【短編】 No.3 夏十ヒガンという男の記録
「ヒガン様、ヒガン様」
「なんだ、うるさいな」
部屋で机に向かい、文字を書いていると女中が私を呼ぶ。
「本日はお父様がいらしています」
「…父上が?珍しい」
立ち上がり、女中に目を向けた。黒い髪に、赤い目の女だった。たおやかに微笑む女は廊下に出る私の後ろを三歩離れてついてきた。
唯一、私についてきた女だった。
「父上」
「ヒガン、おお!大きくなったな」
戦ばかりしている父は大柄な体格だ。黒い着物がパツパツに見えるくらいには。
頭を一度下げてから、父に駆け寄る。
「本日は、勝ち戦でございましたか?」
「ああ、当然だとも!ヒガン、お前の兄はどうした?」
「兄上は道場におりまする」
「そうか。励んでいるんだな」
兄がいるであろう道場の方向を見つめた父は切り替えて私を見た。
「今日も何かカラクリを作ったのか?」
「はい!聞いてください、今日は落とし穴です」
「ほう?」
「こちらです父上」
父を引っ張り、本日作成カラクリ落とし穴まで連れて行く。スイッチを押すと落ちることや、これをすることで何が起こるのか。事細かに説明する。父は興味ありげに頷き、笑った。
「良い良い、もっと作ると良い」
父は私のカラクリをいつも褒めてくれていた。
戦が激しくなり、次第に帰ってこなくなった父。俺はそんなことよりもカラクリを作ることの方が楽しかった。
「ヒガン様、あそこに落とし穴を作らないでください!」
「良いではないか!皆が落ちるのであろう?なんと面白いのか!」
「ヒガン様!」
女中は私をこうして怒る。構わない、良いだろう。
だって、楽しいのだから。
戦が長引いていると聞く。兄も弟も戦に出ていく。私は身体が弱いから、ずっとカラクリを作っていた。
私は昔から変な男だと言われていた。唯一、女中としてついた女が『ハナ』だった。
周りが不安な空気になっていく。途端に、あちこちで生存本能が働かせたのか、痴情が聞こえてくるようになった。
当然、私も血迷った。前々から美しい女だとは思っていた。だから、ある時。女中を組み敷いた。
「やめて、いやっ、ヒガン様ッ!」
ああ、うるさいな。 好きだ、なあ、あんたが好きだよ。
ぴくりとも動かなくなった女を見下ろす。
その姿すら、美しく見えた。
息絶えた女中をカラクリの中に放り込む。
「…芸術だ」
なんでこんなにも、赤を美しく思うのか。不思議な気持ちを抱えていた。
道端を歩いている時、死んだ魚が海に落ちていた。鳥が食い散らかした跡であろうそれは、青と赤の綺麗なコントラストを描いていた。
ああ、これだ。
血が美しい。赤が美しい。
戦に行った父が羨ましい。きっと戦場では赤が噴き出ているのだろうなぁ。
なんとも羨ましいものだ。私には、その力を与えられていないのに。
父親が死んだ。
兄か、ヒガンか、それとも弟か。父の弟かもしれない。遺言では兄であると、言われている。
私は相続争いなど興味もなかった。好きにすればいい。
ハナも、いなくなってしまった。
私の好きなハナ。美しい、赤を散らしたハナ。
……おや、あそこにいるのは…『ハナ』か?
外に出ると、綺麗な村娘がいた。
何と美しい、赤の目に黒い髪。
私がもっと綺麗だと思っていた色。
『ハナ』『ハナ』『ハナ』!ああ、生きていたのか!
ああ、『ハナ』
彼女は間違いなく『ハナ』だ!
「あなたに恋をしてしまった、好きになってくれないか」
「え…?ごめんなさい」
「ああ!ありがとう!」
「え」
『ハナ』を連れて戻る。
何か声をあげていた気がするが構わない。
家では刀と人が飛び交い、血が噴き出ていた。
血で血を争う武家屋敷に、人知れず心が踊ってしまった。
『ハナ』、私の赤い花よ。たおやかに微笑み、全てを受け入れてくれていた美しい花。
これからもずっと、私のカラクリの中で共に過ごそう。
何故なら、これこそが私の悲願なのだから。




