第49神 胡蝶の夢
──あ、またこの夢だ。
暗い闇の中、鮮やかな蝶々が飛んで、どこかへと向かっていく。
蝶々についていく。
飛んでいく鱗粉と共に蝶の後ろを暗闇の中進む。
いつもならここで途切れる夢が、今日は途切れない。
どこまでいくんだろう。
暗闇の中でポツンと、青いマフラーをつけた男がいた。
さっきまで、顔が見えなかったはずなのに。
今ははっきりと、見えていた。
『初めまして、蓮』
「は、初めまして…」
しゃべった!この夢で喋ったことなんて一度もなかったのに。
『君は忘れてる記憶がある。
それを思い出してほしい。
それだけでいいんです』
「…どういう、ことですか?」
『そのままでいい。覚えておいて、僕の名前はシオン。夢の神だ』
「…眠りの」
『そう、ふふ。これから文化祭が始まるだろう?だから、先に伝えておこうと思ってね』
マフラーの男──シオンさんがそう言った。
俺はその言葉に、納得と同時に疑問が浮かぶ。
「俺は、思い出したら何になるんですか」
それは、本当に思い出さなければならないことなのか?
俺が思い出す必要はあるのか?
その思いで、シオンさんに伝えると彼は笑う。
『何者にも。ただの神無蓮としてそこにいる』
だったら俺の答えは一つだった。
「それなら、俺は思い出す必要はないですね」
少し驚いた顔をするシオンさんに今度は俺が笑う。
「前世…とか、そんなの関係ないです。それは俺じゃないんで!」
「俺は蓮です。この世に俺は一人しかいない」
──以前、アルバートさんが言った比喩、寿の朧産みについて
元からあると思っていたものが実はなかった。何度産んでも同じ龍である。と、そういう事だったのだ。
生まれ変わっても何度だってここにいるなら、それは俺だけど俺ではないのなら、やっぱり俺には関係ない話だった。
『…そうですか、それなら仕方ありませんね』
あっさりとシオンさんは引く。
「…意外とあっさり」
『一応我が身は守護神なので、守護者を攻撃するつもりなんてさらさらないんですよ。
ただ、思い出すことも必要ではありますよ。とだけ伝えておきたかったんです』
「それにしては結構強引な気がしますけど頭痛とか」
『ふふ、そりゃそれくらいしないとあなたの記憶固いので』
番人と同じことを言う。
やはり、俺の記憶は本当に硬いのか。
「…夢で見せてくれたあれは全部前世の俺なんですか?」
『名前聞きます?』
「いや全く興味ないんで大丈夫です!」
『残念です、では一つだけ忠告を』
「…?はい」
『あなたの“近くにいる誰か”が、引き金になります。
小さな不幸なんてものじゃない、この未来に大きく関わるものです。』
「なんでそんな漠然とした予言」
『予言なんて全部漠然としてるじゃないですか。
それに我々神は未来の変わることは言えないんですよ』
「はっきりとは言えないけど…って感じか…」
シオンさんの言葉に一つ頷く。
「わかりました肝に銘じておきます」
『今回はたまたま僕でしたが、僕以外の神があなたを狙うでしょう。
その時、手段なんてないと思いますが頑張ってください。
夢を見ることはもう、無いと思うのでご安心を』
「えっ、本当に!?」
『ええ、あなたは選びましたから。あなたであることを』
「…はい、俺は選び続けます…これからも」
『それで結構です』
満足げに頷いたシオンさんは続ける。
『けれど、残穢のようなものはきっとあります。
それは、僕じゃない、あなた自身の内側にいる、もう一人の『あなた』が見せるものですから』
『しっかりと見てあげてくださいね』
蝶々が俺に向かって飛んでくる。
ぐらりと頭が傾き、膝をつく。視界が揺れる、目の前のシオンさんが急にわからなくなった。
「なに、なんで、これ…は」
『ふふ、それじゃあ、またどこかで』
『この夢は 胡蝶の夢、ですよ』
フッと意識が浮上する。
保健室の天井が目に入り、俺は横になる前になんとかベッドで寝れたのかと安心する。
「あ!おはよーさん!蓮、目ぇ覚めた?」
「乙女、さん…」
「いやぁよかった。ほんまにビビったからもう二度とすんな」
「気を失っただけなのに…」
「それがあかんのやって…あ、マリリーン蓮起きたぁ!!」
マリアンヌ先生が入ってくる。
「あーよかったです。いいですか今日一日は安静に!聖川先生には伝えておきましたので、頭ぶつけたからかな!?って焦ってましたのでもう二度とさせないように釘は刺しましたからね」
「あ、はははありがとうございます」
「それから、影森くん…ああ、先程見えた方は帰られました。ちょっと乙女と喧嘩して…」
「ふん、今更どんな顔で会うねん!あいつもワタワタしとるし、今日は顔見たない!」
「何がどうなのかまでは何にも教えてくれないんですよ」
「小さい頃日本で仲良かった幼馴染なだけや!!」
「あ、そうなんですか?」
「あかん!言うてしもた!今の流れはいう流れやったやんか!あかん!マリリンあたしのこと分かりすぎちゃう!?」
「ふふ、何年あなたとお話ししてると思ってるんですか」
「まだ一年や」
「今年で2年に入ります」
テンポのいい会話を横目に俺はへらりと笑う。
「寝てもいいですか?」
「ああ!ごめんなさい、どうぞ!乙女、出ましょっか」
「ほなな、蓮。よう寝ろよ」
二人が去っていくのを見送り、俺は考える。
あまり夢の内容は覚えていないが、俺は何かを選択した。
夢は見ることはない、ということも言ってた気がする。
あのマフラーの男の人──否。
守護神のシオンさんと言ったか、彼が頭痛は治ると思うって言ってたけど本当に痛みがない。
「……まあいっか」
「思い出さなくていいなら、それでいいや」
誰かを守りたい…その一心でここまでこれてしまった。
七不思議で、俺はそれを少しだけできた……。
救うことが、思い出させることが、できたんだ…。
仰向けになり、右手を天井に向かって突き上げる。
手の甲に書かれた契印を眺めながら決意を新たにする。
なら──物語も…。
…神様も、みんなも……。
…守りたい。
守れる力が、ちゃんとここにあった…。
誰か──大切な人たちを、父さんのように、守れる力が。
俺は最初から、そのために守護者になったんだ。
その実感が、今になってじんわりとやってくる。
右手をゆっくりと下ろして、布団を深く被る。
守護者がなんだとか、そんなのはどうでもいいんだ。
俺は──
──たくさんの人を不幸に巻き込んできたから、今度は、俺がみんなに恩を返す番だ。
「明日から文化祭の練習かぁ」
「文化祭の出し物何にするか決めといてって言ってたよなぁ…」
布団に潜りながら文化祭の出し物何にしたいか考える。
その日は黒い夢ではなく、幸せな夢を、見た。
火雷と、風伯が楽しそうに俺に笑いかけてくれる夢。
────これが、後の春夏秋冬祭りで大きな転機となるとも知らずに。
ストック自体はあるのですが、七不思議編も一区切りとなるため、次回更新は1日お休みをいただこうと思います。
また次のお話でお会いできれば幸いです。




