第158神 始まりは突然
──皆さんは突然目の前に赤い狐が現れたらどうしますか?
俺は、投げました。
一週間ほど前にヒガンの館で戦いを終えて、7月7日。少しずつ夏休みが近づいて来た。土日だし、任務もないし、一人家の中でゴロゴロと火雷と風伯とゆっくり過ごしていた時、目の前に狐が降ってきた。
「うわぁ!!」
反射で掴んだ狐を、一旦窓の外に投げてしまう。
なんだったんだ今の……。
よくわからないなりに、机に座った瞬間、べたん!と音がした。
振り向けば、窓に張り付く赤いきつねと目が合ってしまった。
「蓮!ぼく、僕だよぉ〜蓮水だよぉ〜」
めそめそと泣き始める狐を前に、ため息をつく。
またなんか面倒なの来た…。
ヒガンの館で心身ともに疲れたから、今日ゆっくりしようと思ってたのに。
「そういう怪異いたよな…確か身内のふりするやつ」
『お、蓮でも知ってるのか最近知識をつけてきて偉いぞ』
「えへへ…」
「ねえ僕を無視してほっこり家族やるのやめてくんない!?入れて!!!!!」
『うるさい狐だな』
「風伯〜!僕の方が立場的には上なんだからね!?」
文句も多いのでとりあえず中に入れることにした。
カラカラと窓を開ければ当然のように入って俊敏な動きで、部屋の真ん中に置いてある勉強机とは別の机の近くに座る。
急に煙が出てくる。
「うわっ…!」
思わず目を瞑る俺とその煙の中から穏やかな声が聞こえてくる。
「いやぁ〜」
煙の中から少しずつ姿が変わり、とうとう男の人──蓮水さんがそこにはいた。
「助かったよ〜今日実は女の子をナンパして一緒に神無まで来たんだけど思いの外女の子が…」
「帰りますか?」
「うそうそうそうそ!うっそぴょーん!蓮ったらぁお茶目さん♡」
なんかこの人と話すとすごく疲れる…。
嫌そうな顔をしてる俺に対して全く気にしていないのか蓮水さんはもう満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ単刀直入にいうね〜、赤雷にいる僕の知り合いを助けて欲しいんだ」
「知り合い?」
「みくまりっていうやつなんだけど、マガツヒに感染したのを昨日確認してね。人に被害が行く前に依頼しようと思って」
君なら依頼を受けてくれるよね?というような顔だ。なんか最近行く任務は、突発的なものが多くて、鷺沼さんからの正式な依頼らしいものといえば妖精と七不思議くらいな気がする。
学校に行けばシラジラに会い、フリマに行ったら天使と出会って、幻治郎さんについて行ってたらヒガンの館に呼ばれ……今日に至っては正式ルートをすっ飛ばして統治神から依頼と来た。
「…なんで俺に?」
「だって君、知りたいんだろう?色んなこと」
「え、ええ??全然会話にならない…」
蓮水さんは顔を綻ばせて尻尾を振った。
「てことで、明日にでも行ってほしいんだよね」
「急すぎませんか…いや、まあ感染したなら早めに対処した方がいいのは間違い無いんですけど…。その幻治郎さんとか、鷺沼さんは?」
「広大には話をつけてある。メンバーは僕の方で選出したから任せて!」
にっこりと笑う笑み。
やっぱ上位存在ってみんなこんな感じなのか…?何にも任せられない顔に、俺自身の顔が引き攣る。
「さあ!行こう!明日!今日でもいい!」
「え、今日はきゅ────」
パッと目の前が変わる。
青い森────連続で並ぶ赤い鳥居が目の前に現れる。足にはいつの間にか靴が穿かされている。鬱蒼とした森はどこか静かで鳥のさえずりが遠くから聞こえてきた。
まるで幻治郎さんがよくやる転移術のような速さ。
目を白黒させる俺の横で、蓮水さんが俺を見た。
「は、え、!?」
「行こうか蓮!」
「かみさまってぇぇえ!!」
『こいつがおかしいだけだぞ』
風伯の言葉を聞きながら階段を登っていく。
霧が濃くなる。
◆
階段の量が多くて足が疲れた。
はぁ。と息を吐き顔をあげれば、神社が一つ。
「…何しにきたの蓮水」
巫女さん姿の箒を持った女性が俺たちの前に立ちはだかる。
「──やあ、美鈴。みくまりを見にきたんだ」
「…ここには居ないわよ」
美鈴──と呼ばれた女性。白とは言い難い、薄い紫の髪色に腰まで長い髪の毛。横髪に髪飾りがつけられている。
こちらに気づいた女性は次に蓮水さんを見る。
「なんでここにこの子が…」
「僕の独断」
…ああ、彼女もハチスと関わりのある人なのか。言わずともわかって、少し嫌になる。
最近はあまりなかったから…ヒガンの館では関係なかったから、久しぶりのハチス関係の反応に顔を顰める。
蓮水さんが首を傾げて美鈴さんを見上げた。
「それより、居ないって?」
「居ない」
「…ふーん」
俺はその美鈴さんの奥にある、森と鳥居を見上げる。
じゃあ違うところに行こう。と蓮水さんに背中を押される。
「え、…いいんですか?」
「うん」
「…だってどう見ても」
──森の中は青かった。霧も濃かった。
それよりも気になったのは、神社の奥だ。
「うん、居たね」
黒く、澱んでいた。
チリチリと肌を焼くような気配に、話に入れなかったのだ。
『…みくまりの感染か、なかなかやばいな』
「……あの子は守ってるんだよ、みくまりを」
腕を組んで悩むそぶりを見せた蓮水さんは笑う。
「さて、こっから近いとこ行こうかな」
蓮水さんはそう言って、また転移した。
「うわっ…!」
べちゃ、と落ちた畳の上──。
何回も何回も飛ばしすぎだろあの狐!!
