第73神 しらない
ドームの上空にあった雲がゆっくりと黒く濁り始める。
異変に気づいた、俺、色、鷺沼で暇をしている守護者に声をかけていく。
悪魔関係であるなら、何かを知っている可能性のあるアルバートさんに声をかけようと教室に向かったが、本日アルバートさんは文化祭2日目はお休みしているということで居なかった。
「よりにもよって今日いねえのかよ!」
「電話は?」
「かけてみるか」
ドームと室内の観戦席は少し離れた位置にあるので、走りながら通話をする。
トッ、トッ、トッ……
『hey!広大、どうなってんだいあの空!』
一発目の声に俺たちは察した。アルバートさんは関係ない。
「あんたんとこの悪魔が悪さしたんだよ!」
俺の言葉を聞いただけで、アルバートさんは俺の記憶が戻ったことを、すぐに察したのか『なんだ、記憶を思い出しのか。面白くないね』と途端に興味のない声。
『俺はゆっくり思い出して欲しい派なのにいきなり思い出して別人格出ましたなんて面白く』
『アル、貸してくれ』
『幻治郎、君ねもう少し』
ガサガサと音がして幻治郎さんの声が聞こえ始める。
後ろでアルバートさんが何かを喚いている。
『蓮、記憶を思い出したんだって?それは何より。
ただ、一つ言っておく』
『今のお前は不完全だよ、あまり危ないことはしないように』
「いや、危ないことって言ったって悪魔がいるんですよ、そこに!」
『それは広大たちに任せなさい』
『今、お前がすることは──ここでは前世としようか。
前世のお前と、今世のお前の、記憶や感情、人格の融合だ』
『鷺沼広大、赤歳色、任務を遂行しなさい。神無蓮、残って俺と少しだけ話そうか』
染みついた上司の命令に、色と鷺沼は咄嗟に、はい!と返事してしまう。
直後に、俺を見てから言い淀む二人。
「あっ…」
ここで置いて行ってもいいのか、いや…でも。という滲み出ている優しい奴らの顔に対し、一切トーンが変わらない声で、幻治郎さんは後押しするように言った。
『命令だよ』
圧を、かけてくる。
電話越しなのに、まるで見られているかのようなゾッとする感覚。逆らえない。
「「…っ、はい!」」
「わるい、蓮!父さんには逆らえないわ!」
「すまん!」
二人が電話を俺に託し、悪魔の元へ向かうために走り去っていく。
その廊下を走り去る背中を見送りつつも汗がたらりと一つ落ちる。
なんて薄情な奴らなんだ…気持ちはわかるけど…!
俺は、受け取った電話を前に脳内では二者面談の文字が浮かび上がった。
『…すまない、火雷様と風伯様も先に行っててくれませんか。大丈夫、悪いことはしません』
【…幻治郎がそう言うなら、そうなんだろうな】
【…蓮に何かあったらどうするの?】
『俺が蓮を見てるので大丈夫です。何かあったらすぐに助けれます』
【そう、わかった。蓮。幻治郎の言葉はよく聞いてね】
風伯と火雷はかなり今の幻治郎さんを信頼しているらしい。
俺を一人ここにおいても、大丈夫だということが、まずすごい。
2人が去っていく。
「…そんなに聞かれたくない会話なんですか?意外ですね、そんな会話あなたがするとは思わなかった」
皮肉げに伝えると幻治郎さんは抑揚のない、感情が全く乗っていない。
ただ事実を伝えているに過ぎない、そういうような声で頷いた。
『ああ、今から話す内容はお前の根幹を揺るがす内容だからな。守護者の中で気づいてるのは俺だけ。神様たちも知らない話だよ』
どういう、ことだ…。
身構えて受け取った画面を見ていると、幻治郎さんの声が聞こえてくる。
『蓮──いや、面倒だな今からお前のことを俺はハチスと呼ぶ。
君の中にいる、蓮の声はある?』
「ありますよ、よくつっこんでくる」
そろそろうざったいなと思っていた、と言うと幻治郎は茶化すわけでも、笑うわけでもなく、淡々と答える。
『その声が無くなったら最後、お前は壊れるよ』
『"神無蓮"としての感情も、記憶も、全部消える。残るのは、前世のお前の記憶のみだ』
「は?」
『初めて転生したから知らないだろうけど、前世と今世の融合って大切でね。
今は、ハチスが前に出過ぎてる。バランスが悪いんだ。
前世の記憶だけで生きていけるかもしれないけどお前には…神無蓮には親がいるんだよ。』
「…」
