第29神 七不思議5番目 『車椅子に乗る少年』ー失われた足ー
【お前も僕に寄越してくれないのか!!!!】
黒い霧が強くなり、少年の目から目玉がぼろりと溶けるように落ちていく。
「…ッ、ひ」
両手で刀を握って怯む蓮に火雷が叫ぶ。
『蓮!その刀は貴方と私だよ!『私』を上手く使ってね、蓮』
バチンッと強く音が鳴り、自身の右手がびりびりと痛む。
手に雷が流れ込み、麻痺するような…そんな、感覚。
……ゾクリと背筋が震える。
恐怖か?いいや違う。
これは、
これは────武者震いだ。
こんなにも手に馴染む。
『いくぞ、蓮』
風伯が風を出し、吹き飛ばす。
上にもいる、下にもいる影達が強い風と共に消えていき、何にもない体育館に戻る。
少年の背後から現れていた、大きな鋏が俺の胴体を切るように飛んでくる。
飛んできた鋏の上に乗り、鋏を台にして少年の目の前まで降り立った。
ここまで動けるんだな俺、と客観的に見ている自分が思う。
少年の目に映る自分を眺める。
眺めることができるほどスローに見えたのだ。
不思議と心が凪いでいる。
────今まで視えなかったモノが、視えた。
この少年のマガツヒの"核"はアレだ。
俺の刀が少年の首にある核に突き刺す。
マガツヒの核である、透明なガラスにヒビが入る音。
パキッ、
【──ああ、やめろ!やめ】
強く、押し込むようにさらに突き刺した。
ガラスが今度こそ砕け散り、少年が跳ねるようにのけぞった。
【……ぁぁあ…っ………クソ!僕はここで────】
少年の戦意は喪失しているが、マガツヒを壊したのに記憶が戻った様子が見られない。
反転したマガツヒを壊したら、仮契約の時に救った、女子高生は記憶が戻っていたのに。
「…あの時の子は、記憶を思い出してたのに…っ」
『何か条件があるのかもな…』
「…条件?」
コンコン
扉を叩く音に振り向けば、アルバートさんが体育館の入り口の前に立っていた。
まるで、最初からそこにいたかのように。
「お楽しみ中のところ、邪魔するよ」
「アルさん!?なんでここに」
「少年の力で入れなかったのさ。少年を倒さないとここが開かない仕組みだったんだろうね」
片手を蓮にふり、にっこり笑いながらマガツヒが壊され、戦意喪失している少年の目の前で、あるものを渡した。
「足だ」
それはどう見ても骨。おそらく、足がある部分の骨なのだろう。
【あ、し…】
「君がずっと欲しがっていた、君の足だ」
【ぼ…く、の】
「そうだよ。それから、生前、先生に預けていたんだろう?」
【せ、んせぇ…?】
「君が何よりも大切にしていたボールを」
足の骨が変化し、丸くなっていく。
その手に握られていたのは、ボロボロに朽ちかけたバスケットボールだった。
パラリと青い粒子が飛ぶ。
手元にあった刀が陽炎のように消えたのと同時に粒子が俺に当たった。
自分の頭に映像が流れ込んでくる。
──まだ高校になってから日も経たないのか、1人の少年が廊下を走る。
保健室の前に来て、走ってきた息を整えるように胸に手を置き、赤くなった頬にパタパタと手で風を送る。
深呼吸をして、ガラリと扉を横にずらした。
『先生!』
『何かね、○○○くん』
(これは、少年の記憶だ…)
『今日はゴールにボールを入れれたんです!!』
『よかったね、ずっと頑張っていたもんね』
『はい!』
満面の笑みで笑う少年に顔が黒く塗られた先生が少年と同じくらい嬉しそうに微笑んだ。
(少年は、怪物なんかじゃ無い、ただの人だ)
場面が展開する。
別の粒子が触れたのか、ふわりと青が目の前を散らす。
ボールを追いかける少女を、見つけてしまった少年は咄嗟に、小さな少女を抱き上げる。けれど止まりきれなかった車により、撥ねられた。
目が覚めた少年に残酷な現実を突きつけられる。
『…足は、壊死していてね、2度とボールを追いかけることはできないんだ』
医者に言われる、言葉に。
なら仕方ない、と諦めるしかなかった少年はため息をついている。
──────けれど、次の瞬間、母親の言葉が耳に入る。
『女の子は助からなかったらしいわ…うちの子が助かっただけでも…』
『こら、そんな不謹慎なことを言うんじゃない!』
父親と母親の言葉に、目の前の女の子を救うことはできなかったのだと知った。
涙が少年から溢れる。
『…せよ』
『返せよ』
返せ!返せ返せ返せ返せ!かえセ!カエセよ!!!俺の足を!あの女の子の命を!返してくれ!!
