第40神 人が生んだバグ
────鏡が原因だと分かったとしても、廊下に散らばっている鏡のカケラをしらみつぶしに壊すには時間がかかる。
「こっっわ!!もう無理です…ガイコツ見るたびに思い出しそう…」
「よかったじゃないか。これで忘れられない思い出になるね」
「そういう問題じゃないですよ!」
刀で鏡を斬る。
たまに横からやってくるので拳に霊力ためて殴ったりしてみる。
「じゃああのガイコツ先生が言ってた制度とかってなんなんだよぉ〜!わけわからーん!」
頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜながら走る。
今俺たちが走っているのは鏡のカケラを潰しながら、本体を探しているからだ
未だ気を失っている朝梨と桃梛を抱えるアルバートさんから、俺の後ろでフッと笑った気配を感じる。
「守護者に関することと記憶の混濁が見られるね、蓮」
『…本当は思い出して欲しくないんだよ、私たち』
「うぅう…なんだよみんなして、俺の記憶がそんなに頑丈なのかよ」
蚊帳の外にいる自分に嫌気がさす。
守護者になって人を守れるぞ!やったー!と思ったら守護者は転生してるとか、周辺の人たちも巻き込まれてるとか!!
なんかそこに俺の記憶がすごい重要っぽいこととか…!
あの黒い髪と青い目の男が関係するのか…?
そもそも、前世の記憶ってなんなんだよ。
…俺は一体──
ガイコツ先生に見せられた砂煙の舞う中心に座る男を思い出す。
──俺なのか?何かを…壊したのは。
何を…。壊したのか…考えるたびに少しだけ胸が苦しくなる。
思い出すなというように頭が鈍く痛みを訴える。
「……ッ」
「この前まではそんなことなかったのに…」
『────自分の記憶を知りたい?』
火雷の不安そうな声が脳内で流れてくる。
「うーん、知りたいかどうかでいえば知りたくないな。ぜんっぜん興味ない…とは言いきれないけどさ」
「因縁とか、前世とか、そんなもん一旦後回し!俺は任務をこなしながら目の前の人たちを助けていきたいだけなの!ほんとに!」
『…そう』
フッと微笑む火雷に俺も微笑み返す。
…この、優しい神様たちも一緒に守りたい。
「…とはいえ、俺は知らなさすぎるのかもしれない…っていうのは今回でよぉく理解したんですよね…」
「じゃぁ、軽く七不思議と守護者について整理しないかい?そろそろ休憩もしたいだろ?」
ピタッと止まったアルバートさんが笑う。
まぁ、確かに疲れてるけども。汗がだくだくでぜぇ、はぁと息を吐く。
刀の振り方がわかったからって、こんなに労働させなくてもいいじゃんかよ…。
「──そりゃそうですけどね…一応もう一回言いますけど、記憶とかどうでもいいんですよ俺は」
『1番大事なんだけどね、そこが』
火雷の苦笑いを浮かべる声とこんな時に話すことでもないんだがな…と風伯がため息をつく。
「…ただ、さっきも言ったように、みんなを守れたらそれでいいんだよ。その情報を知ることで守れるなら…」
『蓮…』
「ちょっとちょっと感動はいいから早く入りなよ。
鏡は教室の中にはこなさそうだし整理ついでに教えてあげるから」
「アルバート先生ー!」
「そう言われるのもやぶさかではないね」
すこし嬉しそうに笑うアルバートさんは、今までの不気味なアルバートさんっぽくなくてなんだか不思議に見える。
机に座る俺と、黒板の前に立つアルバートさん。桃梛と朝梨は神様が抱えている。
「いいかい、これは歴史の教科書と同じだと思えばいい。
この世界、というより君たち守護者にとっては大前提の話さ」
はい、と手をあげれば、アルバートさんも「なんだい蓮」と返してくれた。
「なんでアルバートさんが知ってるんですか?」
