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守護の記録  作者: ツギハギ
みくまり編

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202/206

第162神 ****を忘れた

 蓮水さんやシオンさんが通ったおかげか、するりと鳥居の中に入れる。


「…神様が入れば後ろに控える俺たちも入れるんですね」

「いや、これは多分蓮水さんの能力じゃないかな」


 思わず、珊瑚さんに聞けば珊瑚さんも蓮水さん達の背中を追いかけながら答えてくれた。

 鳥居の中は外と変わらない、石畳の道と、道からまっすぐ向かった先に赤い鳥居が一つ真ん中にポツリとある。

 その周りを囲うように石の階段と灯籠がいくつも並べられていた。

 そんな階段の下で小さな妖怪達が1匹の大きな龍を囲っている。どうやら、悲鳴はその龍から出ていた声だったらしい。

 水そのもののような龍の形をしたソレは黒い水を吐き出して苦しそうに呻いている。

 契印がある右手が熱くなる。


" みくまり様ぁ! "

" みくまり様、みくまり様! "

" お気を確かに! "


 多種多様な生物がみくまりと呼ばれている龍を囲い、嘆いている。

 カワウソ、河童、クラゲ、人魚、魚人、魚…人…?


『人はいないね』


 火雷の声に、人の姿に見えているだけで、どうやら人ではないらしい。龍の声が聞こえてくる。


【名を……我は……名を……】


「みくまり」


 シオンさんの呼び声に龍が反応する。黒い水がだんだんと龍に侵食していく。


【誰だ…我の名は……わからない…誰なんだ……】

「…そう……」

「…名前を忘れたんだね君は」


 男のように低い声で、【我は…?】と呟く龍にシオンさんの顔がだんだん曇っていく。その龍の周りで妖怪たちが騒ぐ。


【我は何者なんだ、お前は誰だ…】


 友人が名前を忘れた姿なんて、見たくなかったのか、それとも…別の理由があったからかシオンさんは姿を消した。


「…ッ、シオン」

『なんでもないんです、なんでもないんですよ。珊瑚。ただ、どうすれば良いのか、わからなくなってしまった』


 倒さなければならない。それでも、目の前で自分の名前さえ忘れて嘆く友人を、自分たちの手で…なんて。

 できるわけない。俺だって、珊瑚さんたちが俺のことすら忘れてしまったら、果たして正気でいられるかわからない。

 周りにいた妖怪たちが騒ぎ立てて小さな身体でみくまりの前に立ちはだかる。


" みくまり様はぁ!悪くないんです…! "

" まだ、誰も殺してはおりませぬ蓮水様! "

" 被害が広がる前に社にこもられました!なので、何卒…! "

" 何卒…、みくまり様を処分などしないでください……ッ "


 カワウソや、ラッコ。カッパや濡れ女。人魚や八尾比丘尼。水の妖怪から生き物、ありとあらゆるもの達が龍の前で両手を伸ばして守るように立つ。

 泣きながら小さな両手で、龍を背に必死に訴える姿に、心が痛む。


「──こいつが被害を出す前にマガツヒの破壊に来たんだよ」


 柔らかな声で蓮水さんが告げる。しかしゆるゆると皆首を振った。


" そ、それではみくまり様が消えてしまいます…! "

" マガツヒの感染は、接触感染!であれば我々が触れなければ、かの神は死にませぬ! "

" いやです!消さないでください! "


" お願いいたします…! "


 頭を下げて懇願する妖怪達に蓮水さんも困ったように眉を下げた。


「……ごめんね、それはできないんだよ」


 "ならば、我々でみくまり様を抑えます!"


「…無理だよ」


" 人は皆逃がして、我々水の生き物だけで生きる土地を作ります! "

" できます、元々水の民。みくまり様と共存することなど可能です! "


「…できないんだ…君たちの力で、こいつは抑えられない。所詮は神と妖怪だ」


" なにがなんでも、やるんです! "


 カワウソが泣きながら、きゅー、きゅー、と言いながら訴える。


" 我々を守り続けてきてくださったこの方を、誰が守るというのですか! "


「無理だ、君たちが抑えられるなら守護者なんていらないんだ」


 カッパが叫ぶ。


" 誰がこの方を孤独にさせるというのですか! "


 人魚が声を上げる。


" 孤独な我々を救ってくださったこの方に、恩返しもできず指を咥えて見ていろと、そう仰るのですか! "


 もう一度、カワウソが代表するように、泣きながら大きな声を上げて訴えてくる。


" 我々が、この方を見捨てでもあなた方にお渡しできるとお思いですか!! "


「………できないよ、神を抑え続けることは、守護者でも無理だ。

 マガツヒを壊して、消すしか方法はないんだ」


" 嫌です!嫌です……ッ、この方を見捨てることなど…っ、できない…できない…ッ…ぅ、うぅっ "