────粒子にまた触れると、場面が転換する。
『先生』
保健室で座る少年の足は、無い。
『ぼく、足が無くなって、バスケは一生できなくなったんです』
『…』
『それでも、僕の心がバスケをしたくてたまらないって叫んでるんです、ぼく、僕はいつまでも!バスケをしたい!』
『うん』
『でもボールや体育館を見ると、どうしても衝動が抑えられないんです、だから』
『僕のボール、持っててください』
『…良いのかい?大切にしていたものだろう?』
『うん!でも仕方ないから!』
仕方ないことだから、そう諦めるように呟く青年に声をかけれず、わかった、と先生は頷いた。
『…僕が持っているよ、君の大切なもの』
──違う、この人は怒っていた。
あらゆる理不尽なことに対して。
少女を轢いたトラック、足がなくなった事実、バスケができなくなるという出来事。
そして、そのどれも自分にはどうにもできないという現実。
それら全てに怒って、苦しんで、嘆いていたのだ。
目の前で頭を抱えて涙を流すように顔から黒い液体が溢れる少年の姿に胸が痛む。
彼はただただ諦めという境地に至る、瀬戸際で怒っていたのだ。
【────大切な……もの、】
僕は怒りを忘れていた。
思い出した、僕にもあった、大切な記憶。大切な感情。
────大切な物語。
【……ふ、はは…】
"この現実を忘れるな"
"この理不尽を許すな"
そう思っていたのは僕だ。
『怒り』は『僕』の動力源だ。
これはきっと、鏡の外も中も変わらない。
【……思い出したよ】
【僕は、ずっと怒ってた】
【全部、許せなかった】
【そうだね、…そうだったね、】
自分自身に、納得するように、落とし込むように小さく頷く。
少年は、怒りは忘れられない、というような震えた声を出す。
【………ぼくは、】
【…それでも、バスケが好きだった】
足が無いことが悔しくなるくらいに。
淡い光と共に少年が光り、蓮を見る。
おもむろに少年はポケットを触り、何かを取り出した。
【…………コレ、屋上の女子高生に渡して】
「……わかった」
【…僕は、僕の目的を思い出せたから、コレで元の世界に戻るよ】
【助かったよ、ありがとう】
【……それから、そこの青いやつ】
「あ、俺か!はい!」
【君の言葉、ちゃんと僕に届いたよ】
「!!」
【それじゃあね】
「うん……俺はお前を、忘れないよ」
スゥ、と消える少年と同時に体育館の明かりが灯り、すぐに落ちた。
夜の暗闇と静寂が一瞬、訪れる。
「あいつの話、ちょっとおかしかった気がする…」
『マガツヒによって物語が反転したんだろうね』
「…マガツヒ…記憶も?」
「物語が反転するということは、彼の物語の前提が変わるのさ」
「桃太郎が、桃から生まれずに人として誕生したら鬼退治に行けなくなる、みたいな話ですか?」
「そうさ。…前提が変われば、結末も変わる。
だから彼は“ああなった”んだよ」
「…人間も、マガツヒに感染しますか」
「理論上はしないね。ただ…」
アルバートさんは腰に手を当てる。
「──運命が捻じ曲がっているなら、あるいはあるのかもね」
仮契約時に、マガツヒが女子高生に感染していたことを思い出す。
…なにか、今この世界はおかしなことになっているんじゃないのか…と。
────気づけば自分たちはぼろぼろの体育館の中にいた。
「…体育館なんて、最初からなかったんですね」
「まるで寿の朧産みだね」
「……ことぶきのおぼろうみ?」
俺の言葉に返すことなく、体育館にアルバートさんは背を向ける。
外枠だけ残り、俺たちは瓦礫の上に立っていた。
他は全て瓦礫となった体育館の姿に先ほどまでの綺麗だった体育館を思い出し不思議な気持ちになる。
(…ここは、俺のいた学校じゃないんだ)
そう実感するのはとても早かった。
俺は、この夜のことを忘れない。
忘れないことが、きっと彼への弔いになるだろうと信じて。




