【短編】No.2 守護神ナトから見た美鈴の記録
赤い鳥居が立ち並ぶ神社──南雲神社の奥。
森に囲まれ、迷いの森の近くに建つその神社では狐の神様がいた。
南雲神社は菖蒲山の中にある。
「さあ、美鈴。目を開けていいよ」
菖蒲が咲き誇る山の中でも、最も絶景と呼ばれるスポットに美鈴を連れて行ってみた。
みくまりとの戦いを終えてから少しだけぼーっとしている日が続いていたから…。
元気になって欲しかった。
巫女服を着ていた美鈴をそのまま連れてきて、山を見せる。
「わぁ…!すっごいキレー!」
「ふふん、そうでしょう」
「友達にも見せていい?」
「構わないよ」
楽しそうに菖蒲の中で笑う薄紫の髪の毛はとてもよく映えていた。
風で自分の灰色の髪の毛が揺れる。前髪が目にかかるほど少しだけ長いからか、黄土色の毛先も目に入る。
前髪の隙間から覗く、自分の守護者が眩しく映る。
「ありがとう、ナト!」
満面の笑みを浮かべてこちらを振り向いた少女の姿は、どこか面影のある、記憶の中の男を思い出した。
────血だらけの男が地にふせ、みくまりに抱えられていた。
なのに話すだけの体力はまだ微かに残るしぶとい男は僕を見上げる。
【腕も、臓もない。今生きているのが不思議ならくらいなんだ。もう、動けないんだナト】
【だからごめん、俺はここまでだ】
【2人とも、今まで力を貸してくれてありがとう】
笑う男に、なんで平然と笑っているんだ。と気持ちの悪さすら感じた。
【お前はどうなる】
腕も千切れ、血が流れ、心臓にも穴が開いてる男に問う。人がこの後どうなるのかなんていまいち想像がつかなかった。
幻治郎は静かに息を引き取ったから、こんな風に血だらけにならなかったから。
みくまりが震えている。実の守護者が死んで悲しいのだろう。
【…俺には妹がいるんだ】
【もしも、あの子が守護者になったら】
【あの子をよろしく頼むよ、ナト】
長く旅を共にしてきたが、この男はよく妹の話をしていたのを思い出す。
だからって僕なんかに大切な存在を託すか?普通。
【……知らないよ、僕は、君たちとは違う】
【お前はなるよ】
微笑む男に、ゾッとする。
守護者とは、死にかけでもなお未来を見据えているのか。
【好きになるとも思わない】
【お前はそれでも、強いあの子を好きになるよ。必ず。】
笑いながら、みくまりに今度は目を向けて、ざらざらとした声の中に慈愛をのせる。
【みくまり、俺と一緒に、行こうか】
【ああ、ぁああ…ッいこう、いこうなぁ】
守護者と守護神とは、こうも繋がりがあるのか。
完全に意識がなくなり、冷たくなった人間を抱えてみくまりが立ち上がる。
【ナト、さらばだ】
【……蒼穹はどうするんだ。お前が守っているんでしょ】
【ああ。我がいなくなれば当然蒼穹は荒れるかもしれんな】
【…役割を放棄する気?】
【守護神は守護者についていく時、唯一役割を放棄しても咎められない】
何を言ってるんだこいつは。自分の役割の方はどうでも良いというのか。
みくまりの視線は男から離れない。
イラッとしてしまう。
【…それは荒れてもいい理由にはならないだろ!お前が守っているのは市そのものだ。お前の子達がどうなってもいいのか!】
みくまりは、困ったような顔をした。まるで人のような表情。
それでも、守護者についていきたいのだと執着するように。
【よくはない、わかっている。だがなぁ、契約上そうなっているんだ】
【……わかんない、なんなんだよそれ】
【守護者の魂は極上だ。黄泉路を通る際、狙うものは多くいる。だから我ら守護神となるものが守るのだ】
自分の守るところが、大変なことになるのは困るけど、守護者の魂が食われるのも、良くはないのだと、そう言った。
どちらも取ることはできない。
多数をとるのか、個人を取るのか。
本来なら、多数を取るのに…。
【理屈じゃないんだ…。お前も同じことを思う時が来るだろう】
みくまりは守護者を抱えて立ち上がる。
守護神とはわからないものだ。
自分が同じ存在になる日が来るのか。
ありえない。仮になったとしても僕は自分の管掌として振られている役割を取る。
──そう思っていた。
【あなたが、ナト?私の夢にずっと出てきてた狐ね】
小さな少女が、腰に手を当てて南雲神社の本殿を見上げてきた。
あの青年のことも忘れて数年の頃だった。
ああ、見たことがある顔。
見覚えのある髪飾り。西瀬家特有の髪飾りだと気づく。
【──君は西瀬のものか】
【そうよ】
神様との距離が近い神居の中でも特に神と関わりのあった少女が自信満々な顔で笑った。
兄を亡くしてまだ2年しか経っていないだろうに、気高く笑う少女を見て、神社の屋根から降り立つ。
【あなたと私初めましてな感じじゃないわね?なんかどこかで会ったことあるのかしら】
首を傾げる少女の顔を間近で見てから、ハッとした。
初めて見た顔じゃない。
ああ、そうか。
守護神になったことが前に、僕もあったのか。
あまり感動の再会という感覚は無かった。
この子の前世とあまり関わりが少なかったのかもしれない。
【守護神に関する夢を3日連続で見たら、守護者になるの…】
徐に呟く少女の顔は決意に満ち溢れている。
けれどその目は、どこか焦っているようにすら見えた。
【守護神に、なって欲しいな】
差し出された手を見て断ることだってできた。
でも、なんとなく。そう、なんとなく手を取ってみてもいいか、と思ったんだ。
◆
「ナト」
僕を呼ぶ声に飛んでいた意識を戻して、菖蒲山で笑いかけてくれた美鈴を見る。
横に並んだ美鈴はあの時より少し背が伸びた。
髪の毛も肩までしかなかったのに腰まで伸びて、緩く一つに結んでいる。
薄い緑の瞳が輝く。
「私、お兄ちゃんみたいに強くなるわ」
「だから、見てて。見守ってて。私が────」
そうして菖蒲山に目を向けた少女は、数日前まで消沈していた子ではない。
蓮と珊瑚と共にみくまりを救った1人の守護者だった。
「──お兄ちゃんを超えられるほど強くなるところを」
……全く、本当に大きな宝を残したもんだ。
僕にとっても一等大切になるくらいのいい子だ。
美鈴の決意に満ちた瞳は、初めて会ったときとは違い、希望が宿っている。
ああ、認めるよ。
お前の妹は確かに可愛らしくて、強い女の子だ。
みくまり、君は言っていたね。
守護者が死んだ時、ついていくのは契約だけではない、理屈じゃないって。
そうだね。
その通りだ。
僕ら守護神は、どうしたってこの子達守護者を、置いていくことができないほど、情を抱いてしまうんだろうね。
人の子は面白いね。
僕ら人よりも短い人生なのに、こんなにも必死に生きて……。
こんなにも眩しい存在なのだから。




