第161神 蒼穹市の****
次の日、蓮水さんはまたうちに来た。
「…あの、今日学校なんですけど…」
「え!?神無って今日祝日じゃないのー!?」
「神居は祝日なんですね…」
「せっかく珊瑚も連れて来たのに」
は?と見てみるとそこには蓮水さんに小脇に抱えられてグッタリとした顔の珊瑚さんがいた。
「うわぁああ、珊瑚さーーん!!!」
「……大丈夫、だよ……蓮…」
「大丈夫な人の顔色ではないですよ!」
「仕方ないね、今日は僕と一緒に神無の観光でもしようか!珊瑚!」
「嫌すぎる…俺がこんな自由神と観光できると思われてるのも無理…」
「色だってだいぶ自由人じゃん」
「……それは…そうッ」
そうなんだ…色さん自由人なんだ…どうでもいい情報が追加された。
「じゃ、じゃあまた放課後会いましょうね…??」
「オッケー!」
「何にもオッケーじゃな」
コンッという音ともに珊瑚さんと蓮水さんが消える。
「……可哀想な珊瑚さん…」
『不憫枠はお前じゃなかったんだな』
「風伯俺のこと不憫枠だと思ってたの?????」
──放課後。
疲れている顔をして、頭になんかのカチューシャをつけた珊瑚さんと、ホクホクとした顔でいろんなお土産袋を抱えている蓮水さんが玄関前にいた。
「いや、不審者すぎる!!」
「ま!失礼なー神無蓮の友人ですって顔しといたから任せて」
「不名誉!!」
叫ぶ俺に蓮水さんは楽しそうに笑う。
「まあまあ、ほら。僕らと一緒に神居観光に行かない?」
「みくまりさんに会いに行くだけじゃないですか…」
「まあね〜、早くしないとそろそろあの地区が終わるから早めに対処したいんだよ」
「地区…?」
「おっ気になる?じゃぁ行こうか!」
「せ、せめて服だけ着替えさせてください!!」
制服のままで行くとまた母さんに怒られる!
とにかく早めに着替えて玄関を出ると弟と妹が気味悪そうな顔で蓮水さんを見ていた。
「あぁ〜〜…………」
「にいちゃん誰この人友達?」
「選んだ方がいいよ…」
「あれ、僕すごい失礼なこと言われてる…?」
一瞬何か考えるそぶりをした後蓮水さんが、首を傾げていく。まあどっからどう見ても変質者なので言いたいことはとてもわかる。わかるけど!
「んあー、そうそう!俺の友達!選んだ方がいいはほんとに失礼だから謝りなさい!」
「…ごめんなさい」
「ほら、お前ら早く家に入りな!俺は今からこの人たちと遊んでくるから!母さんには早く帰ってくるって伝えといて!」
「わかったー」
妹と弟が家に渋々とした顔で戻ったのを見届けて蓮水さんを見たら、蓮水さんは笑みを浮かべたまま、スマホを片手に持つ。
「明日休みなんだったら僕の家泊まれば?」
「え!!!???」
「そっちのが手っ取り早いし。あ、僕から君のお母さんに伝えとくことくらいできるけどどうする?」
「な、ななんで母さんに伝えとくことができるんですか…」
パチパチと瞬きの後、にんまりと笑って、手に持ったスマホを振った。
「だって僕、君のお母さんに昔一度会ったことがあるからねえ」
「…え」
思考が一瞬回らなくなる。どういうことだ、なんで。母さんと…。
疲れた顔をしていた珊瑚さんがのっそりと動きながら蓮水さんのスマホを手に取った。
「おっと」
「…一回しか会ったことないなら電話したって無駄でしょう」
「そっか、人間ってそんなもんか」
「そうですよ…はぁ、蓮大丈夫か?」
「あ………はい」
聞きたいことが色々ある、あるけど。珊瑚さんが蓮水さんを見る。
「お泊まりの話は一旦置いといて、行くんでしょ」
「!そう!行こう蓮!みくまりの地区がやばいんだよー!」
コンッ
鳴いた声と共に世界が変わる。
昨日無理やり連れて行かれた、あの鬱蒼とした森と真っ赤な鳥居の目の前に立つ。
「西瀬さんちの神社だ…」
「ほら珊瑚見ての通りだよ」
「……これは…なるほど」
鳥居に入ろうとするが、まるで閉ざされているかのように入れない。
「…あれ?」
「うーむ、一般人は入れるみたいだね」
横を歩いていく人たちは鳥居をくぐっていくが俺たちだけが弾かれる。
「…守護者だからですかね?」
「可能性はないとはいえないよねえ」
『みくまりですか』
「やあシオン、君の友人がとんでもないことになってるんだよ。一緒に討伐しに行かない?」
『出て来て早々に言われたい言葉じゃないですね』
珊瑚さんの背後から、青いマフラーに、蝶々の装飾がたくさんついた男の人が出てくる。
「…あ、夢で会った…」
『ふふ、久しいですね蓮。あれから前世の記憶は見てませんか?』
「見てない…ですけどいろんな方法でいろんな人たちに見せられましたよ」
『言ったでしょう?僕以外の神があなたを狙う、その時、手段なんてないと思います、と』
「本当に…神以外にも色々とやられました」