らんや、りんの顔、お母さん、お父さんの顔。
けれどどれも他人事のように感じる。
血の繋がりがある自分の家族なのに、どうでもいい、と思ってしまった。
その事実に対して俺はゾッとする感情を持ち合わせていなかった。
ただ、ふーん。と思った、それだけだった。
幻治郎さんの声が耳に入る。
『その状態でいると、記憶保持者はみんな普通は精神を崩壊する』
「…精神が崩壊?」
『前に出すぎるとどうなるか、想像してごらん』
想像…精神の崩壊、発狂、とかだろうか。
ああ、でも今神無蓮としての感情が消えた事実に、俺は人知れず安心してしまった。
だって、怯えなくて済む。親がいなくなることに。
考えてみて、やはり発狂しか出てこなかった。
「……発狂、するとかですか?」
『まあ簡潔に言うとそうだよ。記憶だけが前に出ているなら別にいいんだ。
ただ、人格が表に出ているなら話は別だ。お前は今、人格が前に出てる』
『考えたことはないか?転生をしたものが前世の記憶を思い出した時、前までの人格はどこにいくのか』
「……蓮の記憶の中で、見た転生ものの漫画とかは、あったけど特になんも」
『だろうな。当事者にならないとわからないものだろう。
二重人格、に近くなるんだ。人格の分離があることで記憶の混濁が起こる』
『その記憶が何十年じゃない、何千年分だ。人の死を見る。リアルにあったかのような体験をする。…前世であったことだからリアルではあるんだけど。』
「…でも、俺が前に出てる今なら別にいいじゃないですか。声が聞こえないってことは融合してるってことじゃないですか?」
『違う』
はっきりとした、幻治郎さんの言葉で否定される。
『今のお前は融合じゃない、“上書き”…もっと言えば書き換えだよ』
『人格があるなら、必ずお前たちは対話をする瞬間がある』
「…それは経験則?」
『そうだよ。対話をした時に今世と前世の融合が初めて行われる。言っとくけど、脳内会話じゃないからな』
バレてた…脳内で会話したんだからいいじゃんとか思ってた。
『対話ってのはな、互いに譲ること、そしてお互いの存在を認めることだ。一方的に認めるんじゃないぞお互いに、だからな。
どっちかが消えることじゃない』
『記憶を思い出しただけなら、本当に良かったんだ…』
小さな幻治郎さんの呟きに、ガツンと何かが殴られる感覚を覚える。
それじゃあまるで、俺が出てくることを待っていなかったような、言い方だった。
『お前は強すぎるんだよ、ハチス。
そして、普通の転生者と違うところが俺たちにはある。わかるか?』
「…守護者であること」
『そうだよ、俺たちは前世も今世も神と契約をした守護者だ』
『お前はあくまで制度を設計してあとは任せただけに過ぎない。その後のことについて、ここまでマガツヒが長期化することなんて考えつきもしなかっただろう。
人が、守護者の器が神になれることもお前は知らなかった』
「守護者の器が、神に…?」
混乱して、あまり言葉が紡げない。
だってそれは、知るはずのない情報。
『言っとくけど守護者に関して研究なんてされてないよ、俺が経験してるから言わせてもらうけど、守護者はみんな神になる器を持ってる。
『だから、神と契約できたんだ。自覚ないままOSだけ作ったのは天才としか言いようがないけどね』
『憎悪や概念で人から神になった終さんたちとは違う。
"なにもないのに"神になれる素質があるんだ』
それはあまりにもあり得ない、けれど納得してしまいそうになる話だった。
頭を抱える。そんなはずはない、そんなはずは。
『前世の俺たちは純真だった。記憶、人格、性質は神に最も近い魂を持っていた。
お前はまだ1度目の転生。魂だけなら上澄もんだよ』
何度も転生してるのに魂が上澄みな幻治郎もおかしいけどね、とアルバートさんが後ろからヤジを入れる。その言葉を無視して幻治郎さんは続ける。
『特にお前は神や妖怪、妖精達との関わりが深かったんだ、1番素質があるよ。
でも今の蓮、いや今世の俺たちは違う。』
『だから、人格の乖離ほど恐ろしいものはない。お前の魂は人格に乗っ取られたことによって、より純真なものになった。
前世の人格によってお前は神になりうる可能性が今1番高い。
もう一度聞くよ、ハチス。
お前、神無蓮の声、聞こえてるか?』




