第69神 ごめんね
「あ〜〜いつから俺が『ハチス』だって気づいてたの?やっぱり最初から?」
ぐりぐりと眠花の肩に頭を擦り寄らせながら聞くと、眠花は肩を震わして笑う。
「ええ、初めて会った時から。葬儀でバタバタしていたので一瞬でしたがすぐにわかりました」
「そっかぁ」
抱きしめている眠花の小さな身体に、申し訳ない気持ちが湧き上がる。
「…俺ね、眠花に謝らないといけないことがある」
「はい」
抱きしめていた手を離してようやく眠花の目を見る。
変わらない、オレンジの目。
「ずっと待たせてごめん、あの時、間に合わなくてごめん…」
「俺が、輪廻を書き換えた時に、眠花まで巻き込む必要もなかったのに、離れたくなくて…未練がましさで、勝手に俺の魂と、結びつけちゃって…」
視線が落ちる。ただ、謝りたい気持ちがいっぱいになる。
今の『俺』も、
"そうかぁ、そりゃそうだよな、うんうん"
と勝手に納得している。
お前切り替えはやすぎない?自分のことながら驚く。
頬に小さな手が触れられぐっと視線を合わせられる。
「いいですか、あなた」
「う、ん」
「待たせてごめんって謝らなくて良いんです。
昔は私があなたに告白したの覚えてますか?
だから、今度はあなたを待ってみようと思ったんです。気づいてくれなくてもいいかなって。でもあなたならきっと、気づくだろうなって」
目を見開く、本当に彼女は、強い。
「あなたの不幸体質は前世からずっとなんですよ?今更なんです、巻き込んでごめんだなんて、気にするわけないでしょう?」
「…それは、そうだけど、でもさ、俺のせいで…」
「こら!」
怒られる。
この怒られるのもなんだか懐かしくて少し目に涙が滲む。
「あなたのせいじゃありませんよ、あれは仕方のない出来事だったんです」
「…うん」
視線を少し逸らしてしまう。
「それに」
ん?と眠花が言葉続けたので彼女の目を見るとオレンジの目が輝く、昔から変わらない輝きがそこにはあった。
「結婚して、子どもができた時に、不幸かどうか聞いてきたあなたに、私がなんて返したか覚えてません?」
「"幸福でした、この人生は"……って、言ってた」
「ふふ、私…運だけはいいんですよ。不幸なんかじゃなかったですよ。本当に、あなたにとって不幸かもしれないけど、私にとっては幸福でした」
「それに、ほら……こうして会えたでしょ?」
「あぁ〜〜〜」
敵わない、敵うわけがなかった。
自分の苦しみや、抱えていた重たい気持ちは毎回こうして吹き飛ばされていた。
まるで嵐のように。
けれど、包み込む毛布のような暖かさで、俺の言葉をゆっくりとほぐしてくれた。
「子どもは今世でまた会えますよ、きっと。ね?」
微笑む眠花に俺の心が爆発する。
今の『俺』は純粋無垢なので、わぁあああああ!!!?と暴れている。
暴れるな、うるさい。
「…そうだなぁ、会えるよなぁ…」
頷けば、優しくお腹を撫でる眠花に少しだけグッと来るものがあったが、堪える。
ふと彼女を見ていて、思うことが出てきた。
「今俺と眠花結構な歳の差があるだろ絶対」
「そうですねぇ、私の方が少し先に死んじゃったから転生するのも早かったんですよ」
「やめて俺の心抉るの…今いくつ?聞いていいやつ?」
「23歳です♡」
「7歳差…クッ…」
膝をつき項垂れる俺に、眠花はしゃがみこんで楽しそうにしている。
「年下のあなたを見るのは新鮮でとっても楽しいです」
にこにこと笑う嫁が可愛くて仕方がないが、年齢差に撃沈する。
「俺が手を出したら眠花が犯罪者になっちまう…」
「そうですよ、だから4年は待ってくださいね」
「…眠花は俺がこんなにも苦しんでるのに待てるの?」
きょとんとした後に目を細める。顔が少し近づく。
あ、確かにそんな雰囲気だったわ。
キスをする。
「……待てないから、たまにでいいので会ってくださいね、あなた」
俺のファーストキス!!という、脳内の今の『俺』の叫び声を無視して眠花を抱きしめる。
「もちろん」
「おいお前ら」
「ふふ、良かったねぇ2人とも」
屋上の扉の辺りで待機してくれて新しい火雷と風伯に声をかけられる。
2人の元に戻ると、眠花を見上げながら、火雷は微笑んだ。
「眠花、久しぶり…ではないけど、また会えたね」
「葬儀と七不思議で会った時は、この子も思い出してないから、あまり下手なことも言えなくて…挨拶できなかったの、ごめんね」
「…良いんです、わかっていたので。火雷様、風伯様」
微笑む火雷とそれに対して笑みを返す眠花。
すると火雷の隣にいた風伯が眠花を呼ぶ。
「眠花」
「蓮…ハチスはまだ不安定だ、あまり遊んでやるなよ」
「なんだよー、俺としては全然いいけどなぁ」
「ええ、存じております。今回私は守護者の回収に来たのであって、旦那に会いに来たわけじゃないので」
