第67神 ただいま
「たのもー!マリアンヌ〜、終〜」
保健室の扉を開けるとマリアンヌ先生と口から花を咲かせて時折煙を吐く、終さんがいた。
「やけに甘い香りするなぁ〜と思ったら花タバコ吸ってんの…?外で吸いなよ一応タバコなんだから」
「まぁそう言うな!ほら、蓮水も吸うか?」
「ダメだよ今の僕は高校生の見た目してるんだから。それより蓮が記憶を思い出したかも」
「なに!?」
ガタッと立ち上がる終さんと、目を見開くマリアンヌ先生が蓮水さんの肩に寄り掛かりぐったりしている俺に目がいく。
「あらあら、まぁまぁ!ひとまずこちらへ。神無くん、動けますか?」
「あぁ、まあ…はい、多分…?」
視線の先に映るメイド服の裾を見て、そういや俺…今メイド服着てんだった…と今のアンバランスな状態に対して思い出す。
「…あ、のウィッグ取りますね…」
ガッと頭を掴んだが、男の腕力でも取れない髪の毛に全てを察した。
お化け屋敷でも落ちてこなかったもんな…。
「あ、ダメだ取れない…蜜柑………」
「まあ、とりあえず横になりなって」
蓮水さんに促されるまま、横になる。
ほぅ、息を吐きベッドの柔らかさを堪能する。
「あ〜〜今日歩き疲れたから、ちょうど良い〜」
「…お前ねぇ、茶化すのは良いけど火雷と風伯の心配そうなこの顔見てからそのセリフ言いなよ」
お前がこの記憶を無理やり引き出したくせに何言ってんだ、と思いつつ、確かに2人が静かだ。
ベッド脇に静かに座り、顔を俯かせている2人の顔は見えない。
「…蓮、何を見たの?さっきは」
答えて。
静かな圧。
けれどそれは心配からくるものだというのは彼女達と契約してからもうわかっていることだった。
──いや、もっと前から知っていることだった。
「俺の前世が、本当にハチス伝説のハチスってことかな」
その場にいる全員が──いや、蓮水さん以外が目を見開く。
記憶のある今の俺──つまり、神無蓮の意識は奥に引っ込んでこちらを見ている。
「ていうか、なんで俺あんなにすごい人になってんの?」
「そりゃぁ、守護者制度設立させたからね」
「あの制度も、女神が死ぬタイミングで書き換えただけだよ?」
「それは普通のやつはできないんだって…神に近くでもない限り。今だと幻治郎ができるのかなぁ」
「あの人は昔からできてただろ」
蓮水とそんな会話を続ける。
ああ、前世の『俺』が引っ張られる。
今世の『俺』と前世の『俺』が少しズレた位置にいる。
今の『俺』は現実味がなくて、なのか、それとも選択をしたはずなのに『ハチス』が出てきたことに対して、なのか…すごく困惑してる。
でも、保健室までの道のりで少し落ち着いてきた。
アレは俺だよ、神無蓮。
今までの、夢で刀を持っていたのも、番人との戦闘で叩き起こされた記憶で出てきたのも、お化け屋敷の鏡に映った一瞬の姿も、恐らく…朝梨が探しているという男も、蓮水の顔を見て思い出した会話も。
全部全部────俺だった。
否定する理由は、もうどこにもなかった。
気づけば、神無蓮《今世》は後ろに完全に引っ込んでいた。
代わりに表へ出てきたのは──俺だ。
「…そうだ、眠花」
「おお、君、昔の嫁のことも思い出したんだっけ?本当にどこまで思い出したのやら」
蓮水が心底嬉しそうに笑う。
こいつにとっては、根の国が何よりも大事なのだ。
秩序の維持。このために、俺を引っ張り出した。
「蓮、蓮…」
火雷が小さく手を握る。
「おかえり」と呟いて、こちらを見る。
その表情は、嬉しいけど、嬉しくなかった。と書いてある。
風伯もまた、「おかえり」と言う。
でもやはり、顔色はすぐれない。
そうだろうなぁ、だってこいつらは俺の記憶が戻ってくるのを拒否していた。ずっと昔から。
守護者の輪廻制度を取り入れたときから。
「…ただいま」
その言葉が、ここに来て初めて残酷な言葉となった。
「…で、どこまで思い出したの?」
「んんー、守護者制度設立について、と嫁が眠花だってこと、お前のことと、火雷と風伯、他の神様と守護者のことかな。死因についてもまぁ…なんとなく」
「てことは、お前…、自分がなんで生まれ変わったかまでわかってるわけだな」
風伯が蓮に問う。
どこまでも、この神は冷静だ。
「──運命の女神の夫が、生まれたから、だよな」
「そうだよ、蓮。だから僕は君を引っ張り出したんだ」
蓮水の肯定に苦笑してしまう。
今の『俺』が驚いている。
そうだよな、お前は俺をただの童話だと思っていただろ。
違うよ。
俺は確かにあの時代で生きていた。
そして、俺は、あいつを倒すために生まれ変わったんだ。




