第57神 祭りの音
舞を終えた次の日、赤歳家では当たり前のように広い庭に狐が集まる。
父と共に庭に立ちながら、腰に手を当てた。
「色、今回も秋と春の管掌が居ないからお前がやりな」
父に言われ、前回も俺だったなぁと前の春夏秋冬祭りを思い出す。
あの時もかなり慌ただしく準備をした。
「はーい、昨日はそれで通してやってみたよ。意外とあいつらも覚えてた」
「そりゃぁ、3年もやってたらねぇ」
家の庭にドンっと置いてあるものを見上げながら父と笑う。
「そういや今年の信善寺高校は魚を売るらしいよ」
「水産業盛んだから?」
「そう。ちなみにこれが玉さんからもらった魚」
父が、大きな鯨を前に両手を腰に当てて、よし、と大きく頷いた。
「俺たちでは多分食いきれない!」
一旦部屋に戻る父の後ろ姿を眺めた後目の前の鯨を見上げた。周りにいる狐たちが父が何かをするのを察したのか離れたところからワクワクとした顔で鯨を見ている。
まあ、30メートル近くあるクソでかい鯨を俺たちだけで食えるわけがない。
そりゃそうだ。と納得していると父は小袋を大量に抱えて持ってきた。
「半分くらいは狐にやるとして…残りの半分は小分けにして政府にも送ったろ」
なんか横で、手で切るような仕草をする父。
次の瞬間には鯨が小分けになる。
「これうち用ね。これ蓮くんたちにあげるか、余るなぁ…守護者に配っていいなぁ」
袋に、小分けにした鯨の肉を入れていく父。紙にも『幻治郎より』と書いてペタペタと貼っている。
この人、1人で何でもできるな…某青い猫みたいなことしてる…。
「よし、配った」
パンッと強く手を叩いた、次の瞬間小分けにした袋が消える。
気づけば血だけを残して鯨の肉はなくなっていた。
骨も綺麗に無くなっている。まあ、骨は骨で加工に使われるらしいからそういうところに配られてるのだろう。
今頃蓮たちの家に──まあ蓮の目の前に『幻治郎より』の紙が貼り付けられた肉が落ちてんだろうなぁ。と俺は悲鳴をあげているであろう後輩に想いを馳せた。
青い空、何度も振り上げる腕にそろそろ疲れてきたな、そう思っていた時。
上を見上げたタイミング。
──空で何かが煌めく。
「ん?」
べちゃっと目の前に袋ごと落ちてきた肉を前にして舞の練習中ではあったが一旦手を止める。
「うわぁあ!」
俺の様子に気づいた鷺沼さんと玉さんが近寄り、玉さんは『おやまぁ』と声を上げた。
『なんじゃ〜あげたんに小分けにしたんか』
「いや、あげたってなんですか。ていうか何…え、『幻治郎より』?あの人やっぱりおかしいんですか?」
持ち上げた袋に書かれた幻治郎よりの文字を見て戦慄する。
おかしいだろ、どうなってんだあの人。
玉さんは袋を覗き込み、楽しそうに笑った
『まあ、ほいたら今日は鯨の唐揚げにするかいね』
「え、鯨の唐揚げ!?」
先程まで舞の練習でぐったりと倒れ込んでいた朝梨が起き上がる。
群がっていた魚達が起き上がったと同時に散る。
今晩の鯨の唐揚げを作る時に玉さんがまた声を上げた。
『おろ、三つある』
「…本当だ、よく見たら、俺用、鷺沼さん用、朝梨用にある」
「てことは全守護者に配ったのかあの人」
唐揚げの支度を一緒に手伝いながら話していると朝梨がケラケラと笑う。
「幻治郎さんならやりそう〜」
『なんなら骨までどっかの工場に持ってってそうだな』
風伯の言葉に全員でまさかぁー!と笑う。
【次のニュースです。
本日お昼、突如空から大きな鯨の骨の素材が降ってきたことで、足りていなかった財源が足りると、○○○会社の工場ではお祭り騒ぎだったと──】
「……まさかね」
『いやー、これはあると思うよ蓮』
「…やりかねない…」
きっと今頃、幻治郎さんは笑顔でピースでもしているんだろう。
……いや、あの人は多分、真顔でもやらないか…。
「そういや、明日桃梛が舞に合流するぞ」
「やったー、桃梛ちゃんと一緒にやれるんだー!」
ワクワクしている朝梨に、俺と玉さんがほっこりしていると鷺沼さんはうんうん、と頷く。
「キツく扱かないとな」
「実は脳筋ですか?」
「いや?」
嘘だ…と呟く俺に鷺沼さんはもう一度そんなことないぞ。と言った。そんなことはあるだろ。
そんな騒がしい一日も、気づけばあっという間に終わっていた。
庭で舞の練習をしていると誰かの足音。
ぐわんと水面が揺れる。
『ん?誰じゃ』
ここは神社の裏手にあるので、裏手の鳥居を潜ったら誰が来たかわかる仕組みだ。
『おや、桃梛やないか』
「桃梛?」
俺が玉さんの後ろから覗く。
鷺沼さんが寝起きの顔で「そう言えば、今日は桃梛達が来る日だったか…」とガラガラの声で言う。
「…たち?」
「やっほー、蓮!」
聞き覚えのある声に、目を見開く。
「…るん!?」
北条るん。西城学園での友人だ。七不思議に入る前に、軽く教えてくれた友人…。
何故ここに…。
驚いて固まる俺に桃梛が笑う。
「実は、私の組んでる相棒ってるんちゃんなの」
「るんも守護者なのか!?」
世間は狭いというが、まさか西城学園に俺も含めて4人、守護者がいるとは思わなかった。
「七不思議の任務お疲れちゃん!私行けなくてごめんねー!お母さんにバレないようにそっちの任務行くのは無理で!」
「いいよ、なんとかなったし」
るんが桃梛に謝り、桃梛もまた許している。
「…舞の練習に来たんだよな?るんは何をするんだ?」
「私は管掌の役はしないよ」
「私がやるのは場を整える役!」
じゃん!と笛を取り出したるんが笛を吹く。
ピィーと鳴らした笛はCDで聴いた音。
「…あれ、るんが?」
「いやいや、全然今回が初めて!」
へえ、とるんと話していると一番のお寝坊さんこと朝梨が、ボサボサのまま起きてくる。
「あさぁ、?眠……あ!るんちゃんだ!」
わっほーい!と抱きつく朝梨をなんなくキャッチしたるん。
桃梛と一緒に3人ではしゃいでいる。
「朝から眩しいな…」
「鷺沼さん本当に見えてます?めちゃくちゃ顔に皺よってますよ」
「見えてる……でも顔洗ってくる……」
のそのそと寝起きクソ悪の鷺沼さんは洗面台へと向かった。
その後ろ姿を見送り、改めて3人に向き直る。
いつも日常にいた友人達は、3人とも非日常にいた。
「桃梛は踊ったことあんの?」
「ううん、今回が初めてなの」
「へえ。じゃあなかなか大変だ」
「そう!2人より遅れた分頑張らなくちゃ!」
ぐっと両手で握り拳を作りながら笑う桃梛はとても頼もしく見えた。
これは、神様のための儀式、神居と神無の繁栄と平和を願う、儀式。
誰も彼もが幸福であることを祈る祭り。
春夏秋冬祭りの舞。
いよいよ、本格的に始まる。
──誰も、この先に待つものを知らないまま。




