第30神 七不思議3番目 『音楽室の妖精さん』ー思い出す音ー
──夢を見た。
真っ白な世界に、一人ポツンと立っていて、泡になって消えるような感覚。
後ろから、懐かしい声。
『朝梨』
『ねえやん!』
姉が隣で笑っている。にこ、と。
『ねえやん、今からね肝試しするんやって』
『えー?!そうなの?んー、會ちゃんたちも一緒?』
『うん』
『ほいたら一緒に行かないけんね』
『やった、ねえやんも来るち言うてくる!』
『はいはい』
──楽しいはずだった。
ああ、どうしてこうなった、どうして────。
『逃げて!!!!』
私が肝試しに混ざるなんて、言わなければ。
『ねえやん!!!!!』
…姉が死ぬことはなかったはずなのに…。
『────彼女の魂はもう無い。』
校舎での肝試しを行なった。
今思えばそこは政府指定の危険区域だったのだと思う。
知っていたから「守護者」の姉は着いてきたんだ。
「────ねえやん」
バッ!と起き上がり、周りを見渡す。
誰もいないことを確認し、ホッと息を吐きながらゆっくりと立ち上がる。
少し涙がほろりとこぼれ落ちる。
鏡の中から出てきたはずなのに、何故か私は鏡の前ではなく音楽室の前にいた。
「…なんで、ここに…」
リン、リン、まるで鈴の音のような声が聞こえる。
「…鈴?」
リーン、リーン。
私の神様────玉さんが顕現して隣で守ってくれていた。
『まるで誘われちゅうみたいやねぇ』
「もしかして、七不思議の妖精…、?」
『…なんじゃぁそれは』
「この学園には七不思議に関する歌があってね」
「7つの噂 7つの話 語り語られ 生まれるモノ
一つ 骸骨 二つ番人 三つ数えて妖精さん
嗚呼 そら恐ろしや モノノ怪たちよ 声をかけてはならん
楽しい噂 不思議な話 語り語られ 生まれるモノ
四つは狐 五つは足りない 六つ数えて女子高生
嗚呼 そら恐ろしや モノノ怪たちよ 声をかけてはならん
悲しい噂 寂しい話 語り語られ 生まれたモノは
七つは 鏡 裏の世界に通じる道に 表の世界は気づきやしない
嗚呼 声をかけるにゃ 早すぎる 死ぬ気がないならかけてはならん」
「──っていうのがあって、全部で三番まであるの」
『ほーん?その三つ目の七不思議がここかえ?」
「…だと思う」
『行くがか?』
「行くよ、そのために来たもん」
『ええ面構えじゃ。よう、覚悟しんしゃい』
"ねえ、ねえそこの人の子と海神の神様"
リンリンと声がする。
小さな音はやがて大きくなり、自分の頭に小さな重みを感じた。
"初めまして!私は七不思議三番目!音楽室の妖精さんよ!あなたはだぁれ?"
「──私は朝梨。この人は私の神様」
素直に答えると楽しそうに、ららら〜と歌ったかと思えばぐるりと回る。
まるでバレエのように。
"あさり!よろしくね!"
クルクルとバレエのように回った妖精は蕩けるような笑みを浮かべた。
"うふふ、あなたの想いとっても悲しいのね!私はあなたみたいな人大好き!"
楽しそうに、けれどどこか歪んだ笑みを浮かべている彼女のお腹に、マガツヒの気配を感じる。
実際、白く光るその光に間違いなくマガツヒがあることに気づいた。
"私、楽器は弾けないの…"
音楽室の妖精は、迷い込んだ妖精が住みついた存在だって聞いたことがある。
妖精さんに見つかると、彼女はピアノを弾くように言ってくる。
ピアノなんて弾けない、と言うとなら踊って!と言うのだ。
踊りを踊ると、妖精さんの気分で永遠と踊らされる。
つまり、音楽室に入ったからにはピアノを弾くことが彼女から逃げるための唯一の手段なのだ。
"でも歌が歌いたい!ねえ、ピアノを弾けない?"
