第159神 夢渡神社
廊下を出てすぐに見える庭には、池が一つ。先ほど見た木は無いが、相変わらず蝶々が池で休んでいる。
俺から見て左手には、蝶の装飾が施された襖がいくつもある。かなり蝶々にこだわっているのかもしれない。
「…なんでこんなに蝶々が?」
「産夢はわかる?』
「あ、輪廻と運命を司る機構で、記録をしているというのは…あと、神様が生まれる?ところっていうのも」
「そう。その通り輪廻機構と、神秘の生成。そして、運命を司る。産夢だけでいろんな役割を担ってるんだ」
珊瑚さんはそう言ってこちらを見て微笑む。
「──うちは、産夢に還った魂が、戻ってくるんだ」
「えっ」
「蝶化身と言ってね」
色とりどりの蝶々が、珊瑚さんが差し出した人差し指に止まる。
足を止めた珊瑚さんは、蝶々がたくさんいる庭に視線を向けた。
「冥界と隠り世の魂を導く役目を担っているんだ。一仕事を終えるとここに挨拶に来るんだ」
「一仕事?」
「産夢で輪廻の魂として形作る時、蝶の形になって、最後に命が宿るお腹に入るんだよ」
つまり、この周りにいる蝶々は魂…。
神秘的ですごい…あ、てことは俺も蝶々になってここを彷徨いたのだろうか。
「夢と、死は近いところにいてね。だからこの子達は誰かの霊魂なんだ」
赤、青、緑、紫──様々な色の蝶々が、少し薄暗い廊下で輝きを放ち鱗粉を飛ばす。
人差し指に止まったその蝶々を眺める。
「…てことは、魂の形が蝶々、なんですか?」
「そう、産夢でめぐる輪廻の魂は蝶々なんだ」
指に止まった蝶々が羽を羽ばたかせて、空へと飛んでいく。じっと見ていると蝶々が、陽炎のように揺れて消えた。
驚く俺の前にいた珊瑚さんは、また一歩足を進める。
「ここ…夢渡神社というんだけどね。ここは産夢と宿る身体との仲介。産夢で模ると、今度は行き場がなくなるんだよね。産夢ってずーっとめぐってるから何千もの魂があそこにある」
「産夢で魂の形を変えて、蝶々になったらここにきて、少し滞在して誰かのお腹に宿る……ってことですか!?」
「そういうこと」
魂は巡る。まるでシステムのように巡っている。自分や、誰かが死んだら、ここに居るということか。
「へえぇ………あ、だから神居では、死んだ人の姿は見れないって…」
「そうだよ、神居の人間は死んだら産夢に還るから、幽霊にならないんだ。その代わり蝶々になる。どこかで自分の知り合いが蝶になって飛んでるかもしれないし、ここに来たら会えるもしれない」
もしかしたら、その辺に飛んでいる蝶々の中に自分の知っている人が、いるかもしれない。
珊瑚さんの指にまた新しい蝶々が止まった。桃色の蝶々が、はた、はたと羽ばたかせる。
「迷いの森に行けば会える、って言われる理由も、産夢が近くにあるからなんだ」
「…鴇羽さんが確かに前、そう言ってました」
「でしょ。浄化課のほとんどは神居人だからね、そういう話も聞いてきたんだろうね」
珊瑚さんは、蝶々を少し眺める。
「迷いの森に行かなくても、夢を見ることができれば、夢の中で会えるけどね」
「──でもそれは、滅多に無い。神居では幽霊の存在は信じられてないんだ。こんなにも、神様や妖怪がいるのに…不思議だよね」
人差し指に止まった蝶々を上へと飛ばす。
それも、鴇羽さんがおとぎ話みたいなものだから、幽霊にもならないんだろうな。って言っていた。
幽霊にはならないけど、蝶々になることは知っているんだろうか……いや、あの人なら知ってるか。あえて、話すことではないと思って言わなかったのかも知れない。
珊瑚さんが飛んだ蝶々を見上げて呟く。
「今日は暇だったから見にきた。って言ってる奴もいたな」
「蝶々喋るんですか!?」
「中津海家の子どもはみんな聞けるんだよね。どういう仕組みか知らないけど」
幻想的な空間の中で笑う珊瑚さんは、文化祭で会った時とは少し違う空気を漂わせていた。
◆
「あの真ん中にある木は、産夢を真似てるんだ」
「あ!なるほど〜!」
「いい反応くれるなぁ蓮は」
最初に来た時にあった大きな木にネモフィラの花が咲いていたあの庭は産夢を真似ているということに全て納得が行った。
少し歩いた先の庭に、祠が一つ。珊瑚さんが指を差す。
「あそこの祠はシオンのやつね」
「…シオン様の」
蝶の像が瓦屋根の端と端に付けられた木でできた小さな祠。
ある部屋で立ち止まる。
中は、豪華な装飾とは別に、質素に。けれど頑丈な扉が和室にあった。
いっそ異質な程に全く似合わない洋風の扉と鉄格子。
まるで──
「罪人、でもいたんですか…」
「…俺が生まれるまでの16年間、シオンは封印されてたんだってさ」
「え…?」
聞くと、珊瑚さんは次の目的地へと足を進めながら答えてくれた。
「守護神として、やってはいけないことをやったらしい」
「………へえ」
「守護者になるに当たって、中津海の歴史として聞かされたんだよねぇ。
罰を受けるほどでは、なかったそうなんだ」
「守護神としてやってはいけないことってなんですか?」
「俺が教えてもいいけど、いいの?守護神から聞きたくない?」
「いや、あの2人は結構隠し事多いので教えてくれない可能性があります…」
「そうなんだ…」
苦笑いで返される。俺もまた、苦笑いで返した。何せ最初の最初に欠陥品だとか言ってきたくらいだ。
なんらかの制限すら与えられているのに、それが何かも教えてくれない。
「守護神だけじゃなく大前提として、運命を変えたらダメでしょ。神様って、本当は変えれるらしいけどね」
「えっっ!」
「でもやらないんだよ。この国を統治している神──蓮水様に罰を下されるから」
「…あ、そうか…蓮水様は、統治神でしたね…」
「あんなちゃらんぽらんだけどねえ。神も死ぬ。あと運命が壊れた先を神々は知ってるから、やらない」
あれ……じゃあ、火雷達が制限を受けてる理由って、なんらかの罰を受けたから…?
思考の波に呑まれそうになった俺の前を、珊瑚さんは飛んでくる蝶々を眺めながら歩く。
「守護神がしたらダメなことはってのは、神隠しだよ」
「え、意外…かも…」
「でしょ。でもこれが納得といえば納得のラインだと俺は思ってて。気に入った人間を隠すのはもう、神様や妖怪、神秘たちの習性だと思ってくれるとありがたいんだけど」
「なんか途端に動物めいてきた…」
「昔から神隠しは問題視されてたみたいでね…ほら、文化祭の舞の時、顔隠しの紙をつける理由も過去に神隠しされた幻治郎さんが原因でしょ?」
「!確かに…!!」
そういえば色さんがそんな話をしていた。なんでも理由があるわけじゃ無いと言いつつ、答えてくれたやつだ。
珊瑚さんがため息をつくように呟く。
「それくらいやっちゃダメなことなんだよ」
その言葉は廊下の真ん中で静かに溶けていく。蝶々が一つ羽ばたく姿を見送る。
神様に限らず、この国に生きるすべての生き物はあらゆる制限をかけられているんだろうな…と人知れず思う。
珊瑚さんはため息をついてから、また歩き始めたので俺はそれを追いかける。




