第28神 七不思議5番目 『車椅子に乗る少年』前編
────目が覚めると、そこは体育館の近くだった。
鏡の中にさっき入ってきたはずなのに、一体なにが起こっているんだ。とあたりを見渡す。
とりあえず近くにあるし、と体育館に足を向けて歩く。
体育館の中に入ろうとする蓮の脳内に風伯の声が響く。
『蓮、俺はお前に一つ忠告するのを忘れていたようだ』
「なに?…」
『お前はもう少し警戒心を持て』
ドスの効いた風伯の声が聞こえる。
「効率いいじゃんとか言ったのはお前のくせに!」
『そこじゃない、普通危なそうな体育館に入るか?』
「何も言わなかったじゃん…」
『まあどうせ何かと出会うだろうからな』
「やめてそういうこと言うの」
『おはよう、お寝坊さん』
ふわりと微笑むような女神の声。
「火雷…」
その声にホッとする。風伯が鈴は持っているか?と確認してくる。
ポーンと奥の方でボールの跳ねる音がした。
「もちろん、あるよ」
『腰につけるなんて新しい発想だね』
「チリチリなって邪魔だけどな」
『鈴は魔除けにもなる。肌身離さず持ってろよ』
「わかった」
じんわりと、契印に熱が灯る。
(なにか、いるのか…)
【ねえ】
高い声が体育館の奥から聞こえてくる。
きょろりと見渡せば、一人の男の子が車椅子に座っていた。
【こんにちはお兄さん】
ぎぃ、ぎぃ、と錆びれた金属の音。
真っ暗な中、突然声をかけられた。
じんわりと契印がある右手が熱を持つ。
生きてない、人外であることはわかった。
咄嗟に音の方に振り向く。
…多分、車椅子に乗った男の子がこちらを見ている。真っ暗なので何も見えないが。
ただ、男の子、ということ、車椅子に乗っていることだけはなぜかわかった。
風伯と火雷が警戒する気配が感じられる。
この子は、警戒する対象、ということなのだろう。
しかし、何が危ないのかもわからない。
「…こんにちは、でも夜だからこんばんはじゃないかな?」
キョトン、とした少年は次の瞬間にはケタケタと笑う。
【それもそうだ!こんばんはお兄さん!】
柔らかな声で告げてくる。
それに対して、少しだけ肩の力が抜ける。
少なくとも、いきなり襲ってくる類ではなさそうだった。
カラカラと音を立てて暗闇の中からひょっこりと現れる。
やはり、車椅子だった。
────はて、なぜ自分は車椅子だと確信していたのか。
【いいなぁ……】
蓮が何か返答をする前に男の子が遮る。
【お兄さん、僕はね見ての通り足がないんだ】
頭が考えられない。
「…何かあったの?」
認識がズレる。なにか、何かが引っ掛かる。
【そうだね、50年ほど前のこと。ある怪物が交通事故で足を取られたんだ】
【バスケも嫌いな怪物だ】
【足を動かすスポーツなんてしてないけど、でも交通事故で足を取られたことで不便な事がたくさん出た】
【足が無いことで怪物は落胆したんだ。】
あれ、なんだ?知らないぞこの話
【仕方ない、足が無いから仕方ない。】
だんだんと話の辻褄が合わなくなる。
怪物──少年は笑う。
【どうしてこんな目にあってるのか。怪物は考えたんだ】
ずっと目を瞑って喋っていた少年はゆっくりと目を開ける。
緑の目が、光る。
ポーン、ポーン、と響いていたボールの音が一つ、二つ、三つ…次第に増えていく。
ボールがあるわけではない。
ただ音だけがだんだんと増えていく。
耳を塞ぎたくなるほどの音。
「、う、うるさ…」
ダンダンダンダンダンダン
ピタリと止まる音、一拍の静寂後。
少年の車椅子の下から黒い何かが滲み出てくる。
【そうか、足がないからだ】
ずる、と少年の周りから黒い人影がたくさん現れる。
────そうだ。
なんで俺は気づかなかったんだ…。
──この話、車椅子、体育館。
七不思議五番目の"車椅子に乗る少年"だ!!!
