第36神 終わらない七不思議
「少年は、足の骨、音楽の妖精は音。番人は本か…」
七不思議は記憶と関連するものを渡すと消えるという法則は間違いなさそうだ。とアルバートはルールを思い出しながら歩く。
「なんの話ですか?」
「いいや、なんでもないよ。さてこれからどうしようか?」
「とにかく彼らを安全なところに連れていきたい、というのが本音ですね」
私の大切な友人なので。と桃梛が心配げに二人を見る。アルバートは特に心配なんてしていない。彼らの神様が騒いでいないからだ。
今は傍観の立ち位置で俺を見定めているのだろう。
(まあ、そりゃそうだろうね)
蓮の記憶を思い出させたくない派党にいて、かつ今の状態を楽しんでいるやつなんて警戒するに越したことはない。
「…言っとくけど、本当に俺は関係ないからね。七不思議とは」
『…ならいい』
風伯が答えを返してくれることに、鼻で笑う。
「俺が君たちをわざと巻き込んだから、この前の教会にいた時の姿を見せたと思った?」
『ああ』
「ずいぶん素直だね。残念だけどアレは偶然さ。俺はただ報告の確認がてら呼んでただけだよ」
『それにしたって大掛かりだっただろ、贄まで用意して』
風伯の言葉に、そりゃそうか。とアッサリとバレたことを認める方向にシフトした。
「悪かったよ、神に嘘なんてもうつかないことにする。アレは神無周辺で悪さしてたやつを軽ーく叱っただけさ。まあまあ贄がないと出てこないめんどくさいやつだったんだよ」
『嘘つくほどでもないように思うがのぅ』
「げ、玉まで聞いてるのかい?もう勘弁してくれよ。本当にそれだけのためだったんだ」
玉、朝梨の守護神にまで突かれる。老人会に放り込まれた若者の気持ちだ。
『それにしては最初誤魔化したのがおかしく見えますけどねぇ』
「美夜まで…あー!もう神様ってのはなんでこんなうるさいんだい!」
『もう、みんな。アルが怒っちゃうから揶揄うのはやめなさい』
火雷お母さんの一言で神様たちが黙る。
さすがは火雷。随一のママ力。
「で!どうするつもりなんだい、桃梛。ちょっとこっちを見てポカンとした顔しない!」
「ぁ、いや、分かってます。なんかすごい神様に弄ばれるアルバートさんって変な図だな…って」
「そんなの俺が1番思ってるよ」
嫌そうな顔でアルバートは口を尖らせる。
「…思いの外、人っぽいですねアルバートさん」
「はぁ?そりゃ人に紛れて生きてるんだから人寄りにもなるよ」
ガタガタと外のカケラが形を持ってこちらの窓に張り付く。
「う、うぅ…なんだこの空気…」
ゆっくりと蓮を下ろしながらアルバートは笑う。
「蓮、起きて早々悪いけどおそらく君はまた気を失う」
「はい!?」
「あの鏡、核は一つじゃないそうだ」
「つまり」
桃梛は目を細めて三人を見る。
一瞬だけ、空気が止まる。
そうして一つため息をつきつぶやいた。
「ええ、アレはあと数百ある」
「…は………?」
篠倉さんがいることにまず驚き、数百あるという鏡のカケラたちに衝撃が走る。
一瞬の静寂後、篠倉さんが鏡を切った。
「じゃあ、倒せないじゃん」
「しらみつぶししか方法はないですね…」
「…というか、なんで篠倉さんが…」
「桃梛でいいよ。私が先に七不思議討伐を依頼されてて…今女子高生を倒したところ」
「え!?簪はここにあるのに…」
桃梛は目を見開き、逸らす。
「…そう、少年を倒したのは蓮くんなんだ」
「…なんで、倒す…って」
「救ってたら間に合わないの…。ここの中は、そんな簡単な世界じゃないから」
口では冷酷なことを言っているが、疲れている顔が見える。いつも教室では穏やかに、にこやかに笑っているのに。