「眠花さん???」
「会えて嬉しかったのは本当ですよ?」
「え、そうじゃなかったらさっきの感動的なものがなくなるからね、そうであってね?」
「もう、私嘘ついたことないでしょ」
眠花はあまり怒るのが得意じゃないので、ムッとした顔をする。
固まる俺は、反射的に思わず口に出る。
「あるよ、俺が仕事に行った時…」
「!あれは…だってあなた、ああ言わないと出て行かなかったじゃないですか」
「でも、わかってたなら俺を逃さなくたってよかった。俺は戦えるんだ。嫁を守らせてくれたっていいじゃないか」
つらつらと言葉が溢れる。
違う、こんなことを言いたいわけじゃない。
ああ、感情がまだ不安定なんだ。
何やってんだよ俺〜と今の『俺』がなんか言ってくる。
うるさい、わかってんだって。
俺だってこんなこと言いたいわけじゃ。
「俺があの時!あそこにいたら、眠花は…!」
死ぬ必要性はなかった。
眠花と火雷が困ったように眉を下げる。
風伯もまた、視線を逸らす。ああ、暗い空気にするつもりはなかったのに。
────あの時、そう。
運命の女神を討伐する前。
まだ、平和だった時。
俺は人間が嫌いだった。
裏切る、殺し合う、そんな世界しか知らない俺は人間が嫌いで、神や妖怪の神秘たちとよく話して遊んでたんだ。
眠花と出会った時だってそうだった。
人間嫌いが最高潮になっていた時に出会った。
"あなた、そんな顔してたら世の中の綺麗なものが見えませんよ"
"別にいい、なんなんだあんた"
無邪気な眠花は俺の手を取って、世界を照らした。
"あれが月華、月の光で咲く花です"
"あっちは信善寺!温泉街があるんですよ、行きましょう!"
"見てください、小さな赤ちゃん、かわいいですねぇ"
連れ回されて、世界の色が変わった。
眠花の目から見た世界はとても綺麗で、人の裏切りとか騙し合いなんてない、神様から見た世界と同じような、透き通った純粋な世界だった。
運命の女神討伐後に少しだけ平和が流れてから、
改めて告白されて、俺が好きになるのも必然で、結婚して、子どもだってこさえて。
生まれるかもね、なんて守護者同士で話して生まれたら見にいくからな、ってみんなと話してて。
ああ、しあわせだと。
不幸が続いていた人生の中で最も幸福と言えた最高潮に達した時。
眠花は殺された。
人の手で。
仕事に行かなきゃいけなくて、嘆いてる時に眠花に言われた。
"帰ってきたら、たーくさん甘やかしてあげるのでしっかり仕事してきてくださいな"
いやもうそんなん嫁に言われたら行くだろ。
俺はちょろかったから仕事に行ったよ。
帰ってきたら嫁は死んで、嫁を守っていた火雷まで消えかけていた。
"火雷、どこだ、眠花!"
"ごめ、わたしは、ここに、"
火雷のか細い声は消えかけていて、疲弊していた。
誰がやったのか聞けば、少し言いにくそうに、人間だと、火雷は言った。
────ああ。
憎悪が湧き上がる。
きっと俺の顔は感情が抜け落ちていたと思う。
人め…。
人め…!
憎い、憎い!
またしても俺を不幸に陥れるのは人間なのか!!
結局、綺麗な人間なのは神に好かれるような人間で、人を殺すような人間は醜いのだ。
殺そう、全てを。
壊そう、世界を。
もちろん、風伯に殴られ、火雷に止められた。
それでも街一つくらいは多分消したと思う。
正気に戻った頃には蓮水と前世の幻治郎さんに止められていた。
こうして今、生きてるわけで。
…………ああ、そうだ、3人とも生きてるんだ。
風伯も火雷も消えかけてなくて、眠花だって生きてて。
ぽろりとまた涙が溢れる。今日だけで感情は爆発している。
今の『俺』も、泣いている。
はは…
なぁ。
俺の前世は不幸しかなかったんだ。
お前のとは別ベクトルの不幸だけどさ、
でもそれでも、幸せな時だって確かにあったんだよ。
生きたよ、俺、眠花が居なくても生きたんだ。
「……それでも、あれから、八年生きたんだから、ちょっとくらい褒めてくれてもいいんじゃない…?3人とも」
「まあ、言葉がコロコロ変わる人だこと。いろんなこと飲み込んで今の一瞬で色々と思うことがあったんですかねえ?昔っからそう」
「考えすぎなところは今も昔も変わらんな」
「突っ走っちゃうところもおんなじだよねえ」
3人からの評価にいたたまれない気持ちが湧く。
今の『俺』も照れてるし。褒められてないからな言っとくけど。
眠花に両手を握られる。
「よく、生きてくださいましたね。私ね、あなたと会えて幸せでしたよ」
今日は本当に涙が止まらない日だなぁ…。
眠花の言葉にポロポロとまた落ちていく。
それを笑いながら拭ってくれる存在がいることに、俺はまた感謝をしたのだった。