【ねえお兄さん、足をちょうだい?】
バスケットボールやバレーボールが浮かび上がり、こちらに目掛けて飛んでくる。
「うわぁあああ!!」
すんでのところで回避が成功し、咄嗟に避ける。
ズァッ、と並び立って寄ってくる手が蓮の足を掴む。
「うわっ」
ボールの時のように避けられず、転ぶ。
「火雷!!」
ばちんっと火花が散り、雷の音ともに掴んだ足が焼け切れる。
「…はぁ、俺いつも足掴まれてる気がする…」
腰にある鈴がチリンと鳴って火雷が答えてくれる。
『掴みやすいからかなぁ』
酷すぎる…待って火雷もそう思ってるってこと?やめよう考えるのは。
カーテンが閉まっている舞台裏の方に向かって走る。
車椅子の少年はまだボールを飛ばしてくるので体育館の舞台のあがり、裏に隠れる。
一旦息を整えるために、座り込む。
「確かこの七不思議って、夜の体育館にくるとボールの跳ねる音がして、声をかけられても振り向いたらダメなんだっけ」
『朝梨がそう言ってたな』
風伯が俺の言葉に返してくれる。
「俺は振り向いてしまった…」
項垂れる。
ボールがぶち当たる音が舞台から響き渡り、少年は舞台に上がれないことを幸いにも知った。
ほっと息を吐きつつも、まだ鳴り響くボールの音に警戒する。
──いや、でも荒れた性格じゃないって聞いたはずだ。
考え込んでいると風伯が冷静な声で言う。
『…そもそも、マガツヒになって反転してるからそこは問題ないんじゃないか?』
「…なんでマガツヒに感染してるってわかんの」
『お前…足ばっかり見てたな…?首元が白く光ってたろ』
思わず目を見開くと、風伯の呆れ声が聞こえてくる。
『…蓮』
「…はい」
『もっと周りをよく見ろ』
「はい…すみません」
外からはいまだに鳴り止まないボールの音が響き渡っている。
『──話を整理すると、…本来の物語だと、振り向いたら足を切られるんだよね。
…でも、確か少年ってもっと落ち着いてるんじゃないの?』
火雷の言葉に頷く。
『こんなに荒れ狂ってないってことか』
「もしかして、性格が反転してる?」
『でもるんや朝梨が言ってた話と違わない?だって、七不思議の少年は、バスケが好きだったんじゃないの?』
【どうして足をくれないの?】
ばっと後ろを向くと黒い人影がここまで来て、喋っていた。
まずい!咄嗟に外に出ると上も下もどこもかしこも真っ黒に染まっていた。
「風伯すまん吹き飛ばして!」
『はいよ』
風が吹き、影達を吹き飛ばす。
そういや風伯の風は浄化…。
"ありがとう"
声がして、吹き飛ばされた影の向こうに、一瞬だけ男子高校生の姿が見えた。
“本当に、ありがとう…“
笑顔を向けて消えていった。
「…この影、もしかして全部この少年に連れてかれた人たち…?」
『可能性はあるな。一度一気に吹き飛ばすか」
「やってみて!」
体育館を突き抜けるような強い風を風伯が出す。
俺はなんとか足を踏ん張り、風から耐える。
これなら少年も浄化すんじゃね?マガツヒはまだ壊せてないけど。
黒い影がなくなり綺麗な体育館になった。
しかし少年はまだ体育館の中央にいる。あの強い風の中吹き飛ばされることもなく、車椅子のままいるということは、かなり厄介な相手だということはわかった。
【ボクの】
【僕の】
【ぼくのぼくのぼくの!】
【獲物達をよくも!】
どろりと少年の足元からまた影が滲み出し、瞬く間に天井も二階席も床も黒く染め上げた。
次の瞬間、その影たちが一斉にこちらへ襲いかかってくる。
足を掴もうとしたり、腕を引っ張ろうとしたりとあちこちから全力でちぎられそうになる。
「ああー!風伯〜!」
『うーむ、ひさびさに広範囲の力を使ったからもう出ないな』
「嘘でしょ神様!」
『広範囲はなかなかキツイんだよ』
「じゃあ、風伯の刀は!?」
「…我、神無蓮の名の下に、風を纏い、ここに記せ」
風が吹き、腰から刀が現れる。
「俺に力を貸してくれ、風伯!」
『それくらいなら』
ぶわりと先ほどよりも強く風が吹き、風伯用の刀になる。
「浄化用の風にできる!?」
『できるぞ』
