第60神 西城学園『逆転喫茶』
そうして西城の校舎へ戻ると、今度は別の意味で騒がしかった。
「はい、おかえりなさいませ!ご主人様!」
野太い声と共に頭を下げられる。ここはヤクザの入り口か何かだろうか。
「おかえり、蓮」
西城学園逆転喫茶と書かれた看板の下、教室がある入り口でちょこんと火雷が俺を見上げて笑う。その服装はいつもの和服ではなく、執事服。
しっかり髪の毛も後ろに結び可愛らしい顔立ちが少し凛々しくさえ見える。
「た、ただいま…」
いつものおかえり、ただいまの応答よりちょっとだけ固くなってしまうのはこの空間のせいだろう。
隣にいる風伯も固まっているので、予想外なのは俺だけじゃないはずだ。
蜜柑がそんな火雷の後ろからやってきて俺と風伯を見る。
「あ、おかえり蓮くん〜!あ、さっきの子も!はい2人とも入った入ったー!」
ガッと肩を掴まれ、そのままバックヤードに連れてかれた。
「うぉあ!」
そのまま座らされ、蜜柑は何かカバンの中を漁る。
「これツインテね!」
ペッと渡されたのはウィッグのツインテールだった。
それを受け取り、固まる。待って、本当につけるの?これ。
「ねえ、辞めない?」
「辞めない、見たでしょ今のうちの学園の生徒たち」
「男はみんな女になったんだよ。腹括りな」
さっき教室の前を通った時、
スカート姿の男子たちが普通に接客していたのを思い出す。
なんてかっこいいんだこいつ…。
男はみんな女になった。言い得て妙な気分だ。
少し浸っていると、化粧道具を両手に持ってやる気満々の蜜柑が満面の笑みを浮かべる。
それはそれは誰もが惚れ込むような笑み。
だが持っているのは俺の顔を変える武器だ。
「バッチリ蓮くんは女装映えする顔だと思ってるからもう完璧に化粧してあげるから安心してね」
鏡の前に立たされる。
そこに映っていたのは、長いツインテールを揺らすメイドだった。
目元には丁寧に引かれたライン。
頬にはほんのりと紅。
唇には薄く色が乗っている。
……どう見ても女の子だ。
ただし。
「でかいな」
風伯がぽつりと言った。
鏡の中の“美少女”は、どう見ても百八十センチあった。
「ねえ、やっぱりやめよぉーよーー」
うずくまって柱にしがみつく。
しかし後ろから蜜柑が身体ごと柱から俺を引き剥がすように引っ張る。
「いやもうどっからどう見ても美少女でしょ!私の最高傑作と言ってもいい!かわいいよ!蓮くん!」
「嬉しくなぁい!」
「ほら!要望通りクラシカルのロングにしたんだから!中もフリルいっぱいでふわふわ!喉元のチョーカーもいい感じ!肩幅も誤魔化せてるじゃん、だからかわいい!」
「いいって、服の説明とかどうでもいい〜!」
「蓮くん声も中性寄りなんだから高い声出したら可愛くなるよ!」
「なりたくないぃい…」
「はいキャップ!ヴィクトリアン風にしといたから、めちゃくちゃおとなしめな感じに見えてお上品でかわいい、最高だね蓮くん」
「なんも話聞かないじゃんこいつ…」
めそめそと泣くが、蜜柑に両手を握られて引きずられる。
うっ、うっ…神無蓮の人生はここで終わりなんだきっと…。
恥ずかしくて死ぬんだ…。
「あのー、注文いいですかー?」
お客さんの声にびくつく。
行きたくないよぉと首を無言で振っていると蜜柑が、じゃあ私と行こうと手を繋がれるままに歩く。
少しざわついていた人の声がぴたりと止まる。なに、こっち見ないで怖すぎる。
「ほら、あざとく接客してね」
こそ、と耳打ちされる。あざとくって何?火雷を真似ればいいの?
「い、いらっしゃいませぇ…ご主人、様…♡」
首を傾げてみる。
どうだ、百八十センチ大男の首傾げ。怖いだろ恐れ慄け。
男のお客さんがポツリと呟く。
「…か、かわいい…」
「へ」
顔を赤らめて、「こ、ここの喫茶のメイドさんが男の子だってわかってるんですけど…!みなさん本当に可愛くて…!」と謎の言い訳をし始める。
…確かに、今ここにいる男──もといメイドたちはみんなビジュアルSSRしかいない。どっからどう見ても美少女ばかりだ。
そして、執事側もそれは同様で、朝梨なんて小柄なのに立ち振る舞いがとても男らしくかっこいいからか、先ほどから女性客が撃沈しているのが見える。
「あ、のえっと、注文なんですけどこのパスタでお願いします」
「あっ、はい。かしこまりました、ご主人様」
とりあえず笑っとくか。
そう思ってニコッと笑えば目の前の男の人が撃沈した。
「ぐぅ、男の子だとわかってる!!わかってるのに!!」
俺のビジュアル確かに強いもんな…わかるよお兄さん。
でもごめん、この顔どっからどう見ても母さんなんだ…。
この後、想像よりも俺への指名が入り、キャバ嬢ならぬメイド喫茶の頂点に君臨しそうになったあたりで蜜柑から
「もうその顔で喫茶の宣伝してきて。雷華ちゃんとメイド服着せた伯狼くん連れて」と外に放り出された。
「…いつの間にお前も着せられたんだ伯狼」
「…目にも留まらぬ速さで気付けばメイド服を着せられてたんだ…何故ツインテール」
「似合ってるよ風伯、蓮」
「「嬉しくない…」」
看板を片手に廊下をとぼとぼ歩く。
周りからの視線を受け止めながら、俺たちは宣伝をするついでに、なんか腹ごしらえしようと外に出るのだった。