 マガツヒに感染した龍に触れることができないゆえに、抱きつきたいのに、抱きつけないというようにしゃがみ込む妖怪達に、蓮水さんは悲しげな顔をした。



 ……この地を守り続けてきた、神に対する優しさと、今まで貰った愛を、この方々は返したいだけなんだ。


 大切な人を、守りたいだけなんだ。

 胸が苦しくなる。マガツヒを壊すことしかできない俺たちに、この方々の想いを捨てさせることはできないんじゃないか。

 想いを…捨てさせることが必要ではないんじゃないのか…。

 自分たちはこの人たちも含めて救うことは…できないのか…。


「…無理、何ですか…どうにか……」


「できないよ。

 過去に一度マガツヒに感染した炎の神がいた。

 この子達と同じように、炎の神を守りたいと訴えてきた。僕と──それこそ、あの時はハチス…君がいた」


「僕らは、いいよと頷いたよ。どうなったと思う?」

「…燃えた…とかですか、?」


「そうだよ。街が燃えて、同じ属性である炎の妖怪や生き物は皆神の炎に巻かれて死んだ。

 結局神は1人になった。その被害は甚大だったんだ。街だけならよかった、隣の区まで燃えてね…。ハチスがマガツヒを壊した。

 その時、炎の神は言った」


『どうしてお前達まで死んでいるんだ』


「神だって生き物だ。自分が大切にしていた眷属達を自分が殺したのだと知った時、発狂してたよ。まるで…人間の感情のようにね」


「だから君たち守護者には、何があってもマガツヒを壊せと僕は命じるよ。この子達の訴えが悲痛だとしても、結果として傷つくのは感染して正気に戻った神だ。

 神と国を統治している者として、僕はそれを守っている」


 先程までの蓮水さんとは違う、神としての空気を感じ、肌がピリピリとした。

 個人の感情で、測れないものだと、彼は言う。


 蓮水さんはカワウソ達に目を向けた。


" でも! "


「でもでもだっては、ここでは許されないんだ。君たちの気持ちは痛いほどわかる。守られたから守り返したい、恩を返したい。その気持ちはあるだろう。

 だけどね、じゃあみくまりが苦しいままでいいの?そいつは今、苦しくないの?」


 カワウソ達はその言葉に、みくまりを見た。

 黒い水を吐き出し、苦しそうに呻いているその姿は、確かに辛そうでカワウソ達もまた苦しそうな顔をした。


「…君たちのエゴに付き合っていたらこいつはいつか自死するよ。それは君たちが望むものか?」


 ふるふると首を振る妖怪達に蓮水さんは頷いた。


「違うでしょ。こいつを苦しませずに、逝かすことができるのも、守護者達なんだよ」


 俺と、珊瑚さんは自然と背が伸びた。

 …自分たちは、物語を守ることが彼らを守ることだと、思っていた。

 守護者として当然で、マガツヒを壊すことは必然だったから。

 考えたこともなかった。俺たちが、苦しませずに消す、という矛盾を行うことができることに。けれどそれは納得のいく、矛盾だということに。


「さあ、そこを退きなさい。みくまりはこの地の水源を守る神…マガツヒに感染してから2日は経ってる、こいつの理性が強いから今は問題ないけどそろそろ危ないんだ」


 そろそろとカワウソ達が泣きながら道を開ける。

 蓮水さんの後ろをついていく。

 近づくにつれ、黒い気配と澱みに肌が痛くなる。

 外を見るとぼたぼた鳥居から水が滴り落ちている。

 この神殿そのものが水でできていたのか、あちこちが黒く滲んでいる。


「…ちょっと、あんた達何しにきたの!」


 カワウソ達の騒ぐ声を聞いたのか、美鈴さんが鳥居の中に入ってきた。守護者だから簡単に入れるのかもしれない。美鈴さんは、蓮水さんを見て顔が青ざめていく。

 蓮水さんはただ、入ってきた美鈴さんを視線だけ一瞬向けて、すぐに前を向いた。


「……美鈴」

「もしかして、みくまり様を…」

「そうだよ。美鈴」


 蓮水さんが美鈴さんを睨むようにジッと静かに見つめる。狼狽始める美鈴さんはだんだん後ずさっていく。嫌がるように、聞きたくないと言うように耳を塞いだ。


「だ、ダメよ…だって…」

「ダメじゃない」


 バッサリと蓮水さんが美鈴さんの言葉を捨てるように切る。耳を塞いでいても聞こえているのか、美鈴さんが泣きそうな顔で蓮水さんを見る。

 無慈悲にも蓮水さんは美鈴さんを見つめる。


「美鈴、君も守護者だろう」


「わかるよね?」


 美鈴さんの表情が固まる。

 わかっているけど、理解したくない。そういう顔だった。

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