第25神 救われた人がいた
────アルバートさんはあれからも俺に話しかけてくる。
嫌気がさして逃げた先に、柊さんがいた。
「…柊さん」
「あれ、神無くんごはん?」
「うん、まぁ…屋上で食べようかなって」
「そうなんだ…ねえ、私も行っていい?」
「えっ、うん」
チラリと柊さんの太ももから覗く契印に、アルバートさんが言っていた隠した方がいい…というのはこういうことだろうか、と人知れず思う。
…昨日執務室で見た時から思ってたけど、柊さんは本気で守護者になる気らしい。
きっかけが、なんだったのかまでは聞いていない。
柊さんとは守護者としても、友人としても学校ではよく話すようになった。
クラスのマドンナだと思われていたが思いの外俗物的なものもあり結構愉快な人だ。
「そう、だから私守護者になろうと思って」
昼休みの屋上でそう笑った彼女は、夢の中でできた人を探すために守護者になったのだと言う。
「…でもいないかもじゃん?」
「ううん、いる。絶対にいる。私の夢はいつも正夢が多かったの。そんな中今まで見たことのない夢が流れてきたの、黒い髪に、青い目の…それこそ、神無くんみたいな…」
と続けてハッとしたようにこちらを見て顔が赤くなる柊さんに、え!?待て待て、いやいやいや…とこちらもなぜか焦ってしまう。
そんな雰囲気じゃなかったのに…なんだか、そわそわとしてしまう。
「や、な、なーんて!ゆ、夢の中で何度も助けてもらって…だから、きっといると思う。守護者の人に聞いたら、見つかるかもねって言われたし」
「へ、へえ。」
赤くなった顔をパタパタと手で仰ぐ柊さん。
────今こんなに距離が離れているが、昔俺は彼女と普通に話していた。
中学の頃、柊さんとは友達だった。
ここの学園は中高一貫なので、中学の頃も同じクラスだったのだ。
「柊さん?なにしてるの?」
その時修学旅行で、旅行先の旅館の広間に泣きながら座る彼女がいた。
「ぅ、あ、神無くん」
涙を必死に隠そうとしている彼女の横に座る前にあったかい緑茶を入れて持ってくる。
「はい」
「え、?」
「体あっためた方がいいよ、ここ寒いし。あ、ねえホラー映画見ない?」
俺の好きな俳優が出てるんだよね。そう笑えば彼女も曖昧に頷いたので二人で一つのスマホの画面を覗く。
隣に座ってスマホを眺めた。
横に座ってブランケットを膝にかけたまま静かに緑茶を啜る彼女はひどく儚く見えた。ふと視界に入った、両手首の赤みに目を見開く。
……がなにも言わない方がいいかと見なかったことにした。
柊さんが楽しそうに笑っているので、スマホの画面からは目を離さずに緑茶を啜りながら問う。
「…ねえ柊さん」
ブランケットを握りしめる柊さんの手は寒さで赤くなっている。
「大丈夫?」
ぽかんとした顔をした後、笑顔の形を保ちながら、持っている緑茶を膝に乗せて静かに、静かに顔を伏せていく。
「………」
白い湯気が立つなか、「ゔん、」と頷く泣きそうな声。
その後すぐにこちらを見上げながら「大丈夫じゃない、痛いよ、神無くん」と言った。
なにに対して、とは聞かなかった。
まだ俺と同じ中学生の柊さんの身体に、記憶に、いったいどれほどの辛い記憶があったのかわからない。
「うわぁあん」
泣きながら抱きついてくる柊さんに、「だよな〜超怖いし、痛い話だよな〜」と返す。ただそれに対してうん、「俺もこえーよ」ともう一度伝える。
うん、と相槌を打つだけの柊さんに、「あー、よかった。1人で見ると怖いから柊さんがいて」と話した。彼女はその後ずっと泣きながらグジュグジュと鼻を啜っていた。
あの子にとって、なにが怖かったのか、もう中学の頃で今は楽しそうにこうして屋上で青い空を眺めている。
まだお昼の青い空を指さして、「あっちの方に神居があるんだね、霧に隠れて見えないけど」と笑っている。
「ねえ、神無くん。中学の時のこと覚えてる?」
「えっ、ああ、うん」
「あー、覚えてないんだ。まあ、神無くんからしたら普通のことだったのかもしれないけどさぁ…」
むー、と口を膨らませる柊さんは本当に可愛い。
柊さんが横にトンと、立つ。
足元まである長い水色の髪が白い陽射しに透けるように揺れる。
「あの時ね、本当に死にたくなるくらいしんどかったんだ。
覚えてないかもしれないし、助けたつもりなんてないかもしれないけどさ」
そこで区切った柊さんは大きく息を吸う。
なにか、真剣なことを告白するときのように、目をしっかりとこちらに向けて何かを訴える顔。
「あの時は助けてくれてありがとう!
私、今こうしてあなたのおかげで生きてるの!」
言葉の衝撃が強すぎて、目を見開き、彼女を見た。
──眩しい太陽の光に、青い空を背に、満面の笑みを浮かべて両手を広げた彼女は本当に眩しくて。
…俺は、力や、能力が無くても、誰かを助けたことがあったのだと、知った。
守りたい、その一心で守護者として立っている。
風伯と火雷が『守護者にならなくても誰かを守れる』といつぞやに言っていた言葉を思い出す。今になって腑に落ちた。
…確かに無力だった俺は、誰かを助けていた。
幻治郎さんの『お前はちゃんと人を救ってる』と言ってくれた。
あれは雨水市での、出来事でもあったけど、でも、俺はちゃんと。
笑みを浮かべた彼女に、バレないように片手で目を覆う。
顔を伏せてしまう。涙がこぼれそうだったから。
────だって、俺は確かに、誰かを救えたことがあったんだと。
もう一度実感できたから。
…救いきれなかった、雨水での出来事はこれから先もずっと、ずっと残り続けると思う。
それでも──救えたものも、あった。
「ねえ、蓮くんって呼んでいい?」
「…うん、いいよ」
「私のことも朝梨って呼んで!これから同僚になるんだし、よろしくね!蓮くん」
「…うん」
溢れる涙を見せないように笑う。
あの時とは逆で彼女が話して俺は頷いた。
まさか、ここで全てが報われるなんて、思ってなかったから。
ガチャと音がして屋上の扉が開く。
「二人ともなに青春してるの?」
「桃梛ちゃん!」
「篠倉さん」
腰まである黒い髪に、名前の通り桃色の目を持つ同級生がやってきた。
「いやー、相談事聞いてもらってた」
「なにそれ、ふふ。お昼時間終わっちゃうよ」
「うん、ありがとう」
これから、俺の人生できっとこの出来事は、忘れられない出来事になるだろうと確信を持てたのだった。




