第68神 おかえり
話してるうちに落ち着いてきたので、とりあえず起き上がる。
「自分で制度を作っておきながら、まだ若干他人事なんだけど」
「まあ、そりゃそうだよね。お前もここまで長く続くと思ってなかっただろうし」
「六千年だぞ…その間、俺の転生は今回で初めてだ」
そう、六千年もの間、俺は一度も転生したことがなかった。
だからこそ実感も湧かなければ、感情が落ち着かないのだ。
「輪廻の巡回は基本的に五百年単位だからねえ。幻治郎なんて転生しすぎて狐の神様になりつつあるよ。ならないって言ってるけど」
「やっぱ幻治郎さんだけ次元が違うな」
しみじみ言うと風伯からの鋭いツッコミが入る。
「お前に言われたくないだろ」
「蓮、あんまり無理しないでね」
「…うん、ありがとう」
「そうだ!眠花!文化祭に来てて…」
「その格好で行く気?」
「…一回喫茶に戻るわ」
「大丈夫ですか?目眩は?頭痛はありますか?」
「いや、全然無いです!マリアンヌ先生もありがとうございました」
「…いえ、私はみなさんが言っていた人があなただと言うのは知識では知っていたんですが…記憶を思い出す前と、こうも違うとは」
「そんなに変わりましたか?」
「ええ、無邪気な顔つきが、何かを知ってる顔つきになってますよ」
「…なんじゃそりゃ」
マリアンヌさんの紫の目が、真実を射抜くようにこちらを見る。
俺の中にいる今世が、『俺そんなに無邪気かな!?』なんて驚いてるが…。
「蓮、貴様あまり無理はするでないぞ」
昔も今も数回しか会話をしたことがない、けれど人情味のある神様が苦々しい声で言う。
「今のお前は器にヒビが入っているようなもの。洪水を起こしてもおかしくはない」
「────うん、わかってるよ」
さて、とベッドから降りて2人を見る。
「ごめん、まだこの身体は未熟なんだ。だから2人には俺を守っててほしい」
風伯と火雷の目が開く。曖昧に、頷く火雷とため息をつく風伯。
「1人で勝手に大人になられたみたいでお父さんとお母さんは複雑なんだろうねえ」
蓮水が言い得て妙なことを言う。
「俺やっぱお前らの息子だったんだ?」
ちょっと嬉しくて笑うと、静かにこちらを見ていた火雷は
「もぉ、あんまり早く大人にならないでね」と笑って、ノリに乗ってくれた。
風伯も「置いていくのは結構だがちゃんと後ろを見てくれよ」と優しい笑みを浮かべてくれた。
「じゃあ喫茶に戻りますね」
「ええ、お気をつけて」
「じゃあ僕はテントに戻るよ」
「うん」
喫茶に戻って、メイド服を返したら眠花を探す。
あの子に、会わなければ。
喫茶に戻ると繁盛していた。
「おぁー!蓮くん〜!ありがとう!宣伝!すっごいお客さんきてさー!15時だからかな!?もうほんとすっごい!ありがとうねえ!」
「ああ、うん。どういたしまして…蜜柑、メイド服脱いで良い?流石にこれ着続けるの疲れちゃって」
「うん良いよ良いよ!良い役割したからね!コーティング外すよー」
身体が軽くなった感覚。ギチギチに締め付けられていたものが外れたような状態だ。
風伯と火雷、俺の衣装を手渡し化粧を落とす。
鏡を見る。
黒髪に青い目、青いメガネ。
いつも、いや。ずっと前からの俺の顔だ。変わらない、変わるはずがない。
誰が見てもわかるように、転生制度に書き換えたのだから。
「…行こう」
喫茶で働く、朝梨、桃梛、るんが視界に入る。
変わらない、昔の仲間。
俺の尻拭い────運命の女神の夫を殺すという事情のために付き合わされてる可哀想な奴ら。
「ごめん」
直接謝るわけでもなく、ただ謝罪を口にする。
ごめん、ごめん、ごめん。
────俺、お前らに黙ってたことあるんだ。
産夢で輪廻を書き換える時に、何度も何度もするように、守護者はみんな、マガツヒが終わるまで転生するようにしたんだ。
書き換える時に、俺一人だと寂しいなぁって思っちゃったんだ。
鷺沼も下崎も、春雨も、他の守護者たちも最初の守護者たちが転生するように書き入れた。
俺の因縁相手なのに、お前らまで巻き込んだ。
それを当然のように制度化したことでみんなそういうものだと受け入れてしまった。
これは俺の罪だ。
勝手に巻き込んでごめん。傍迷惑だよな。
今度こそ、終わりにしような。
誰に語りかけるわけでもない、心の中の独り言。
「何処にいるのか見当はついてるのか?」
「うーん…」
目があったあの一瞬、彼女は本当に一瞬だけ目を見開いていた。
多分、アレは俺を覚えている顔だ。
確かに初めて会った時も、そのあと七不思議で会った時もずっと意味深な言葉や動きをしていた。
というか今更だが…。
「鷺沼は悪くないんだけど初対面の時に眠花に裾握られてんの狡くない?」
「お前は記憶が無いんだから仕方ないだろ」
「そりゃそうなんだけどさ〜〜!」
俺じゃなくて、他の人を頼ってるという構図がとても嫌なんだよ。
…同時に、そこまで?と言ってる自分がいる。
ああ、感情が追いつかない。まだ、心が追いついてない。
そこまでなんだよ、『今の俺』。あの子は『俺』を構成する全てを変えてくれた、そんな存在なんだよ。
「ああいうときの眠花は〜、悩んでる時は高いところに登る!つまり屋上!」
「…確かに、眠花ちゃんよく高いところに登ってたね」
「悩みすぎて山登ってたな」
風伯と火雷の言葉に、そんなことあったっけ?と思いつつも屋上へ向かう。
屋上の扉を開けると、15時台はまだ青い空が見える。風が吹く。
黒い髪に、葬儀屋の制服ではない、ちょっと大人な女性の服装。
後ろ姿だから、わからないように見えるけどアレは間違いなく、眠花だ。
魂が震える、覚えてる。
忘れるわけがない。
間に合わなかったんだ、俺は。
あの子と、あの子のお腹にいた子どもを救えなかった。
「────眠花」
小さな声が風で掻き消える。
いい、それでも良い。
一歩、また一歩と近づく。
あと1メートル、眠花が振り向く。
「お寝坊さん、おはようございます」
困った顔で、けれど嬉しそうに、『今の俺』が出会った時とは違う冷たい顔ではない、暖かな笑顔を見せる。
嗚呼。
一歩進む。
足がもつれる。
ああ。
また一歩進み、彼女の前までくる。
三十センチも差がある彼女を囲むように抱きしめる。
あゝ!
俺の、記憶!
俺の、俺の!!
頭がまだ痛い。
感情も追いつかない。
でもわかることがある。
今、俺は間違いなく人生でここが転換期なんだと思う。
身体は歓喜に震え、彼女を抱きしめる腕が強まる。
暖かい体温に、彼女特有の懐かしい甘い香り。
忘れたくなかった、でも仕方なかった。
溢れる涙をそのままに、笑う。
「………おはよ、眠花」
背中に回してくれる小さな手と、涙を少し滲ませて微笑む眠花は小さく擦り寄るようにつぶやいた。
「…おかえりなさい、あなた」
それは、甘く、けれど苦い言葉となり、俺の胸に沈んだのだった。
でも、胸の奥で誰かが小さく息を呑んだ。
それが、今世の俺なのだと分かった。