苦笑いを浮かべる俺に、シオンさんとの会話を聞いていた珊瑚さんが意外そうな顔をした。
「…シオンと知り合いだったんだね」
「知り合いというほどではないんですけど…ずっと夢を見せて来た張本人と言いますか」
『彼は自分であることを選んだので僕はもう何もしてませんよ珊瑚』
「そういう問題じゃないだろ…」
珊瑚さんがシオンさんを睨むように見る。シオンさんもそれをにっこりと笑って受け止めた。
なんだかピリピリしてるなぁ…。
そんな空気の中、蓮水さんが鳥居の下に向かって指をさす。
「それより、見てよ…綺麗だろう」
鳥居の下には、連なる赤い鳥居が森の中を占める。階段の左右には細い用水路のようなものがあり、水が流れている。おそらく、神社と繋がっているのだろう、鳥居の向こうから流れ続ける透明な水は澄んでいて綺麗だった。
ここは頂上だからか、ここからだと街全体が見渡せた。
左手の方には滝が流れ、鯉登りが川を泳いでいる。空を見上げれば、てるてる坊主が泳ぐように浮いていた。
「…本当だ……今更ですけどここって?」
「ここは──蒼穹市市。見ての通り、河童とか、カワウソとか水の妖怪があちこちで人間と交流している地域だ。赤雷は特に妖怪が多いからね」
「信善寺が、水産に力を入れるくらい水の街だと言われてるけど、ここもまた水の市だと言われてるんだ。それくらい水との縁が深い」
蓮水さんの説明に納得がいった。見渡す限り、街の方では小さな川の近くに家が建てられていて、その近辺で河童が水遊びをしている。泳ぐカワウソに、その横で笑い合う人間の姿。
こんな平和な街で、今から何かが起こるというのだろうか。みくまりが、感染しているというのも街の人たちは知っているのか。
振り向いて自分たちの目の前にある鳥居の奥を見る。
みくまりが守る神社──西瀬神社は昨日よりも澱みが広がっていた。
「…みくまり神が反転すると、どうなるんですか…」
「みくまりの物語?そうだねえ」
──はるか昔々の話だよ。
ここには水の妖怪が多くいた。
生まれたばかりの妖怪たちを守り、育てるその神はこの地の水源の中心だったんだ。
水を配り、子を育て守る。その姿から水分と呼ばれた。
そんなみくまりを敬う一族──それが西瀬家だった。
蓮水さんはそう昔話をしてくれたあと、目を伏せる。
「この地には崖もたくさんあった。今もある鯉の崖登り、鯉のぼりそのものが泳いでるのもそのおかげだね。」
「…確かに目を疑いましたね。鯉のぼりが川の中泳いでるのに誰も目を向けないの異常だなと」
「クラゲも泳いでるからねえ」
よく見あげてみれば、確かにクラゲもいた。
「西瀬家が、みくまりを敬ったから、この地に留まっているんですか」
「そうだよ。みくまりは優しいやつだからね。最も信仰してくれたのが西瀬家だったってのもあるし、西瀬家がこのみくまりに鳥居を建てたんだ」
「はー…みくまり様からしたら自分の家をくれた上に信仰もしてくれたのが西瀬家ってことですか」
「だから、みくまりは西瀬を大切にしてる」
蓮水さんはそう言った後、澱んでいく鳥居を見上げる。鳥居に入れないのでどうしようもない俺たちは鳥居の前で立ち往生した。
「これがみくまりの物語かな。戦争が始まって、神居と神無の水源が汚れてしまった時みくまりそのものも一度穢れたんだけど、西瀬や蒼穹市の者たちのおかげで一命を取り戻したんだ」
「以降みくまりはこの地の水源のことを指すようになった」
「さて、そのみくまりが今こうしてマガツヒに侵されてるわけだけど…」
チラッと鳥居の奥を見る。
澱んでいる黒さにそもそも中に入れないのだ。
ピリつく空気に重たくなる身体。
澱んだ先から聞こえてくるなんらかの声達。
本来人が入れる空間ではないような、そんな空気。
「…入ります?」
「…いやぁ、ちょっとこれは無理だろ…」
珊瑚さんと俺がそう話しながらため息をつく。珊瑚さんは蓮水さんに目を向ける。
「なぁ、蓮水様…」
蓮水さんの方を俺と珊瑚さんが見ると、狐の瞳孔のように開いた目が鳥居の中を凝視していた。
「………蓮水…?」
珊瑚さんが、蓮水さんの肩を軽く叩いた。
────次の瞬間だった。
空気が歪み、近くにある川が揺れる。
「…おや」
「……なんだ?」
あちこちでざわつく声。
水が悲鳴を上げるような、高い音。登る鯉たちが慌てたように崖を上がっていく。
クラゲが慌てたように川の中に潜り、河童と人間が慌ただしく周りを見渡している。
小さな異常に気づくと目に映るものたちが少しずつ変化していることに気づく。
「…川、黒くなってませんか…」
階段の左右にある用水路の中の水が、真っ黒になっている。
鳥居の奥から、男の叫び声が聞こえた。
誰よりも早くシオンさんと蓮水さんが鳥居の中に入り、駆け出して行った。




