…俺は、悪魔をどうにかしたい。ここで何もせずに今の俺に声をかけたって反応がないんです、なら俺が!」
『ハチス、いつまでお前は英雄でいるつもりなんだ』
「…え」
『今のお前は、守護者であったとしても、普通の人間だ。突っ走ってどうにかなる話はとうに過ぎてるんだ』
辛辣な、言葉だった。
同時に、これは彼の優しさだ。
英雄で居続ける必要はない。という、優しさ。
ハチス伝説なんて、伝説の人のように扱われている俺を、人に引き摺り落とすための、言葉。
「優しいですね…」
『優しさだけじゃない、打算もあるよ。とにかく今は』
「でも、英雄になりたいから俺は行くわけじゃないです」
「俺は、ただみんなを助けたい」
スマホを強く握りしめて、息を吸って、吐いた。
「…だから、ごめんなさい!幻治郎さん!初めて裏切ります!」
ブツっと電話を一方的に切る。『あ、こら!』と言う声が聞こえたが無視だ無視!
なあ、今世の俺。
聞こえてるか?聞こえてるなら、返事をしてくれ。
俺は別に神様になりたいわけじゃないし、精神を崩壊したいわけじゃないんだ。
…そりゃ、家族のことやお前の友人に対しての記憶や感情がないから、どうでもいいと思っちゃうけど。
ただ、ただみんなを守れるなら、それでいい。
また、眠花に、みんなに会えるなら、それでよかった、ただそれだけなんだ。
守護者が神になれるだって?とんでもない話すぎるだろ、俺はそんなつもりで制度を作ったわけじゃない。
そもそも、相性のよし悪しは天帝が決めるものだ。いや、それも俺は初知りだったんだけど。
何もかもが昔と違う、感情も、見ているものも、知識も。
それでもいい、それでも良いから。
罪を、俺の罪を償わせて欲しい。
走りながら、ドームの中を目指したのだった。
「あーあ、切られた」
執務室で、幻治郎はため息をつく。
「君、用心しすぎなんじゃないのかい?」
「当たり前だろ、1番神になれる素質を持つ守護者が、産夢を書き換えた天才だぞ」
「君は異次元だけどね」
「異次元じゃない。いや、とにかくそんなやつが神になってみろ。
何するかわからんだろ。」
「死にそうな人間を助けて、死んだ命を生き返らせようとする英雄精神でも出てみろ、それが神としての力を持って行えると知ったら?そんなもん秩序の崩壊だ」
「…まあ、確かにね。今はその運命のルールを律儀に神様たちが守ってるから循環されてるんだもんねえ」
「蓮は……ハチスは人が嫌いなくせに仲間が傷つくのはひどく嫌がる」
「懐に入れた相手に弱い。神になって、あいつにとって身内判定されてるやつが傷ついて、世界壊しましたなんて洒落にならん」
「なんなら、あいつはそれで、街を一つ破壊したんだぞ。」
幻治郎はため息をもう一度ついて、普段鷺沼の座っている席に深く座り直す。
「神になるトリガーは、感情の起伏だ」
「へえ、じゃあ身内が本気で死にかけたら簡単に神になれちゃうんだ」
「…そうだよ。内側から溢れる霊力が神力に変化する。
本気で殺したいと思った時に、なるかどうかの選択肢を与えられる」
「誰に?」
「天帝に」
「ふーん」
────血だらけの手を眺めて、必死に息を吐く幻治郎に、聞いたことのない、声が届く。
"救えるぞ、その力があれば皆を救うことができる"
背もたれに背を預けて、昔を思い出した幻治郎は目を伏せて眉間を揉む。
「………神になったら次は?マガツヒが今蔓延ってる…」
「ああ、感染対象になり得るのか」
「ハチスはもう個として見られる存在じゃない。
ハチスはすでに『ハチス伝説』という物語になってる。なら"物語"として感染したっておかしくない」
「なるほどねえ〜」
「……厄介だね」
「最悪、英雄そのものが敵に回る可能性もある」
はぁー、と大きなため息の後アルバートを見る。
「……とにかく、アル。なんかあった時用で行ってきて。
ついでになんかあったら止めて」
「雑になってきたし隠さなくなってきたね君」
「そもそもこの顛末はお前の部下がやったんだろ。さっさと世界を救ってこい英雄」
「俺は世界を救わないよ、俺が救うのは俺が面白いと思った者だけだよ」
「まぁでも面白いからいいよ。見に行くだけ見に行ってあげる」
羽を広げて、窓から外に出るアルバートを見送り、席に座り直して、幻治郎は書類を手にする。
「さて、こっちは裏切り者を洗いざらい吐き出さないとな」
アルバートの持ってきたリストを見ながら、パソコンに向き合い、作成し直すべく、キーを叩く。




