第164神 ****よ、聞け
湖の色が黒く滲み、攻撃してきていたクラゲ達が漂い始める。
上から見下ろしていた蓮水さんが呟く。
「…クラゲって、水に母とも書くよね」
「…皮肉だな」
珊瑚さんがそれに対して苦い顔を見せた。
漂うクラゲを見て、マガツヒの残酷さに悲しくなる。
「守りたいものが反転して、守れなくなる…」
白、黄色、青、と水中で光るクラゲはこんな時でなかったら幻想的だと胸を震わせていただろう。
その黒い海を漂う龍は、身体を湖の底に隠し、目だけが赤く光っている。
真ん中にポツリとある赤い鳥居だけが異質と言えた。
鳥居よりも大きくなっていく龍の姿に自然と恐怖を抱く。
蓮水さんが上からクラゲを倒すために鳥居の上へと降りた。
「僕はここから打つからー!」
そう言って、クラゲを次々と壊していく。
煙を吐き出して俺たちの方へと飛ばさないように防いでくれた。
とはいえ、湖に浮かぶクラゲはどうしようもない。
「…俺たち、救えるんですかね…」
「そもそもマガツヒがどこにあるのやら…」
「クラゲが白く光るせいで何にもわからん…」
珊瑚さんと俺で蝶々の雲の上から眺める。
湖はどんどん広がっていく。
「…鳥居があんなに小さい…」
「目の大きさと鳥居の大きさが同じになってるってことはかなり本体でかいのでは…?」
『…反転した内容から今までは推測してたけど、今回は難しいのかなぁ』
【子どもはどこだ、】
【殺してやる】
【消してやる!!】
【妖怪なんぞいらぬ、人間など要らぬ!!】
【我は誰だ、名前はなんだ、我を呼ぶその声は誰なんだ!!】
暴れ回るみくまりの姿に胸が痛む。
すると隣に座っていた美鈴さんが小さく呟く。
「──お兄ちゃんを、探してるのかな…」
「…かもね」
水に雷が当たると感電して、動きが鈍くなるんじゃないか?
ふむ。と腕を組んでから、珊瑚さんを見る。
「…いっぺんこの黒い湖に雷ぶつけてみますか?」
俺の提案に、珊瑚さんは苦笑いを浮かべた。
「君、案外脳筋だね」
「救える方法はまだわからないですけど…やらない後悔よりやる後悔!って思ってまして」
「なるほど、いいと思う。西瀬さんもいい?」
「え…」
「君のお兄さんの大切な神様………君にとっても家族を、俺たちは今から傷つけるよ」
珊瑚さんが美鈴さんにお伺いをかけた。
少しだけ静かになった美鈴さんは目を瞑り、ゆっくりと吸って、吐いた。
「──私も、やるわよ。守護者だもの。お兄ちゃんに泥なんて被せらんない」
「そうこなくっちゃ」
「それじゃあ、共同戦線と行きましょう!」
◆
風伯に風で飛ばしてもらいながら宙を浮く。
下から見下ろすみくまりはこちらは攻撃をしてくることはなく、ただ湖の中を漂っている。
マガツヒに感染してからの期間がまだ短いからだろうか。
持っている刀を構える。
「黄泉より来たりし稲妻よ」
ぶわりと風が吹く。守護者の黒い制服が、長い裾をバタバタとはためかせる。
青いメガネが落ちないように掛け直して、中心となる刀を構えた。
バチバチと雷が刀の周りに響き始める。
「我が刃に大いなる力を」
刀に意識を集める。ばちばちと音が鳴り、刀に雷が纏う。
七不思議、天使と戦ったあの時からずっと使っているこの技。
最初に使った時にはこんなの使えるか!と思っていたのに…。
一際強く雷が噴き出る。バチバチと雷が跳ねるように刀を纏っていく。
輝きが増し、黒い雷へと変化する。
「見えゆく全てに 記し給え」
見える範囲に集まるクラゲを指定する。
雷雲が立ちこもり黒い雲が空を覆う。
薄暗くなった空の中、雷がばちばちと海に少しあたる。
刀を振い、見える範囲──龍の周りに散らばるクラゲのみを選ぶ。
「雷撃」
深く潜っていくクラゲに悪いなぁと思う。
──俺の雷は、指定したら必ず落ちる。
バチンっと海の中で雷が弾ける。
バチバチバチバチッ!
あちこちから花火のようにクラゲの上に海の中で雷が落ちていくのを聞く。
おそらく沈んでいたであろう、みくまりの姿が露出した。
珊瑚さんの蝶々に乗ったままの二人に声をかける。
「珊瑚さん、美鈴さーん!!!」
みくまりが湖から顔を出し、口から咆哮のように光線を俺たちに向かって飛ばしてきた。
「うおっ!」
慌てて空中で避ける。
空中で飛ぶのってかなりバランス感覚がいる!!難しい!