アルバートさんはこちらを見てニヤッと笑った。
「…気になるかい?」
「…そりゃぁ、まぁ……」
フッと笑い、風伯、火雷、他の神様たちを軽く見てから、俺を見た。
「…俺は昔から君たちと関わりがあるからね。教科書の歴史じゃなくて当事者として見てきたのさ」
アルバートさんが黒板に字を書き出した。
左上に書かれた『ハチス伝説』の文字。
「俺が今から話すのは、マガツヒができた理由と守護者制度が生まれた理由の二つ。これは繋がっているからね」
「結論から言おう」
「この世界は“人の願いが作ったバグを、人が直し続けてる”世界だ」
チョークを黒板に走らせる。
「人が…直し続ける」
「そう。だから今回のように『七不思議』という物語がマガツヒに感染し、捻じ曲がることがある。
そして、その最初のバグがハチス伝説という童話。君たち守護者が輪廻転生する原因でもあるね」
「お、おぉ…もう他人事だと思って聞くことにする」
『俺たちが頑張って、思い出させないようにしてたのがバカみたいだな』
呆れている風伯の言葉を聞きつつもアルバートさんの書き出す文字を見る。
『ハチス伝説』の横に矢印を入れ、『事実』と書かれる。
アルバートさんは書きながら話す。
「まずはマガツヒがどう生まれたか、だ」
風伯は蓮を見る。
『前提として、根の国で最も大切にされているのは秩序なんだ。
その秩序のためには運命が必要。
運命は絶対だ。俺たち神でも覆してはならない。その役割が振られている神以外はな』
「…その役割…?」
「この、運命には神……女神がついていた』
「運命の、女神…?」
何故か聞いたことがある…気がして胸がもやつく。
「────マガツヒが生まれたきっかけは人間が起こした戦争だ」
新たに真ん中より少し上に人。その横に矢印、『戦争』
『人』の文字の上に、『神』と書かれた文字に、胸が痛くなる。
──何故、今胸の痛みを感じたのかはわからないが…。
「ここからが長くなる。よく聞くんだよ蓮」
「戦争が始まった時、神を利用したんだ、人が」
そう言ったアルバートさんの言葉を借りるように風伯は言葉を続けた。
その声はどこか寂しげな静かな声になる。
『……人々は俺たちに願った』
"神よ、運命を変えてほしい。我らが神よ、人に罰を、神罰を"
『──拒んだ運命の女神の代わりに…
厄病神が、罰を人に与えたんだ。
願い通りに『マガツヒ』を生み出した』
……聞いたことがないはずなのに、なぜか知っている気がする、名前の羅列。
『戦争』の横に『願い』と書かれた後に、『戦争、人、秩序、運命』を囲う。右斜め上に矢印。
『厄病神』、『神話の始まり』と書かれた。
…マガツヒの知識は、以前、鷺沼さんが言っていた、ガンのようなものだと言う話だけだったが、
人の願いを叶えた結果生まれた、ウイルス…ということか。
「いいかい?『人の噂話は言霊になる』っていう諺が神居にはあるんだ」
ふんふんと頷きながら、アルバートさんの手元のチョークを目で追いかける。
人の近くに『マガツヒ』と文字を書く。
『マガツヒ』の上に噂と書かれたあたりで止まりこちらを向く。
「その名の通りだ。噂話にしたのさ、厄病神は」
「?どういうことです?」
アルバートさんの言葉に補足するように、火雷が答えてくれる。
『物語を反転させる"マガツヒ"っていう病気があり、それを壊せる者はいない。ただし、人には感染しないってね』
全てがつながりそうになる。
──ああ、じゃあ空想上の生き物たちにマガツヒが感染するのも。
鷺沼さんが神と人が手を取り合わないと壊せないと言っていたのも……。
「噂を神が流し、人が信じ、形となる」
「正しく、"物語"の始まりさ」
チョークの音が止まり、白い粉が落ちていく。




