第8神 守る青
『未練が残っていたのかもね…』
悲しそうな声で呟く火雷の言葉に女子高生は一馬から視線をこちらに向けた。
目は左右どちらもまっすぐを向いていない。でも意思のある目はしてない。
【ワタ、ワタシ、スキ、スキ、】
「…もしかして、一馬のことが…?」
ギュッと抱きしめる彼女は恋をしてる女の子の目をしている気がして、なんだか悲しくなってしまった。
生きていたら、告白するつもりだったのかもしれない。
その帰り道だったのかも、交通事故なんて、不幸でしかないものに、どうしたって逆らえないものに、俺たちはいつも無惨に殺される。
【スキ…かずまくん、ワタシ、アナタがスキ、】
すり、と一馬の頬を撫でる手はとても優しく見える。
ドロドロと血だらけでも顔の半分がなくなっても、想いは消えないのだ。
【だからアナタに、あの子にもワタサナイ】
黒いモヤモヤとしたものが彼女から出てくる。
伸びてきた黒い影が俺の足を掴んでくる。
「恋は盲目って言うけど!!」
二度もあんな目にあったのだ、三度目もまずは逃げて体制を整えるところからだ。
『マガツヒじゃないかな!?、反転して嫉妬の感情が表に出てるのかも!!』
「マガツヒぃ!?なんで……」
ハッとする。
そうだ、昨日の化け物は鷺沼さんが倒したけど、あれは確かにマガツヒだった。マガツヒに飲み込まれた女子高生がマガツヒにならないなんて訳はない。
"マガツヒは空想上の生き物たちが感染する物"
では何故、空想上ではない生き物である彼女は感染したのか?胸の奥に、嫌な予感だけが残る。
小さな疑問が湧き上がるが、黒い影が女子高生の後ろからパッと現れ腕を掴んでくる。掴んできた黒い影を引き剥がすように力一杯に引っ張る。
「んぐぅぅうう!!!」
バチンっとちぎれる音。
「やっといてなんだけど腕力でちぎれるんだこれ!?」
『いいから走れ!』
明らかに薄暗かった廊下、こんなに声を荒げてるのに先生1人出てこない暗い異様なほどの静けさ。
「今ここはなんらかの別空間だよな!?」
『ご明察、鋭くなってきたな』
『蓮、一旦左に曲がって下に降りよう』
「わかった!」
おそらく舞台はこの高校だ。
西城学園は無駄に広い。
校舎は四つ、廊下は長い。
こんな時に限って逃げ場が遠すぎる!!
部屋数も多いし!突き当たりを左に曲がり階段を降りる。
「うわぁ!」
降りようとした階段から、足を引っ掛けられ、すっ転ぶ。
壁に強くあたり、踊り場のガラスにぶつかる。
異空間すら反転してるのか、ガラスが脆く割れる。
パラパラとガラスの破片を浴びながらなんとか頭を守って打ちつけた背中や足を丸める。脳内に風伯の心配をする声が響く。
『蓮‼︎』
「いっっ…」
ずきん、と足首に痛みが走る。
まずい、足挫いた、痛い。普通に痛い。
…というか、あいつ移動する時にずっと一馬持ってるのなんなんだ。
『肌身離さず連れていたいのかな』
「…愛が重いとか言うレベルじゃないだろ」
『まるで人形だな』
鈴の中から出てきた風伯と火雷が、俺を守るように女子高生に立ちはだかる。
小さな背中なのに、俺を守ろうとしてくれるその意思が、伝わる。
女子高生の長い髪の毛がゆらゆらと揺れ、黒い煙が溢れ、黒い影が廊下を覆うようにズルズルと音を立てて広がっていく。
【アイ、アイ、アイアイあいあいあいあい愛あいしてててててててててててテテてて】
一馬を強く抱きしめる。
一馬の意識は戻らない。ミシッと骨の軋む音。
「一馬ァ!!なんで起きないんだよ!」
『意識を乗っ取られてるのかもしれないな』
「クソ!!」
足を挫いたから立ち上がるのに困難で、なんとか足を引き摺るように力を入れて立つ。ふらりと傾く身体を壁に沿わせて支える。
「いたいんだってばぁ…ッ、」
『蓮、俺たちの後ろにいろ。前に出るな!』
風伯と火雷がいたら、確かにこの場は持つかもしれない。
前みたいに、誰かの助けを待てばいい。耐久戦に持っていくことは可能だ。
「────俺が」
みしみしと人体からなってはならない音がし始め、女子高生が歪に笑う。
【ワタ、ワタワタワタ、ワタシといしょに、逝こウ、一馬、クン】
……父は家族を守って死んだ。
鷺沼さんは、俺…いや、市民を守るという意思を持って戦ってくれた。
風雷は、俺が生まれるずっとずっと前から、神無家を守ってくれていた。
俺はいつも誰かに守られてばかりだ。
「…俺は!!」
だんっと足を踏む。
強く。
強く。
ギュッと胸に手を当て、服を握る。
足と背中の痛みからか、息が上がる。
ビクッと、女子高生の手が止まる。
……意思が、ないわけじゃないんだ。きっと。
彼女はただ、本当にただ、一馬のことが好きなだけで。
顔を上げると女子高生は笑いながら涙をひとつ流す。ああ、ほら。
耳の奥で、誰かの記憶がざらりと擦れる。
────私はただ告白しようと思っただけだった。
あの日の夕方、友達に伝えた。
"明日、一馬くんに告白しようと思ってるの…"
"ええ!?"
"どうせ無理ってわかってても、後悔したくないからさ!"
そうやって笑えば友達も笑顔でなら、砕けてこい!なんて言ってくれて。
だから、あの時に真っ直ぐに来た車を避けることが私には、できなかった。
ねえ、やだよ、ほんとは私生きたかった。
生きて、もっと綺麗になって、お嫁さんになりたかった。
私の夢は幸せな家族を築くことだったのに、それすら私には、もうない。
"私……っ、私、本当はこんなことしたいわけじゃない"
──記憶が途切れ、目の前の女子高生はボロボロと笑み浮かべる歪な表情とは裏腹に、
その本当の心は、苦しんでる。
聞こえないけど、誰かに助けてほしいと願ってる声が聞こえた。
この場に守護者が来たってその人たちはきっと、彼女を消す。
誰かに守られるだけの人生なんて誰が望んだ?
俺はそんな人生のまま生きていくのか。
目の前の友人が死ぬかもしれない、この状況で誰かの助けを待つのか!?
「俺は助けたい、あなたを!」
胸に手を当てて、目の前の人に叫ぶように伝える。
女子高生は動かない。
何かを、求めて待っているような、眼差し。
「誰かを守りたい!守られるだけの人生なんて、待ち続けるだけの状況なんて俺は嫌だ!」
不幸を望まれてるなら挑んでやる。
そのために生まれたというなら、立ち向かってやる。
「俺に力を、誰かを守る力を貸してくれ。風伯、火雷」
助けを求めているのに、救われない誰かがそこにいるなら、俺は手を伸ばしてやる。
青い目に宿るのは
怯えていた自分だ。
目の前の女子高生を見る。苦しそうな、そんな雰囲気を感じる。
そうだよな、苦しいよな。
なら、俺が守るよ。君の思いを。君のその記憶を。
俺の知っている、青は────
────誰かを守る青だ。




