第165神 ****を思い出せたか?
「桔梗!」
「●●●くん」
ハーフツインをした、朝梨に似た女性──桔梗は、呼ばれて振り向く。
サイドの髪を束ねた金色の輪っかをつけた男が笑う。
「今日はみくまり様は?」
「一回地区に戻って様子だけ見てくるらしい」
「ふふ、長いこと旅をしとったもんねぇ」
「そうなんだよねえ〜」
桔梗の優しい微笑みを見ると帰ってきた安心感を覚える。
桔梗は服の裾を直してから、こてんと首を傾げる。
「神無の様子は見れた?」
「…見てきたよ、マガツヒの広がりが異常だ。幻治郎さんが懸念してた理由もわかった」
「…そう」
『であれば、我々も尽力していかねばならないな』
「カグツチ様」
真っ赤な燃え盛るような髪の毛が肩まである男が桔梗の後ろからやってくる。
腕を組んで見下ろしている。狐の面を被っているからか表情はわからないが、声は弾んでいる。
『カグツチ〜!●●●〜!桔梗〜!我が来たぞ!」
飛び出すようにどこからともなく水色の長い髪の毛をポニーテールにして、青い着物を肩にかけた男──みくまりがやってくる。
カグツチに飛びついたみくまりは、桔梗と●●●を見る。
『蒼穹は安泰だ!なにせ我と●●●がいるからなぁー』
「やめろよ恥ずかしい〜」
『カグツチたちも炎を守っているのだろう』
『まぁ、西城地区の周辺を守ってはいるがな』
カグツチの肩を組むみくまりが楽しそうに頷き、カグツチは腕を組んだまま吐息混じりの息を吐く。
『そうだろうそうだろう!』
「テンション高いねえ」
「会えて嬉しいんだよ。俺も桔梗に会えて嬉しいよ」
●●●が桔梗の手を取る。自然と口が緩む。
ぽわっ、と赤くなる桔梗。
「もうっ…」
「へへ。前世で約束してたのが叶って俺は嬉しいの」
ギュッと手を繋げば桔梗もまた手を繋ぎ返す。
おや、珍しいと桔梗を見るとそれはそれは綺麗に微笑む。
「私も嬉しい」
目を伏せてしまう。前世では●●●が先に死んでしまった。
──生まれ変わったら、今度もまた、会いに行くから。その時に、俺の言葉を聞いてくれる?──
──聞く、聞くから死なないで──
「……俺長生きするから、大丈夫だよ」
「…!信じてるきね」
「任せて」
◆
──ああ、そっちなのか。
桔梗の花が咲く、葬儀はとても綺麗で、皮肉にも幻想的な風景で見惚れてしまった。
箱に入る彼女は幸いにも身体が残っていた。
桔梗の小さな妹さんがご両親に抱きしめられながら泣いている。
ヴラド公が、葬儀を閉じる言葉を告げる。
カグツチ様がついていくのを見送る。
『…●●●』
「…いや、この業界で約束したのが間違いだったのかもしれないな」
『そんなことは、ないだろう……』
「…あるよ。ありがとうみくまり。
──俺たちは桔梗の分まで、マガツヒを殺すだけだ」
◆
無茶もした。戦って死にかけたこともあった。
それでも家に帰ると小さな美鈴がそこにはいた。
「おい見ろ、美鈴だ!」
『おお、美鈴〜』
「もうお兄ちゃんたち私のことなんだと思ってるのよ」
「いやぁ〜会ってないうちにこんなに大きくなるなんてなぁ!」
──美鈴が12歳の頃。
ひどい怪我を負った。
みくまりとは別に、ナトという吉兆を持つ狐の神が旅についてきた。
「……腕も、下半身もない…今生きてるのが不思議なくらいだ。もう動けないんだナト…」
「だから、ごめん。俺はここまでだ」
「2人とも今まで力を貸してくれてありがとう」
『…●●●、●●●ッ…』
静かに佇むナトと●●●を抱きしめるみくまり。
『……お前はどうなる』
血を流し続ける●●●に、ナトが問う。
「…俺には可愛い妹がいるんだよね。もしも、あの子が守護者になったら」
「あの子をよろしく頼むよナト」
『………知らないよ、僕は、君たちとは違う』
「……お前はそれでも、強いあの子を好きになるよ。
…みくまり、俺と一緒に、行こうか」
『…ああ、ぁああ…ッいこう、いこうなぁ』
意識を失って冷たくなる身体、動かなくなった手足を抱えてみくまりは守護課に戻った。
幻治郎が、悲しげに目を伏せ、●●●の体にこびりついていた血を消した。
葬儀で、扉の閉まる音。
◆
旅路は暗く、青い炎が灯る道を歩いた。
蝶々となった守護者を追いかけながら5年。
現世に戻ってきて、大きくなった美鈴に会った。
「みくま*様のバカ!」
