第22神 修行の成果
雨水で弔った後、そのまま信善寺にある、春夏秋冬温泉街に島崎さんと共にやって来た。
白刄の雨が降っていた地域とは違い、ここは雪が降っていて少し身体が冷える。
ふと温泉街入り口に番傘をさして人が立っていた。
「おーい、色さーん」
隣にいる島崎さんが声をかけた。振り向いたその男は────
「来るのが遅いぞ!島崎ー!
…と、初めまして、神無蓮くん」
「はじめまして…」
見覚えのある白髪に赤い目。メガネをかけた男の人。
まるで、幻治郎さんを彷彿とさせるような、それこそ幻治郎さんをもう少し若くしたような…そんな人がそこにはいた。
「俺の名前は赤歳色。父さんと島崎から話は聞いてる」
「幻治郎さんの…息子さん」
この前言ってた、18歳の息子さん…なんてそっくりなんだ。
「瓜二つですね」
「よく言われる」
ははっ、と幻治郎さんからはありえない笑顔が見られる。あの人は微笑むけど声をあげて笑うことは一切しなかった。
…雨水という弔いの場だったのもあるとは思うが。
「今日は身体をあっためるついでに、やりたいことがあって俺が来たんだ」
「…そのやりたいことは俺に関係があるんですか?」
「ある、大あり。蓮、お前は雨水で何を得た」
「…俺、は」
何も。とは言えず、黙り込む。
「救う人を増やしたくないか」
「…さっきも同じようなことを島崎さんに言われました」
「だろ?守護者はみんなまずそこにぶち当たるんだよなぁ。俺もそう、助けられなくて苦しくて…その時に父さんに言われたよ」
『色』
『…俺、やめてもいい、?』
『…いいよ、俺はその選択を歪めるつもりはない』
『止めないの』
『止めないよ。でも、そうだな。守る力を増やさないか?』
『…守る力?』
『守護者を辞めたとしても、その力があって悪いことはないだろ?』
父の顔は、優しい笑みを浮かべて、優しい声だった。
何もかもやりたくなかった、でも。
『──やめるのをやめる、俺、増やしたい』
『うん』
「────守る人を増やしたかったんだ、俺も。そのために、強くなったんだ」
色さんはどこか思い出すように目を瞑って、目を開けて俺に笑う。
「そのために今日は修行しようぜっていう勧誘。どう?」
「──やります」
俺は雨水で無力を感じた。できないことしかないことを知った。
ちらちらと降る白い雪の中、色さんを見る。
「もう、何もできないのは嫌なんで」
「うん、そうこなくっちゃな!」
やっぱり満面の笑顔でそう笑った。
「この温泉街で最も大きい春園温泉で、お前の霊力を底上げするための訓練をする」
「霊力…ですか?」
温泉街の奥にある大浴場に猫の番頭さんが「はいよー、3名サマー」なんて言葉を言ってる。
「で、これが霊力底上げ飲み物こと『そこあげくん』だ」
「…絶妙に不味そうな色してますよこれ」
紫の液体が入った瓶を片手に色さんが俺に渡してくる。
「中で飲めよ。これは、お前の霊力を最大まで出力させる」
「今の俺の霊力と、その修行はなんの繋がりが…」
「コントロールできるようになるだろ、どこに力を持っていけばいいのか。どう力を出せばいいのか、これができるようになるだけで戦闘がかなり変わる」
──仮契約の時、風伯の力に俺はついていけず、吹っ飛んでしまったのを思い出す。
「これから、戦うことが増える。雨水のは滅多にない例外だよ」
島崎さんが笑う。
「…そうなんですか?」
「まあ、例外っちゃ例外だなぁ」
中に入り、身体を洗う鏡の前に瓶を置く。
「いいよ、今日は俺たちだけだし。外には父さんに頼んで防音壁用の結界張ってもらったから」
「幻治郎さんなんでもできますねえ」
島崎さんが笑い、色さんも笑う。
「父さんにできないことないんじゃないかなって思うよマジで」
そんな2人の声を聞きながら持っている瓶を眺めて、覚悟を決めてぐっと飲む。
…これで、少しでも変わるなら、俺は変わることを選びたい。
「ぅえ…」
「いいねいいね!うん…お前の霊力多いな!?」
「うぉー、こりゃあ暴発したら恐ろしいですね」
なぜか俺の周りを避けるように2人が離れていく。
どうして離れるんだ…。
「蓮よく聞け〜!」
島崎さんが少しだけ声を張り上げる。
「前提として嗅覚、触覚、聴覚…これらの五感は霊力と繋がってる」
島崎さんの理論的な説明にふんふんと納得していると色さんが隣で言葉を繋げた。
「わかりやすく言うと触覚は、アッ、いる気がする!!ってなるやつだ」
「すごい、一番わかりやすかった…」
「湯船に浸かれ!」
離れたままの位置にいる2人を眺めつつ、湯船に浸かると2人も同じ距離で近づいてくる。
「いいか、頭のてっぺんから腹に落とすイメージだ。流し込め。全身に回せ」
感覚でいい。と言われよくわからないながらも水を流し込む、感覚を考える。
(こんな感じか……?)
