第70神 ひさしぶり
次の日、バトロワが始まるとのことでドームは人がいっぱいだし外から見るか…と備え付きのテレビ画面がある、廊下の隅で赤雷限定、妖精のお茶と書かれたラベルのペットボトルを片手に緑のソファに腰をかけていた時だった。
それはもう座り心地のいい二人がけのソファで、目の前には机が一つとその奥に二人がけのソファが一つある。
「おっ、鷺沼じゃん」
廊下を早歩きをして鷺沼が、俺を見た。
「蓮!お前記憶が戻ったって本当か!」
それはもう顔が近い。本当にずいっとくるのはやめてほしい。
「あー、うん。そう」
相変わらず、廊下を走らず早歩きでくるなどルールを守る男だ。
金髪の長い髪がゆらりと揺れる。
鷺沼は俯いて、腹の底から絞り出すような声で言った。
「…お前…俺はずっと言いたかったことがある」
「え、なに?怖いこと?」
「突っ走るその癖、ほんとやめろ!生まれ変わっても変わらないのか!」
「お前にだけは言われたくないけど?」
今世紀1番言われたくない人に言われた。
なんだ、お前だってよく突っ走って周りに止められてる側だろ。
そうなんだぁ、と今の『俺』が聞こえにくい声で言う。
そうなんだよ。というかなんでそんな声が小さいんださっきから。
「俺は、今は自制してるから関係ない」
鷺沼がキッパリと言い切る。今世の鷺沼を見てきたわけじゃないから知らないけど、話していても前世とあまり変わりが見られないのでおそらく自制してないだろうと予測を立てる。
早歩きで来ていた鷺沼とは違い自分のペースで歩いてきた色が、俺たちの会話を聞いていたのかは半目で笑う。
「してないだろ」
「は?してるが」
何言ってんだこいつって顔すんのおかしいからな?お前の方が何言ってんだ。
俺と色は、しばし鷺沼を見ていたが、立ったままの色が方向を変えて歩き出す。
「観戦したいし、おやつ買ってくるわ」
おやつといったら今は白刄の飴と東城の果物しか売ってないのでおそらくその辺りを買いに行くのだろう。
買いに行った色を見送り、鷺沼に視線を向ける。
鷺沼は向かいのソファに座って、深いため息をついている。
「…まぁいいや。どう?今世の俺と前世の俺」
「どっちに対して言ってんのかわからんが昔も今も大して変わってないよ、お前は」
旧知の友人のような気やすさで話せば、鷺沼もそのように返してくれた。
ああ、そうそうこの距離感だよなぁ。
「…眠花さんには会えたか?」
「…昨日ね、いろいろ話した」
──思い出すのは文化祭の屋上を降りた後のことだ。
ゆっくり屋台を一緒に見て回りながら、昔あった懐かしい話や、今の眠花の話を聞いた。
「今は守護者の遺体回収係をしてるんですよ」
「なんでわざわざ葬儀屋に?」
「……生まれ変わったあなたはきっと、守護者をするだろうから」
「…俺の遺体を見つけられるように?」
宝玉果物のりんごを片手に眠花は窓を見て黄昏る。
「だって、あなた記憶をガッツリ封じてそうな性格してたんですもの。きっと思い出さないだろうから、せめて。」
そこで区切った眠花は目を伏せる。
長いまつ毛でオレンジの目が隠れた。
「せめて、あなたが独りで寂しくならないように、最期に見届けられるように」
なんとも、いじらしく、可愛らしいのだろうか。
本当に今が人の目がなかったら抱きしめてた!
キスしてた!!あーー!かわいい〜!!
