第24神 その男、人ではない
────じんわりと、右手が熱い。
昨日、火雷が言っていた。
『自分の紋様が熱くなったら、それは人外である証拠だよ』
じゃあ…金髪の、教会にいたこの目の前にいる男は、人外だと言うのか…
──人外なのだとしても、霊力での感知ができない。この人を前にして、何も…わからなかった。
「ハロー、君がレンかい?噂は予々」
にっこりとメガネの奥でにっこりと笑うその青い瞳から、目を逸らせなかった。
手に汗を握る。この間の教会の件がバレたのか?どうしよう。
クラスにわざわざやってきたこの人に警戒していると後ろから、蜜柑がやってきて「え!アルバートさんだ!」と声を上げた。
──誰、アルバートさん。
困惑した顔がわかったのか蜜柑がご丁寧に教えてくれた。
「アルバート・ジョーンズさん。3年生の先輩だよ!」
「わぁお、俺は有名なのかい?ヒーローみたいで嬉しいな!」
嬉しそうに笑うアルバートさんは俺を見て、「君のことをマリアンヌから聞いてね」と言われる。
マリアンヌ…保健室の先生だ!この前一馬を連れてった時の、あの優しい人。
「気にかけてやって欲しいって言われたのさ。
とりあえず顔を見に来たんだ。
──覚えたよ。よろしく」
スッと左手を差し出される。差し出される手のままに、右手で握り返す。
熱くなってきた紋様に、グッとアルバートの方に身体を引かれた。
咄嗟に踏ん張るが、力が強くタタラを踏んでしまう。
「君、紋様は隠した方が賢いと思うよ。君が守護者だとバレるからね」
「!?」
離れようとするが、明らかに人とは違う腕力で止められる。
「風伯と火雷も居るんだろう?レン、君はもう少し警戒した方がいいね。こうやって簡単に懐に入られるよ」
「そしたら次は…」
トンと人差し指を腹に当てられる。
こんな距離で人と向き合うことなんて今までなかったからこそ、緊張して身体が固まる。
どっ、どっ、と心臓が脈打ち、冷や汗が止まらない。
怖い。
──怖い。
人差し指を銃の形にして跳ねるように上を向けて撃つ仕草をする。
「バーン、だぞ」
ニヤリと浮かべた笑みは無邪気に、けれどその命は簡単に狩れると手の内で弄ばれる感覚。
「は、は、はっ、」
息が浅くなる。息を吸う。
アルバートさんがゆっくりと離れて手のひらを外す。
こちらは手のひらが固まって動けないのに。
胸を押さえて落ち着かせるように深呼吸をしているとアルバートさんが左の手のひらを見て嫌そうな顔をした。
「…げぇっ、幻治郎の牽制」
なんの話だろう、なんでここで幻治郎さんが出てくるんだ?
息を整えながらアルバートさんを見ると彼はため息をつく。
「熱くなかったかい?契印はそりゃ熱くなるだろうけど手のひらはどう?」
よくわからないまま、ゆるゆると首を振る。
「だろうね、彼は君らに危害を加えるような術は施さない。
君たち守護者は感謝した方がいいね彼に。俺たちは君たちを極上の魂だと思ってるけど、狙わないのは幻治郎が牽制してるからなんだぞ」
握手を交わしてない方の手でアルバートさんは自分の頭をグシャリと掻き回し、肩をすくめる。
「Mr.幻治郎に伝えておいてくれ
君、年々手荒になってないかい?ってね」
ひらりと見せた手のひらは焦げたように赤く染まっていた。
自分の手には何も起きていない事実と、アルバートさんからの言葉に幻治郎さんがなんらかの術をかけたのだと察する。
「俺が毎回こうやってちょっかいかけるってわかってるからこれなんだよねぇ。まあ俺と幻治郎の戯れみたいなもんだからいいんだけど」
ぼわっと青い炎と共にアルバートさんの手が燃える。
すぐに手のひらの焦げが治る。
「それじゃあ、また今度ね」
bye-byeと去っていく後ろ姿に、無意識に固まっていた肩と身体からゆっくりと力を抜いた。
『自分が悪魔だと隠さないんだねあの子は』
「…はぁ」
『不幸だな、アルバートに目をつけられるなんて』
風伯と火雷の言葉にさらにため息が深くなる。俺の不幸は最近こういうのばっかりな気がする。自分で不幸を選べないから、もうどうしようもないんだけど。
「──やぁ、蓮」
また、だ。
3年生なのに、よくすれ違うようになった金髪の男性がトイレに向かう俺に、声をかけてくる。
一瞬、前のようにしてくるんじゃないのかと警戒していると、片手を緩く振られた。
「何もしないんだぞ、ただ君夢を見ないかい?」
「夢…」
「たとえば、青いマフラーの男、とか」
──やはり、彼は油断ならない。
警戒を強めてアルバートさんを見る。
アルバートさんは
「ああ、やっぱりか」
と言葉をこぼした。
青いマフラーの男のことをなぜこの人が知っているのか…。
最近、少しずつ夢への介入なのか、わからないけど、男の姿が鮮明になってきたように思う。
「…あんまり深く考えないほうがいいんだぞ」
──優しさなのか、彼はそう言って、ただひらりと片手を振って去って行った。
悪魔がいました、と伝えるためにも執務室に行くと、机に向かって書類を片付けている鷺沼さんと、その横で書類を手伝っている幻治郎さん、それから…新しく入ってきた、柊さんがそこにはいた。
「お疲れさん」
幻治郎さんからの声かけに頷いて、笑うと幻治郎さんも嬉しそうにひとつ頷く。
「柊さん、書類はこれで」
「はい。書き終えました」
「うん、問題ない」
鷺沼さんとのやりとりを聞きながら、あのクラスのマドンナが守護者になっているなんて想像もつかなかった。
「春雨とのコンビはどうだ?」
「上手くやれてます」
「なら良かった」
初任務はこの前終えたらしい。クラスのマドンナがいることに少しドキドキしながら、鷺沼さんを見る。
「──あの、悪魔が…西城学園の旧校舎にいまして」
「え、そのために来たのか?」
「RIRINでも良かったんですけど、なんかもう!怖くて!」
「あっ、……あの、幻治郎さん」
「ん?」
「アルバートさんが、年々手荒になってないかい…って」
「…なるほど」
幻治郎さんは顎に手を置き何かを考えるように一つ頷いた。
「ありがとう、蓮。俺からアルバートに伝えとくよ」
「いえいえ…」
『昨晩未明赤烏市の山奥にて骨が発見されました。警察は先月、西城学園の生徒が行方不明となった事件と関連性があるのではないかと調査を行なっております』
ニュースの流れてくる声に、その場にいた全員が手を止める。
「…最近西城方面、なにかしらありますね」
「前回の女子高生の件といい、西城地区の見回りをもう少し強化した方がいいかも知れないな」
色さんと幻治郎さん、鷺沼さんの三人が真面目な顔でニュースを見ている。
同じようにニュースへ目を向けた。
数日前にもあった、白骨死体、今回の遺体、行方不明になった生徒……。
少しずつ日常に違和感が蓄積されていく事実。
──俺は、任務を振られる可能性を考えながら、少しだけ拳を握った。