澄んだ綺麗な風の空気を感じる。先程までのおどろおどろしいものとは違う、人を導く風。
物理で殴れそうにも無いので、切って、切って、切る。
影が喋る。
【足をちょうだいよ!!】
「あげるかっつーの!!」
少年に向かって叫ぶ。
少年の首が重力に逆らうようにガクンと項垂れた。
【ハ、ァァアア】
黒い霧が口から溢れる。
ぺき、ぺきぺき、
音がして少年の首から大きな鋏が現れる。
【ぼく、ぼく、が、アシ、足、ぁ?】
【くれよ】
目の前の少年からではない、少年の周りにいる黒い人影のうちの誰かから発された言葉だった。
自分の目の前にいる影からも、声が聞こえる。
【くれよ】
【僕のだろ】
【返せよ】
【なんでお前が持ってる】
【ヨコセ】
【それは僕の足だ】
【返して】
【寄越せ】
【どうしてお前が歩けるんだ】
【アシをよこせ!!!!!!!!】
ずるりと黒い影が少年から溢れ出てきたかと思えば天井からも地面までもが黒く染まる。
俺の周りだけが、唯一黒く染まっていない。
よこせ、なんて…傲慢なことを言う。
あげないとさっき言ったばかりだ。
「これは、俺の足だからあげれない!」
「俺の足は俺の足だ!!!!お前が手に入れたって、そこに変わりはない!」
黒い影は意思を持たず飛びかかってくる。
【ヨコセェエ!!!!】
「あんたにもあったはずだ!
あんただけの、大切なものが!!」
それを奪われたからって、
他人から奪っていい理由にはならないだろ!!」
ピクリと少年の動きと影の動きが一瞬止まった。
だが、すぐにまた飛びかかってくる。
「くそっ!」
両手に構えた刀で影を切りながらふと思いだす。
守護者になってから、刀を振るようになった。腕力も追いつかないし、型とかもわからない。
それでも、今手元にある刀だけは整っている。
…これは本契約を終えてから風伯に指導された結果、立派な形に整えられた。
以前風伯に指導された時に言われた言葉。
『────いいか、蓮。お前の魂には刀が肌に合うはずだ』
『想像して、創造しろ。これから先、必ずその武器がお前の手に馴染み、大きな力となる』
想像力で、魂から生まれる刀は作られる。
今まで使っていた刀は、風伯だった。
今もそうだ。
風伯はあくまで浄化、広範囲に吹き飛ばす、攻撃特化ではない。
影は確かに浄化できているが本体である少年のところまで刀で切り続けるのは俺の体力が持つかわからない。
『苦戦してるな』
「影が多すぎるんだよ!」
未だ舞台の上から離れられないくらいには影しかいない。
上からも下からも生えてくる影を浄化しながら進もうとするのはかなり厳しい。
『浄化しなきゃいけないわけじゃないぞ、蓮』
「…わかってる!けどさぁ!!」
…だって可哀想じゃんか。
普通の日常を過ごしてただけなのに、七不思議にこうやって連れてかれて、しかも駒みたいにされて。
「──このまま俺が切り続けて浄化できるならそっちの方がいいじゃん」
『…甘いな、あまちゃんめ』
『そこが蓮の良いところだけどねぇ。ほら、蓮思い出して』
火雷の声を聞き、刀を強く握る。
無理なのか、今の俺にこの影達を救うことは、出来ないのか。
『──なら、もう一度俺がこいつらを浄化で吹き飛ばす。一瞬だ。良いか蓮』
風伯の言葉が耳に届く。
『いつも俺の刀だったな、それは優しい』
風伯の声は穏やかだ。
『でも俺では少年を殺せない』
風伯の言葉を続けるように、火雷の楽しそうな声が聞こえてくる。
『…じゃあ、どうしよっか、蓮』
──それは、質問ではなかった。
やることは決まってるよ、という答えだった。
風伯ではなく、火雷を媒体にしたことは一度もない。
じゃあ、火雷を媒体にしたら なにになる?
考えるよりも口は勝手に動いていた。
「────我、神無蓮の名の下に、雷鳴を纏い、ここに記せ。俺に力を貸してくれ、火雷」
『任せて』
バリバリ、と音を立てて浮かび上がる刀から出る雷が、少年の方まで向かう。
少年が飛び退くように後ずさったのが視界の端に見えた。
しかし、それよりも…
(……なんだ、これ)
この、何度も持ったことのある感覚は──────




