第37神 黄泉路の中
────目を覚ますと、そこは黒い世界だった。
いつもの夢に似ている世界。
──なのに、何かが違う。
「風伯、火雷」
二人の気配がない。
まるで最初からいないような、そんな気配。
背筋がゾクリと冷える。
2人の気配がないことに今、自分は恐怖を覚えた。
怖い、穴が空いたように。──呼吸の仕方を忘れたみたいに。
わからないまま、とりあえず真っ直ぐ歩いてみる。
何も見えない、何もないその世界で、初めて足元に何かが当たった。
「………人?」
反射する自分の声に、違和感を覚えつつも倒れているであろう人に触れる。
(女の子、?)
長い髪の毛に、柔らかい二の腕。
あまり触りすぎてはいけない、とそれくらいで止める。
「大丈夫ですか、」
脈はある。
すぅ、すぅ、という呼吸をする音が聞こえてくる。
……生きている。
よかったと思うと同時に、何か線香のような、懐かしい香りがした。
チリンと鈴が鳴る。
懐かしい音だ、と思わず振り向く。
青いランプを手にして、カランと音を立てて、青い光に照らされた火雷がそこにはいた。
『…もう、ここは黄泉だよ蓮』
「えっ」
『あの後、蓮たちは鏡の中に連れ込まれちゃったんだよ』
「アルが、桃梛と朝梨の魂は守ったけど、蓮だけは守りきれなかったの」
…そうだ、鏡の中の、裏世界にいる鏡の、さらにその中に入れられたんだ。
てことは世界を三つくらい跨いだのか?
「…そう、だったんだ…じゃあここは…」
『…黄泉路だよ』
青い炎が灯る。
ぽ、と一つ灯れば一気に道の形に沿って灯っていく。
『黄泉の主人様達に挨拶してから帰ろうね』
「黄泉の神様もいるのか…」
『天の神様がいるんだもの、当たり前じゃない』
「あ、ならさこの人も連れてってもいい?」
申し訳なさそうない気持ちで火雷を見る。
きょとりとした後優しい笑みを火雷は浮かべた。
『いいよ』
背中に背負いながら歩く。
そういえば葬儀の時に扉の音が聞こえていたが、この黄泉の世界がそうなのだろうか…。
「…なぁ、輪廻と関係ある?」
『そうだねえ』
カランカランと青いランプを持ちながら歩く火雷。
背負ったままの女性は一向に起きる気配がない。
「なんでこの人こんなところにいたんだろ」
『蓮が鏡に連れてかれたのと同じように、彼女も、ね』
「……そう、なんだ…」
青い火が灯る道を進んでいくと、黄泉の夫婦とやらがいた。
火雷が何かを話している。
何も聞き取れないが、皇帝の方が頷いた。
次いで、こちらを見た気がする。
何かを言ってくる。何も聞こえない…。
──けれど、不思議と“拒まれてはいない”と分かった。
よくわからないなりに、ありがとうございますと口に出していたつもりだった。
一言、二言会話をする。
────次の瞬間、視界が白に弾けた。
「……えっ!?」
ガバッと起き上がるとおやおやと低く聞き心地のいい声が聞こえてくる。
"勢いよく起きたら頭がくらくらしてしまうよ"
「が、っっ」
驚きのあまり口をぱかりと開ける。
真っ白な白衣に驚くほど心地のいい低音が出てくるとは思えない体。
目玉もなければ髪の毛もない。
いわゆる、ガイコツが目の前でガチャガチャと骨のぶつかる音を鳴らしながらカーテンを開く。
ふと自分の寝ているベッドに目を向け、いつの間に寝ていたんだろうと考える。
「あっ、夢で出会ったあの人は一体」
"もしかして彼女のこと?君の隣で寝ているよ"
「え」
チラリと横を見ると確かに隣のベッドで寝ていた。
「…眠花、さん?」
葬儀を行った時に見た、一度お話だってした。
けれどそれとは別に、どうしてか、彼女に見覚えがある。
──思い出せないのに、“知っている”感覚だけが残っている。
ツンと鼻が痛くなる。
涙が出る前の、目頭が熱くなる。
ぽろりと落ちる涙に、溢れんばかりの胸の痛みに思わず胸を押さえた。
「なんでこんなに悲しいんだ…?」
溢れる涙を止められずにボロボロと涙をこぼす。
彼女を見て、どうしてか彼女が生きていて良かったと思ってしまった。
"…ココアでも入れようか"
立ち上がって白衣を着たままのガイコツ先生はココアを入れに給湯室へと向かった。
俺は、自分がなんでこんなにも安心しているのわからない思いを抱えて、少しだけ布団を握りしめたのだった。