「その言い方だと何回もやってるみたいだね」
「…20回ほど、やってます」
「ループ系なの!?」
「イネさんに帰らせてもらうように願えば、何度だってここに入れるの。そのために私は女子高生を先に討伐した」
「…女子高生が、イネさんに渡すトリガーを持ってたってことかい」
「はい」
なるほどねーとアルバートさんは頷く。
「…他の七不思議は勝てなかったんだ?」
痛いところを突かれたというように苦い顔をした桃梛はため息を吐く。
「…私は霊力が少ないんです…」
「だから疲れてるの?」
「これは…っ」
「…はぁ…女子高生のあの空間がそうさせてるのもあります…。
私は霊力が少ないから、他勢での戦いをしようとすると枯渇してしまうんです」
ふんっ、とアルバートさんから顔を背けた桃梛に、二十回もやってた理由がわかる。
「…桃梛は頑張ったんだなぁ」
しみじみとした声が出てしまう。
桃梛がパッとこっちを見る。
「…蓮くんに言われたくないかな」
血だらけの身体を見てそう言われる。
確かに頑張った形跡が見え見えだ。
「…番人に脳みそフル活用されたからな…」
「いろんな知識戦でしょ…?嫌なこと聞かれなかった?」
「んー、正直とんでもないこと聞いてしまった気はしてる…」
「なんで呑気なんだい君」
「…あんまり、自分ごとに捉えられないのかもです…」
アルバートさんがこちらを見て目を細める。
少しだけ、嫌悪が見え隠れしている目で、俺に言った。
「君さ、それ“自分は関係ない側”って顔してるけどさ」
「普通に当事者だろ?」
「そうなんですけどね、あんまり実感が沸かないと言いますか…」
やれやれと肩をすくめるアルバートさんを横目に見る。
…情報が多すぎて、なんかピンと来てないんだと思うんだよなぁ…
「“そうですね”って顔じゃないんだよなぁ、それ」
ぽそっとつぶやかれた言葉は耳に届かなかった。
「…あ、というか、鏡が数百あるって言ってたけど、鏡って夕方にしか現れないんじゃないのか?」
「…この世界では、マガツヒに感染してるのでランダムです」
「突然ここに現れることだって──── 」
静かな廊下、暗闇の中。
目の前に鏡が現れた。
パリン
──音が、遅れて割れた。
何かが途切れる音。
ぐらりと眩暈が起こり、自分の身体が床に叩きつけられる。
痛い、頭がぼーっとする。
よく見ると桃梛も倒れ込んでいる。
「こりゃまた、荒技すぎないかい七不思議たちは」
何かアルバートさんが言っている。
「…まぁ良いんだけどね俺は」
『おいこらアルバートちゃんと持ってろ!』
「風伯お願いだからやめてくれ……」
「わかってる…
────…
だんだんとアルバートさんたちの声が遠くなる。
目が霞んで見にくい。
「ぅ、ぐ…」
掠れた先に朝梨の倒れた姿が見えた。
「あさ…り」
手を伸ばす。朝梨に手が届く前に気を失ってしまった。
くらり、くらり。
意識が暗くなる。
倒れた蓮と桃梛を眺めたアルバートは朝梨を片手に、2人を担ぐ。
「…風伯、火雷。もう少し蓮に危機感を持たせたほうがいいんじゃないのかい?」
『言ってはいるんだが』
ふー、とため息をついたアルバートに風伯達は困ったように眉を下げる。
「──この子」
蓮を眺めたあと、アルバートは、風伯達を見る。
「番人との戦いで、自分が苦しんでいても他人を優先していたよ」
「自分の事、自分に価値をがないと思ってるんじゃないのかい」
『いいや。この子は“自分を大事にしちゃいけないと思ってる”だけだよ』
「…厄介な体質だねほんと」
『…全くだ』