霊力が少しずつ全身に行き渡る感覚がする。…風の香りが少しだけする。
「…上手いなぁ、うん…まるで川か風ですね」
「ああ、澄んだ霊力だ。いいぞその調子だ」
俺の霊力って、こんな感じなんだ…。
…そしたら、救える人がもっといたかもしれないのに。
もしかしたら、幻治郎さんみたいに術だって覚えれたかもしれない…。
少し落ち込む気持ちをよそに、色さんがこちらを見て真顔で言う。
「次は大声を出せ、蓮」
「は?」
俺の霊力を感じ取った色さんと島崎さんは隣で湯船に浸かる。
「は???」
「二度も言うな、普段は出せない大声を出すんだ。リミッターを外せ。お前の限界を超えろ。霊力を体に通す感覚を覚えるための修行だぞ。そのための大声だ」
パンっ
色さんが両手を叩く。
「ほら!せーの!!!」
────温泉街での修行は、想像以上に過酷だった。
声を張り上げ、限界まで引き出す訓練だった。
「──目覚めた?」
「いきなりこんだけの霊力をコントロールし始めたから逆上せたんだろうな」
「……霊力でのぼせるんすか」
「逆上せるぞ、面白いことに酔った感覚に陥る。呑んだことないけどな」
「このぽかぽかが、?」
「それこそが霊力が体に行き渡ってる証拠だ。その霊力を右手に集めてみろ」
トン、と右手に人差し指を当てられる。
「集中」
言われた通り右手に意識を持っていく。
それは大きな塊となって現れる。
「お、いい感じだほーらできあがり」
「…うわ」
まるでそれは水のような、ぶよぶよとした塊だった。
「次はその霊力を左手に」
またしてもとん、と叩かれる。
右手の時同様に意識し、右手の霊力を左手に流し込む。
「うまいうまい、これならコントロール完璧だな」
「上達するのが早いな、流石は神無蓮といったところか」
霊力を常時維持することが次の任務だと言われ、素直に頷きつつ霊力を維持するように意識する。
「いいねぇ、上達が早い!」
島崎さんの言葉に少し嬉しくなる。
色さんは「俺ともRIRIN交換しとくか、いつか任務一緒になるかもだし」と言われ、交換した。
「また、よろしく。大丈夫。お前ちゃんと人を守れる意識を持ってるよ」
「!」
色さんを見ると彼の視線はRIRINに向けられたままだった。でもそのままで話しかけてくる。
「これはその一歩だ。また、人を守る力を手に入れた、それだけの話さ」
その眼差しは、どこか幻治郎さんを思い出し、子は親に似るとはまさしく、と納得した。
──こうして銭湯を後にした。
家に帰れば風伯と火雷がゆったりと座っていた。俺の身体を見てフッと笑う。
『なんだ霊力が増えてるな』
「あ、わかる?」
えへ、とほかほかした体の腰に手を当ててドヤる。が無情にも風伯によって自慢は打ち砕かれた。
『ああ、内に秘めずに外に出てるからすぐわかる。内に秘めろ』
「内に?」
そんなこと何も聞いてない。
教えてもらわなかったけど??困惑する俺をよそに煎餅を齧る風伯爺さんは人差し指を立てる。
『霊力をコントロールする簡単な方法は全部イメージだ』
「…ってことは、」
維持することに必死だったため、それをどうこうすることまで頭が働かなかった蓮はようやくここでコツを掴む。
膨大な霊力のエネルギーを圧縮という形で心臓付近にまで集める。
自分の心拍数が上がるのを感じつつも、それを、今度は腹に移動するイメージで動かし、エネルギーを留まらせる。
「…できた」
『やるじゃねえか』
「でーきたー!!!!!」
『うるせえ!』
俺は、これで少しでも人を守れる力を手に入れたんだ。
まずは自分の力をコントロールして、今度こそ…。
俺は、手を伸ばす。
……そのために、強くならなきゃいけない。
その時、RIRINが震える。
『──西城方面、行方不明だった**** 白骨死体となって発見』
という通知が、画面に浮かび上がる。
「…うわ、最近西城多くね?」
『…何か、あるのかもしれないねえ』




