第9神 仮契約
『──いいのか、お前はその選択をすることを今後後悔はしないか』
『本契約とは違う、不完全な繋がりだ』
『長くは持たないぞ』
ミシミシと音を立てる一馬だが、あいつはかなり頑丈な方なので大丈夫だと信じながら、でも時間の問題だと判断する。
「いい!後悔すると思うけど、俺はお前らも含めて、みんなを守りたい!」
一度大きく目を開けた風伯は、ひとつ微笑みすぐに真剣な眼差しを向けられる。
『…心得た。その心意気に免じて仮契約をしてやる』
『あなた…でも』
『…あいつが選んだんだ、俺たちが言えることなんて何にもないだろうよ』
火雷が何かを飲み込むように目を伏せ、強い眼差しでこちらを見る。
火雷と風伯が同時に叫ぶ。
『『我らは風雷、風と雷を司る神なり』』
『『汝の覚悟を持って仮契約を果たさん』』
バリバリと音を立てる雷が女子高生の周りを囲む。
何もできなくなった彼女を横に風雷が手を取る。
バチンっと音ともに自分の右手が熱くなる。なんだ、と右手を見ると模様が手に広がる。
『これより我が主人を汝と定める』
『いくよ、蓮。私の力は全てを消し去ってしまうけど、あの人の力は違うの』
今まで見たことはなかったでしょ?
あの人の力。と風伯を火雷が見る。
『あのこの身体の真ん中、見える?』と火雷が指を指す。
「え、あ、あれ…さっきまであんな輝きなかったのに」
『うん、あれがマガツヒ』
「あれが…」
身体の内側におそらくあったのであろう、白い輝きを放つ、菱形のカケラ。
アレを壊せば、あの女子高生は消える。
「でも、消したいわけじゃないよ俺は」
不安になって火雷を見るとふわりと微笑まれる。
『大丈夫。そのためにあの人がいるの』
『蓮、俺の力を貸す。上手く使いこなせよ』
風が吹き、女子高生の周りにあった雷が消え、同時に一馬が風伯の手に渡る。
『まあ、俺のお膳立てはここまでだ。一発目、守護者としてかましてこい』
風伯と目が合うことで、俺が今からやることが明確化する。
守れる。
この力で家族や、力のない人たちを。
救える。
あの子を。
『お前の心に願え。お前の求めてるものを』
風伯の言葉の通りに願いを込める。
『願いは力になる。力は願いになる。お前はそれを形にするだけだ』
熱く光る契印のある手から、風とともに刀が現れる。
型なんてない、刀なんて持ったこともない。
でも、この刀に俺は見覚えがある。
夢の中で見た、あの平安時代の服を着たような男の、刀だ。
夢なのだから形なんて覚えていなかったけど、確かにその形はしっくりときて、手に持つ感覚にも馴染みがあった。
口から出る言葉は自ずと頭が覚えていた。
「────我、蓮の名の下に告げる」
風が吹く。優しい、人を傷つけないような風。
「我は根の国を守護する者」
持っている刀に風が纏う。カタカタと持っているての力が風に持っていかれそうになるのをなんとか力で抑える。
汗が吹き、息が上がる。
「は、は、…はっ、」
垂れた汗が舞い、震える刀を抑えながら言葉を紡いだ。
「……風を司る守護神よ、契印をもって存在を記す」
刀に纏う風が先ほどよりも強く吹き荒れる。
「…っ、我が刃に大いなる力を与え、我らを護りたまえ!」
握る。
女子高生に向かって、ただ一閃。
それは白い閃光になり風が吹いた。
「うわぁあ!」
自分で出した風に吹き飛ばされる。
タタラを踏んで足に力を入れた。
「いっ…てぇ、忘れてた」
『上出来だ』
「へ?」
風が晴れると、そこにいたのは
さっきまでの姿が嘘みたいに、傷ひとつないただの女の子だった。
少女はこちらを振り向き、俺を見る。
よかった、俺は救えたのだ。
思わず、ゆっくりと近寄り、深呼吸をして声をかける。
「…あなたはもう苦しまなくていいんですよ」
ぽろりと涙をこぼすその少女は喋れないのか、それとも喋りたくないのかはわからなかった。
けれども、優しい風が吹き、憎しみの色だけが、剥がれ落ちた。
眠る一馬に向かって、一つ微笑む。
音に乗らない、小さくて儚い告白を口に乗せて、彼女はもう一度こちらを見て、頭を下げてくれたのだった。
そうして風とともに彼女はふわりと消えた。
彼女の足元にころりとマガツヒが転がる。
「…これがマガツヒ…」
触れるのか?と触れてみる。
ツルツルとした表面はどう見てもただのガラスのようだった。
手のひらサイズの大きさのマガツヒは、物語を反転させるウイルスというにはどこか綺麗で、不思議な塊に見える。
触り続けると俺まで反転してしまうのではと怖くなり、上から刀で突き刺す。
パンッ
砕け散るガラスの破片は先ほどの風とともに彼女諸共静かに消え去ったのだった。
──好きだった、だから告白しようと思って…。
──いっておいでよ!がんばれ!