「はあ…。え」
座り直した畳から顔を上げると、蝶々の装飾がされた大黒柱に、襖、障子があった。
「……蝶々」
蓮水さんが立ち上がり、障子をあけた。
そこには、たくさんの蝶々が飛んでいた。
彼岸花、ネモフィラ、シオンの花。
季節も何もかもバラバラに咲く花たちの中心に一つ大きな木。
その周辺に大量の蝶々が飛んでいる。
神秘的な光景に目を奪われた。
「──あら」
◆
鈴が転がるような可愛らしい声に振り向く。
「やあ、夢!」
「蓮水様、どうしてこちらに?その子は?」
「美鈴に追い返されたんだよー!この子は神無蓮!」
「そうだったんですねぇ」
薄いピンクの髪に、誰かを彷彿とさせる顔。
「母さん、なんか蝶々が騒がし……蓮水様?」
「やっほー、珊瑚」
「…と、蓮?!」
軽く手を挙げた蓮水様にやってきた人──珊瑚さんが驚く。
「文化祭の時の…!」
「ああ、そうか…君と俺が会ったのは、あの時だけか…なんでここに?」
「珊瑚、君も一緒にみくまりの討伐に参加しない?」
「…は、みくまり、様の?」
「………どういうことか、詳しく説明してください」
「お母さんお茶入れてくるね。蓮水様たちはそちらにいて大丈夫ですからね」
「ありがとう〜夢〜」
「──粗茶ですが」
夢さん──珊瑚さんのお母さんが机にお茶を並べてくれる。お菓子も置いてあるので遠慮なく食べることに。
「…それで?」
「珊瑚の圧って海虎そっくりだよね」
「蓮水様?」
「ごめんって。…みくまりがマガツヒに感染したんだ」
その言葉に珊瑚さんの目が見開く。
「…守護神も、マガツヒに感染するんですか!?」
「──守護神?」
「ああ、蓮は知らなかったねえ、みくまりは美鈴のお兄さんの守護神なんだよ」
「ええ!?」
「だから、珊瑚さんそんなに…」
「まぁ、ね」
蓮水さんが手を叩き俺たちを見渡した。
「ということで、今回のメンバーに、蓮、珊瑚、美鈴を僕は選出したいわけ」
「なにが『ということで』なんだ。俺を選んだ理由は?」
珊瑚さんの言葉に蓮水さんが、よくぞ聞きましたと言わんばかりに目が輝く。
「──君、まだシオンを使い慣れてないだろう?」
珊瑚さんが固まる。夢さんも静かに蓮水様を見る。
…なんだ?あんまりいい空気じゃない…。
「…それは」
「夢の時は、彼女がそれなりに強かったからね。無理やり引き出せてたけど。君はシオンの本来の守護者だ」
黙り込む珊瑚さんに蓮水さんはさらに続ける。
「試運転がてらってのと、シオンとみくまりは仲も良かった。だから君を選んだんだよ」
「…あんたの盤上に上がれ…って?」
「こら、珊瑚そんな言い方したらダメです」
「いいよ、夢。その通りだよ珊瑚」
「…そこまでして珊瑚さんを連れてくメリットはあるんですか?」
間に口を挟む。流石になんか珊瑚さんの顔が苦しそうで見てられなかった。
きょとんとした蓮水さんは笑った。
「あるよ、僕が楽しい!」
「ないって言うんですよそれ」
「……わかりました、行きましょう」
「えっ」
「やった、そうと決まれば善は急げだね」
ぐんっと腕を引っ張られそうになった次の瞬間、夢さんが笑う。
「蓮水様?」
「ひゃ………」
ぴたりと止まった蓮水さんは俺と珊瑚さんの腕をするすると離してしまう。
「ごめんなさい…」
「蓮くんゆっくりしてていいですからね」
「え、あ、はい」
と、は言ってもな…と見渡すと珊瑚さんと目があった。
「…ふ、うちでも見学する?」
「!え、いいんですか?やったー!」
正直この周りを待ってる蝶々とか気になり過ぎてた。
「いいよ。連れ回してくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
緩く手を振られながら廊下に出ていき、この家を少し探索することにしたのだった。