『なんとかやれてるように見えるぞ』
「なら良かった!」
俺と風伯が軽く話している下から、またしても咆哮と共に光の塊が、空気中を振動させるように美鈴さん達に向かって飛んでいった。
◆
飛んできた光線に対し、動揺することなく美鈴は立ち上がる。
「我、美鈴の名の下に告げる」
髪飾りとして刺していたかんざしを抜く。しゃらしゃらと音を立てて抜かれたかんざしは、全体的に金色で狐の形をしている。その先に鈴がついているからか、チリチリと音が鳴った。
かんざしを片手に、美鈴は口を開いた。
「現のものを幻に」
飛んでくる光線に向かってかんざしを突きつける。
次第に杖のような形をしてきたかんざしを振った。
「私に吉兆を見せて」
美鈴たちに当たる前にしゅわしゅわと泡を立てて光線が消えていく。
「へえ…」と声を上げた珊瑚は腕を組んで美鈴を見る。
「色の狐とは違うんだね」
「うちのは吉兆の印よ。良いことが起こる前触れなの。要はあなたたちにバフを授けたのよ」
「じゃあ今のは?」
「ついでに良いことが起きただけじゃないかしら」
美鈴が楽しげに珊瑚に笑いかけた。
なるほどね。一つ頷いた珊瑚は黒い湖の中を蠢く龍を見下ろす。その身体は大きすぎてマガツヒの在処がまったくわからない。
右手を握り、シオンとの繋がりを思い出すように目を瞑る。
「…さてどんな効果が得られるのかな」
暴れるたびにザバザバと湖の水が波を作る。果てがない神域に湖ができるほどの水を生み出すこの神様に、してやれることは何があるんだろう。
珊瑚がそんなことを思いながら見下ろしていると、みくまりが声を上げた。
【我は!我は誰だ、われは何者だ、子どもはどこだ】
【食わせろ、食わせろ!!】
痛々しい声だ。
本当は食べたくないのに、本当は殺したくないのに、マガツヒのせいで本来の自分を見失う。
それは、あまりにも悲しい。
扇子を取り出し、掲げる。
「我、珊瑚の名の下に告げる」
みくまりが湖の中を泳ぐたびに水面が揺れる。
しかしクラゲの姿はもういない。
「夢を正しく、夢を現に」
紫色の蝶がふわりと珊瑚の持つ扇子の上に現れる。
「君の記憶をのぞかせてもらうよ」
「蝶よ導け」
フッ、と蝶に向かって息を吐いた。
「夢路蝶導」
紫色の透明な蝶々が羽ばたき、みくまりに向かって飛んでいく。
暴れるみくまりをものともせずにするりとみくまりの頭から蝶々が入っていく。
びくんっとみくまりが揺れた。
湖の水面が波を起こしはじめる。
「ただ蝶々が入っただけじゃないのね」
「まぁ、シオンの蝶々、というかあれシオンそのものだから、記憶に干渉してるんじゃないかな」
「なにそれ、チートじゃない」
珊瑚と美鈴が会話しているその真上で蓮が刀を振り上げる。
蓮は次に風伯の刀に切り替えた。
「風伯」
『了解』
バタバタと制服が風ではためき、髪の毛も荒れるように揺れる。
嵐が起こる前触れと言わんばかりに吹き荒れる風の中、叫ぶ。
「我、蓮の名の下に告げる!」
「風よ、嵐よ。叫べ、叫べ…!!」
吹き荒れていた風が蓮の刀にまとまっていく。
「中にいるものを曝け出し、」
「断解せよ!」
両手で構えた刀を左下から右上に向かって、斬り上げる。
黒く濁った湖に向かって縦に斬った。
ザバァッという音共に水が二つに割れる。
【グォぁぁァアァアァアぁあ!】
みくまりの姿が露出する。身体は深い傷が入り、血が噴き出る。
「みくまり様!」
「うわぁーごめんなさい!」
「……いえ、大丈夫よ」
びく、びくと混乱しているみくまりを美鈴は見下ろす。
痛々しい姿に眉を寄せる。
ふと、先ほど入った蝶々からみくまり本体からの攻撃がないことに気づく。
珊瑚を見ればみくまりを見つめて、フッと息を吐いていた。
「……君のおかげで力がスルッと出たよ…」
「シオンとあんまり連携が取れなかったんだけど、おかげで少し力を上手く使えた」
「…」
吉兆の効果を無事感じ取ったらしい、珊瑚は改めて美鈴を見る。
「ありがとう美鈴。さあ、行こう、君がみくまりに触らないと話は始まらないんだ」
蝶々出てきた雲が下に下がり、地面まで見えた底に足を付ける。
後ろから蓮もまた追いかけてきた。
「…次からですね!本番は」
「美鈴、ほら」
ビクビクと身体が揺れるみくまりの鱗に一つ、触れた。
「………みくまり様…ッ」
美鈴の言葉と共に青く光った。