そんなテンションじゃないだろこの会話。と今の『俺』に突っ込まれる。
うるさいって、ほんとに。
ニッと笑った眠花は、持っている宝石りんごを俺の口に突っ込んできた。
「むぐ」
「宝石りんごはラブストーン、でしたっけ?」
口の中のリンゴを噛み砕き、しゃくしゃくと食べる。
甘い。飲み込んで眠花を見ると楽しそうに目を細められる。
「ほら、私に言いたいことは?」
かわいい、俺の嫁可愛い…。
思わず絞り出した声が小さくなる。
「……結婚してください」
「だめでーす、今は無理ですよ〜。違うでしょほーら!」
「……すきです」
ふふん、と楽しげに笑って「合格♡」と言ってきたので、胸を抑える羽目になった。
────なんて、昨日のことを思い出してニコニコしていると鷺沼から冷たい目で見られる。
「楽しかった…昨日は…」
「浸ってんじゃねえぞ」
「いやー、六千年も会えなかった嫁に会えて!俺は嬉しい!鷺沼はどう?嫁に会えた?」
「会えたよ、向こうは眠花さんと違って普通の高校生だから少しずつ外堀を埋めようとしてるところだ」
「こわっ」
「お前に言われたくない」
「いやお前ら2人とも側からみたら怖いから安心しろ」
色が間に入って俺たちになんか言ってくる。
果物と飴を手渡され、俺たちの言い合いは静まった。
鷺沼の隣に座った色は、壁に備え付けられている小さなモニターを眺める。
「それより今日バトロワだろ?蓮出るの?」
「出ない。守護者の力もまだ上手く使えないし、そもそも超能力雑魚だし。まぁ、各高校の友人たちが頑張ってんのを応援するくらいかな…お前らは?」
「俺と鷺沼は出ない。信善寺は超能力者だけならまあまあ強いからね」
「というか、守護者は大抵超能力者として見た時すごく弱いだろ」
「それはそう」
頷くと2人の目がジト…とした目になる。
なんだよ、そんな目で見てくんな。
「そういう設定にしたんだろどうせ」
「どうだったかなぁ…あんま書き換えた内容覚えてないんだよな俺」
鷺沼がお茶を片手に足を組み直して、俺に向かって人差し指を立てた。
「いいか、お前が残してた記録にあるのは三つ。
産夢にある輪廻循環装置に書き換えた内容についてだ。
一つ目は守護者専用の輪廻を加えたこと。
二つ目が守護者周辺の人たちも組み込まれてること。
三つ目が運命の女神の夫が転生したら俺たち最初の守護者も生まれ変わること。
くらいか?」
「イヤイヤ、四つだろ。あれよ、守護神もその中に入ってる。
俺たち守護者との縁が繋がってるから、俺たちが生まれ変わったら神もまた守護神になる」
ソファにもたれかかってリラックスをしている色が言葉を返す。
四つ、書き換えたのか…俺は。あまり、覚えてないが。
「おぉ、俺すごいことしてるな」
「他人事みたいにいうなよ」
呆れた顔の鷺沼に俺は笑う。
だって、記憶に無いから本当に割と他人事なんだ。なんか世間だと偉業になっているようだが、あの時の俺は多分精一杯だったんだと思う。
とにかく災いを止めなければ、と手を伸ばしていたんだと、思う。
「……思い出すタイミングを別個にしたのは良い出来だなだと俺は思ってる」
「それで苦労してんだぞこっちは」
ため息をついた鷺沼に、悪いなぁ、と言う気持ちが少し。
意図的に、俺が書き換えた時、人間が何千年もの記憶を保持することは無理だと、幻治郎さんに言われたんだ。
だから、転生する奴らには悪いけど一度全てをリセットするように組み替えた。
きっかけはなんでもいい、何かのきっかけで思い出す。
そういう、仕組みにした。
────運命の女神が死んだタイミングで、書き替えます。
俺は、それを宣言して、運命の女神を殺したのだから。
そこだけは、やけにはっきりとした記憶が残っている。
血に濡れた女神、目の前には人々が目にしたことは一度もない、と言われているはずの幻の輪廻機構────産夢。
それは…大きな木だった。
木の幹に触れた時、産夢に隙間があった。
……やはり、これは俺の罪なんだろうな、みんなを巻き込んでしまったことが。今は目の前で楽しげにモニターにいる島崎たちの実況を聞いて、色と鷺沼は笑っている。
いいんじゃないか、これで。
だって、今楽しそうにしてるし、俺も今楽しいし。
…なぁ?今の『俺』。
そうだなぁ…なんて、いつもより、小さな声で返事が聞こえた気がした。