幸いにも私はピアノが弾けた。
よかった、下手したら私は踊り続けて足が真っ赤になるところだった。
海外の童話にある、赤い靴の女の子のように。
──音楽室にピアノの音が響く。
"まあ!上手ねあなた!"
ポロロン、ポロロンとピアノの音が響く。
「えへへ」
音に合わせて踊る妖精に朝梨の指も踊る。
まるで、共に奏でているかのように。
次は何を弾こうかな…と考えて、少しだけ指が止まる。
夢を見たからだろうか。懐かしくなってしまったから、気づけば指は曲を奏でていた。
……この曲は、姉がたまに歌っていた歌だ。
"これは聞いたことのない歌だわ"
「そうなの?コレはね」
「コレは、『赤いちょうちょ』っていうの」
そう、朝梨が言いながらピアノを奏でる。
音楽室にピアノの旋律が響く。
妖精は音の一つ一つに合わせて手を伸ばし、足を使い、体全身を使って回るように、踊るように、花のように笑う。
長い黄緑の髪の毛がふわりと揺れる。
それに合わせてこちらも指を乗せて音を奏でた。
「…うん、ふふ。お姉ちゃんが歌っていた歌なんだぁ」
"ふふ、なんだか温かい気持ちになる歌ね。でもちょっぴりしんみりしちゃう歌にも聞こえるわ"
「そうなの?」
"ええ、ふふ、貴女の想いが伝わるからかしら"
最後の音を鳴らすと妖精も踊るのをやめた。
"身体がなんだか軽いわ"
ふわりと妖精の体が光る。
「…消えちゃうの?」
"七不思議は満足すると消えるのよ"
"ありがとう、名も無き人の子と海の母よ"
"歌いたかったわけじゃなかったみたい。ふふ、あの子のことを思い出したから、満足したのよ"
くるりと回る。妖精の鱗粉がピアノの上に落ちる。
"私にも妹が居たの。優秀でとても綺麗な歌声を持った妹よ"
妖精さんの記憶が、戻ったのだろうか。
今まで誰も彼女が満足するまでピアノを弾いたことがなかったのだろうか。
それはなんて、なんて悲しいのだろう。
"私を庇って死んでしまったわ"
「…!私と、同じ…」
"あの子に何もしてあげられなかった…"
悲しげに伏せられた眼はそれでもゆっくりと顔を上げて朝梨に微笑んだ。
"なんだかそのことを今思い出したわ。なんでかしらね"
"貴女のおかげよ。ありがとう、妹のことも忘れてたのね、私"
「…そんなこと」
「おまんの妹はきっとすぐ近くにおるよ」
"ふふ、そうだといいわ"
(あっ…)
妖精さんの、小さな手をぎゅっと握る存在を見つける。
まるで、私はここにいるよ、というように。
"ねえ、貴女も──守れなかったのね"
「…うん、私もずっと守られてばっかりだったの」
"ふふ、私と同じだわ"
妖精さんは気づかない、けれど何故だか安心したような顔で笑った。
ぽろりと涙をこぼして微笑みを浮かべた妖精さんは朝梨の頬に優しく触れる。
"今度は現実でお会いしましょう"
さようなら、そう言って光となって天井に向かって消えていく。
ころんと落ちたマガツヒはとても小さい。
人差し指で押したらパリンと崩れる。
終わりはいつも、呆気ないものだ。
────淡い夢を見ていたような、不思議な感覚をそのままに朝梨もまた姉のことを思い出した。
小さい頃、生まれつき身体の弱かった朝梨と違い元気な姉は守護者として仕事をしていた。
──そのことを知ったのは彼女が亡くなった時だった。
両親も知っていて、でも私にはそれを教えてくれなかった。
あの時、守護者専用の葬儀屋に色々とお世話になった記憶があった。
特に、黒髪の品のある女性…。
(誰だったっけ…)