泣きながら、怒る彼女に、申し訳ない気持ちとポッカリと胸に何かが空いたような気持ちが浮かび上がった。
一年、特に何もなく過ごしていた。
復帰祝いにとやってくる知人や、四大魔女達に呆れ果てる。
わざわざ来なくても良いぞ。
ある時、幻治郎が蒼穹の封印を解きにきた。
『…お前は本当にここを封じていたのか』
「約束は守りますからね」
『……被害は何も?』
「水源が汚れましたが水源が汚れたくらいでここの妖怪たちの生活が変わるわけではありません。
水源を流す大元であるここを堰き止めはしましたけどね」
幻治郎は我を見上げる。その目は少し優しさに満ちているように見える。
『……そうか、ありがとう』
「いえ。*ま**様」
『…すまない、なんと?』
幻治郎は少しだけ瞠目した後、目を閉じた。
ゆっくりと目を開けた幻治郎が一言「手を」。
素直に手を出すと幻治郎が触れてくる。
「…俺にはあなたのその侵食そのものをどうにかはできません、なので」
「数日、猶予を与えます。貴方は今、マガツヒに感染している可能性があります」
幻治郎の目が優しさに満ちていたものから、心配に満ちた目に変わる。
マガツヒに感染?我が?どこで…。
数日前に来た、魔女か?
『…何故』
「自身の名前はわかりますか、俺の言葉は聞こえますか****様」
『…き、こえない…なんと、なんと言ったのだ幻治郎』
「あなたの名前を言いました。守護者の名前はわかりますか?」
思い出そうとした記憶、掘り起こそうとした思い出。
全てからあいつの名前が消えていた。
わからない。
わからない。
わからない!!!
『どうして…我は…嫌だ…ッ』
「どこで感染したんですか一体」
『…わからない、わからないんだ…!』
「…それすら忘れているのか、進行が早いな…」
ぼそりと呟いた後幻治郎が指を鳴らした。
「…とりあえず、数日は進行を遅くしました。
蓮水に報告と…俺ではマガツヒを壊せません。見えはするんですけどね…」
ため息をついた幻治郎に目を向ける。
「なので、守護者がくるのをお待ちください」
『…幻治郎、幻治郎…我は、何故お前の名はわかるのだ』
しばし黙ったあと、言いにくそうな顔をした幻治郎がつぶやく。
「………俺が、異質だから、ですかね…」
『幻治郎…?』
幻治郎は息を吐いて、緩く首を振った。
「とにかく、神域にこもっていたほうがいい。あなたは自分の力でこの地区が崩れることを望んでいないでしょう?」
『あ、あぁ…』
「外のものには俺から言っておきます。さあ、早く」
『…すまない、苦労をかける』
き●ょ*、*グ●※、●●●…わからない、誰の名前もわからない。
我は何故ここにいるんだ。
子どもを育てたからだ、我がこの地区を守っていたからだ!
……本当に?
我は子供が嫌いだったのではなかったか?
"ならば、我々で****様を抑えます!"
…誰だ。
「…無理だよ」
……誰なんだ…。
"人は皆逃がして、我々水の生き物だけで生きる土地を作ります!"
"できます、元々水の民。****様と共存することなど可能です!"
「…できないんだ…君たちの力で、こいつは抑えられない。所詮は神と妖怪だ」
"なにがなんでも、やるんです!"
きゅー、きゅー、という声が聞こえてくる。
高い声の男が首を振っているのが少し見える。
"我々を守り続けてきてくださったこの方を、誰が守るというのですか!"
「無理だ、君たちが抑えられるなら守護者なんていらないんだ」
聞き覚えのある声が叫ぶ。
"誰がこの方を孤独にさせるというのですか!"
綺麗な声を持ったあの子が声を上げる。
"孤独な我々を救ってくださったこの方に、恩返しもできず指を咥えて見ていろと、そう仰るのですか!"
誰かが泣きながら大きな声を上げて訴えてくる。
"我々が、この方を見捨てでもあなた方にお渡しできるとお思いですか!!"
……我を、守ろうとする誰かがいた。
ああ、いた。
いたのだ。
すまない、すまない。
………もう、お前たちが誰なのかも我にはわからないんだ。
幻治郎、もういいか。
我は諦めてもいいか。
思い出したかった名前があった。
思い出したかった顔があった。
思い出があった。
誰だった?
我を呼んでくれていたあいつの声は、名前は、顔は。
助けてくれ。
思い出したいんだ。
誰でもいい。
誰か。
────我を、殺してくれ。
「──みくまり様!!」
声が…聞こえた。




