第144神 思い出はアルバムの中
「懐かしいな」
上から覗いてた幻治郎さんが一枚の写真を見る。視線を向ける方を見ると青い髪の少女が一人と腕に抱かれてる少女。何処か見覚えのある少女たち一家の横に小さい鷺沼さん、色さん、珊瑚さんが泣きべそをかいている写真があった。
「お、おぉ…これ」
「待って、これ…ねえやん?」
朝梨の言葉に、じゃあ、やっぱりと幻治郎さんを見ると一つ頷いた。
「そう、この子は桔梗ちゃん。で、広大に色、珊瑚。それからこの腕の中の子が君だよ、朝梨ちゃん」
1番大きい女の子、桔梗と呼ばれた少女が笑顔でピースしている。
朝梨が確かめるようになぞった。
「生きてたら26歳…」
ポツリと呟いた言葉に、俺とるんは察する。
朝梨の姉は亡くなっているのだと。
「この頃は12歳くらいだね。朝梨ちゃんが3歳で、広大たちが5歳」
「おぉ…」
「覚えてないでしょ」
幻治郎さんは楽しげに懐かしそうに目を細めて、朝梨ちゃんを見る。
「…はい、全く」
「だろうね。このあと、夜朔──君の父親と小雪さんは政府での仕事が忙しすぎてコッチのに来なくなってね。君は玉さんの家に預けられたようになったんだろ?」
「…よく、知ってますね」
「君のお父さんとは高校からの付き合いなんだ」
「えぇ!!?」
今日は驚いてばかりだ。すごい繋がりに衝撃が隠せない。
「俺と、玉藻…君の父親、それから珊瑚くんのご両親、まあこの辺りは幼馴染みたいなもんだね」
『幻治郎人間なんだねえ』
「だから人間ですって…なんでみんなして人を化け物扱いするんだ」
そりゃまぁ、やってることが化け物じみてるから…とは言えず黙る。
幻治郎さんが少しジト…とした目で見てくるがアルバムに視線を俺たちが戻すとそのままスルーしてくれた。
「ねえやん…」
「こっちの方が桔梗ちゃん写ってるよ、写真いる?」
「えっ」
パッと朝梨は幻治郎さんを見て、その優しい笑みに、頷く。
「じゃあ、はい」
アルバムの中からあっさりと取り出して朝梨と桔梗さんの写った写真を手渡した。その手つきは、やけに慣れていた。
「いいんですか?アルバムなんじゃ…」
受け取る時の指先が、少しだけ震えていた。
「いいよ、君の手に渡ったほうが思い出にもなるでしょ。
それに、その写真は朝梨ちゃんに持っててもらったほうがいい」
朝梨は受け取った写真を数秒眺めて、胸の辺りで大切に抱きしめるように触る。
帰ってきた、自分の姉を思い出すような顔をして。
…めくっていたページは、途中から鷺沼さんのご両親が消えた。ぎこちなく、色さんと珊瑚さんと一緒に映る鷺沼さんがそこにはいた。
顔色も悪く、今よりも細い身体で、今にも消えそうな、そんな姿をしていた。
「鷺沼さんも来たんでしたっけ?」
るんが幻治郎さんに聞く。幻治郎さんは頷いた。
「あの子は、しんどくなったらここに来るんだよ」
昨日の裏切りの話だと全員気づく。
幻治郎さんは苦笑いを浮かべた。
「…ここしか居場所がないからね」
今や政府の中は疑心暗鬼に包まれている、鷺沼さんからしたら、嘘なんてものが存在しない、簡易版でも神域に包まれてるこの家は間違いなく息が吸えるところなのだろう。
確かに、ここは居心地がいいなぁ…。
「信じる信じないは別として、色もいるから大丈夫だと本能で思ってるのかもね」
…ご両親の話を一度も聞いたことがない。
妹がいると言うのはソフィアさんから聞かされたが、そこまでだ。
家に帰ってる様子もない。いつも行くと必ず執務室にいる。
まるで、住んでいるかのように。
それはきっと事実だったのだろう。本当に政府に住んでいたんだと思う。だからこそ、わからなくなったのかもしれない。
「…いつも、居たね執務室」
「うん」
朝梨とるんも何かに気づいたのか小さく呟く。幻治郎さんは何も言わない。
何も言わないからこそ、重たい空気を感じる。
勝手に、人の事情に気づいてしまって、首を突っ込んでしまった。
そのことに、なんだか気まずい気持ちを覚える。
人の家の事情を他者経由で聞くのはすごく、噂話をしているようで…いや、噂話をしていたんだけど…。
「…守護者って、誰かを亡くしてることが多い気がする」
朝梨がポツリと誰に言うでもなく呟く。幻治郎さんはその言葉を拾った。
「因果が逆かもね」
「逆…」
「誰かを亡くしたから守護者になるんだよ」
守護者だからではないのだと、彼は言う。そうして、続けた。
「俺たちはそういう生き物なんだろうね」
『23年、追ってきた男は言うことが違うわね』
「慧様って俺のこと嫌いなんですか?」
『人のふりをしてる神のような男。よくわからない存在で少し私は気持ちが悪いと思っちゃうわね』
「ストレート…俺は傷つく心を持ち合わせてる人間なんですけど…」
『関係ないわ』
慧の言葉に幻治郎さんは、傷ついてる顔でもなく、笑う。
「おや、雨か」
ざぁぁー、と雨が降る音。雨の音は、頭が痛くなるから俺は嫌いだ。
──嫌な音だ、と思った。
襖が強く開かれる音。
音の方から、鷺沼さんの青い顔。
「…鷺沼さ」
ふらふらと幻治郎さんの元へ向かい、膝の上に頭を置いて小さく縮こまる、鷺沼さんに思わず全員で息を呑む。
「…広大、大丈夫だ、大丈夫。大丈夫だ」
「は、は、は、はっ、はっ…」
──過呼吸だ。
朝梨とるんが躊躇いなく鷺沼さんの背中を摩り、水もらってきます。と朝梨が立ち上がる。
さすがは小児科の娘。
俺は、何かができるわけでもなく、ただ唖然と見る。
幻治郎さんは鷺沼さんの頭を優しく撫でる。
「貰ってきました」
「広大、水を飲もう。そう、大丈夫だよ。俺たちがいるから」
ゆったりとした動きで起き上がる。
るんと幻治郎さんに背中を支えられながら、震える手でコップを持ち、ゆっくりと飲む。
喉仏が動き、飲み込んでいるのがわかる。
「あ、」
ようやく俺たちと目が合った。
きまずそうな顔をして目を逸らしたあと眉を顰めた。
「…雨が、苦手なんだ…。雨水の時や葬儀の時は、人がたくさんいたから大丈夫だったんだが…1人になると、どうしても…」
あの日を思い出す。と呟く。
雨水の時はなんともなかったのはそういう理由か…と納得。
と同時に、どうしても気になってしまった。
「……それは、聞いてもいい内容ですか?」
少し静かに黙り込み、目を瞑った。
息を吸って、吐く。ただそれだけの動作ですら億劫そうに重たい息を呑み込む。
「────俺の、両親が死んだ日だ」
その言葉だけで充分だった。




