第19神 それでも世界は回る
──本当に半分くらいの遺体はその社のところにあり、綺麗に漂っていた。
水が遺体に吸い込まれて膨れ上がるなんてこともなく、整った形で亡くなった人たちがそこにはいた。
まるで、眠っているみたいだった。
群がる家族たちの姿に胸に棘が刺さるような痛みを感じる。
「おにいちゃん!なんでぇ、」
「じいちゃん、じいちゃん」
手を握り、無念を訴える家族や兄弟、泣き崩れる祖父母、兄の名を叫ぶ妹、唖然と小さな子どもを抱える親。
みんな一様にして残された者としての悲しみに溢れた空気を漂わせる。
自分の無力さにまた、手が震える。
それでもきっと、世界は変わらず回り続けるのだろうという、理性的な部分でわかってしまった。
────各々があとは消防や警察に任せる運びとなった。
守護者は報告も兼ねて、守護課に戻る。
俺は幻治郎さんや島崎さんに連れられ政府に戻ることとなった。
島崎さんは報告がてら守護課の執務室に向かい、俺と幻治郎さんは守護課にある談話室に座る。
さっきまでの光景が頭から離れないまま、落ち着かない気持ちと吐きそうになる気持ちを抱える。
幻治郎さんはどこかに行ってしまった。
俺はまだ落ち着かない。
悲しいくらいに生きてるまま眠っているようなあの人たちが、本当は冷たい身体をしていて、生きている音なんてしてなかった、なんて。
──守護者として動く初めての任務としては、少し…いや、かなりきついものがあった。
…守護者になったことを、後悔はしていない。救えた人だっていたと、教えてくれた。
……俺はまだ、立ち直ることができる…。
幻治郎さんが戻ってきて毛布とココアを渡される。
雨に降られ続けていたのもあって、体が少し冷えていたからか、その暖かい飲み物にホッと息を吐いた。
「あの水の中は見た?綺麗だったろう」
「あ、はい」
…何の話だ、と身構えていると
「神の領域だから、綺麗なんだよ」と返される。
「あの災害で降っていた雨は神の残穢だ」
「消えた神は役割を形として残す。
風神様なら、風が吹き続けるんだ」
「…だから、崩れずに形が残っていたんですか?」
「まあそういうこと。
人の遺体がある水の中だとしても、綺麗なものは綺麗に見える。不思議なもんだね人の目は」
『桜の下には遺体があるっていう言葉があるくらいだもの』
火雷がふふ、と笑う。
彼女たちにとって、人の死とはそんなものなのかもしれない。
「…神にとって人は隣人だ。でも同時に、"人"でしかないんだ」
自分の疑問を見抜かれたのかと思い、幻治郎さんを見ると静かな眼差しが返ってくる。
「彼らにとって人は、最期に輪廻に戻る存在、自分たちのもとに帰ってくる存在だ。
だから隣人の死が怖くない、いや…怖いという感情が薄い」
風伯と火雷が楽しそうに水の都市を眺めていたのも、今もこうして語れるのも、
「彼らはどこまでいっても"神"でしかないんだ」
……執着が少ないのかもしれない。
そのことにヒヤリとする。
人との違いに、神という存在に。
身体の冷えとは別に、震える手でマグカップを持ちながら、恐る恐る幻治郎さんを見る。
彼は、神隠しに会い黄泉竈食ひをしてから、神に寄っていると聞いた。
では、どっちの気持ちに寄っているのか。
「────幻治郎さんは、どうなんですか?」
聞いてから、聞いてもよかったのかと焦る。まずい、あんまりよく無い質問だったかも!?
いや、これは普通に聞いてるだけで深い意味があるとかでは。
焦る俺を見て何を思ったのか幻治郎さんは顎に手を当て考える素振りをする。
「そうだな、俺は怖いよ」と答えた。
「でも同時に、そんなもんだよな。とも思う」
「感情が二つあるんだ。人として怖いと思う感情がある、ちゃんとね。」
「自分と同じ人間が死んでいく姿を見たく無い、辛いことばかりで脳が決裂してるのかと思っていた、でも最近は違うって気づいたんだ」
「これは神の思考に近いなって」
「人は死ぬ、輪廻にかえる。なら、仕方ない。
身近な人が死んでも、どこかで割り切れてしまうんだ。
俺たちは何もする必要がないな、ってね」
「……そう思うことで自分を保っているのかも、しれないけどね」
困ったような表情で、けれど抑揚のない声はあきらめなのか、それとも別の感情なのかうまく読み取れない。
「…俺たちは救う。
救えない死も、抱える。
守る対象がいることで強くなれる」
幻治郎さんの赤い目が俺を見る。
「でも判断を誤るな。
己の命を捨てる奴は誰も救えない」
「守護者ってみんな自己犠牲に走りがちだから。
まあ、それが守護者なんだけどね」
持っていたマグカップをギュッと強く握る。
唖然と見上げていると幻治郎さんにくしゃりと撫でられる。
「まあ、俺が神になろうが人になろうが、その時はその時だ」
ゆっくりと手を離した幻治郎さんは、不意に指を胸の中心に置いた。
「────もしその時が来たらお前たちが止めてくれよ」
「確実に、狙え」
「ここを」
胸の中心を指で軽く叩かれる。
その言葉にだけココアがより熱く喉に引っかかった。
……静寂が訪れる。
静かに時計の針が響く。
幻治郎さんは俺の驚く顔を見て、フッと微笑んだ。
──まるで、その日は必ず来ると知っているかのような、そんな顔。
幻治郎さんは俺の頭をもう一度撫でる。
「じゃあね、蓮」
パチン、と指を鳴らす音。
気づけば自室のベッドに毛布を被ったまま座っていた。
ココアは何故か机にあった。
……さっきまで、確かに手に持っていたはずなのに。
——幻治郎さんの異常さを、改めて知る。
胸を指で叩いていた時の、幻治郎さんの顔を思い出す。
すでに、覚悟をしている人の目だった。
まだ守護者になったばかりの俺に言うなんて…。
「………なんだよ、それ…」
その日だけは絶対に来てほしくないな…。
俺はマグカップを片手に願った。