──うん!
女子高生の、思い出がハラハラと落ちる。
本当に…ただ、好きだった、だけなのだと気づく。
一瞬の静寂。破片は綺麗に消え、廊下に俺の声がポツリと響く。
「…消し、ちゃったかな俺」
『いいや、俺の風には効果がいくつかある。今回のやつは内側にある気を外へ押し出すものなんだ』
『浄化に効果のある風なの』
「2人の見た目と裏腹に性質は真逆なんだ…」
『浄化の力を持ってる俺の風を纏えばお前はマガツヒの感染者を浄化できる。
もちろん、他の守護者だってできるだろうけどな。
俺のは特に傷をつけなくて済むっていう点では優しい方なんだろうな』
「…じゃあ、俺は成仏させることができたんだ…」
横たわる一馬の前に、ずりずりとゆっくりと座り込む。
「はぁああーーー、よかったぁぁー!!」
火雷と風伯の優しい目が上から降り注いでる気がしていたたまれない気持ちになる。
「俺できないと思ってたんだよ本当は…でも、本当によかった」
自然な笑顔が浮かんでしまう。
膝を抱えて、立ち上がりながら一馬を持ち上げる。
「こいつも170近くあるから重たいのに、ただでさえ足首捻って背中も痛いのに…その上で意識失ってるって役満かよ」
『…もう直ぐこの異界も閉じる。さっさと出よう』
「そういやいつもどうやって出てるんだ??」
『最初も2回目も火雷と鷺沼が空間ごと壊した』
「じゃあ俺も空間壊せばいいのか!」
『仮契約のお前にそんな力はまだないぞ』
「ぐぅ…」
『だから、そのために異界から外へ繋がる扉を探す』
「ど、どうやって…」
蓮が風伯を見ると風伯は蓮に向かって視線を寄越した後
『アレだよ』
指を差される。
その指した先には一つの扉。
何が他の扉と違うのか違いが全くわからず首を傾げる。
『文字を見ろ』
「あ、」
『異界は文字も反転する』
扉の前まで一馬を運び、扉に手をかけて横に開けると見覚えのあるトイレが出てくる。
「うわっ」
『おそらく、一馬とやらは気付かずに異界に巻き込まれたんだろうな』
「で、たまたま女子高生も居て…?」
『誰かに示し合わされたのかもしれないが……』
チラリと一馬を横目に見た後視線を前に戻しながら風伯は蓮を見る。
『それはまぁ、わからんな』
風伯の解説を聞きながら、トイレから出る。
一馬を風伯と火雷の力を借りてなんとか背負いながら廊下に出ると授業をしている声があちこちから聞こえてくる。
「…戻ってきた」
風伯と火雷は鈴の中に戻ったのか姿が見えない。
背負った一馬を教室に連れて行くか少し悩んで、保健室に向かった。




