第143神 赤歳幻治郎
るんと朝梨も伴って、三人で守護課の奥の部屋────壁しかないが。
辺りまで来る。真っ白なその壁に、扉の取っ手があるわけでもない。
浄化課のような、すり抜けるタイプなのか?
「入っていいよ」
壁の向こうから急に声が聞こえてきてピクリと肩を揺らす。
「そのまま壁に向かってきてごらん。大丈夫、ぶつからないから」
恐る恐る壁に向かって行くとそこには確かに、幻治郎さんが和室に座っていた。
「やあ」
チチッ、と鳥の鳴く音。明らかに、政府にある庭とは違う、別の場所と言った方が正しい。
襖の開く音が聞こえてきて、思わず三人で音の方向を見ると、黄土色の、ふわふわとした髪の女性がいた。
「…あ、えと…?」
「あれ、この子達は?」
「守護者になりたての子たち」
「まぁた、部屋と繋げたの?」
「ごめん、何も言わずに」
「いいけどね。じゃあお茶の用意してくるね。そこに座って待っててね〜」
湯呑みで茶を飲む幻治郎さんの前に恐る恐る三人で座る。
「あれね、俺の奥さん」
「あ、やっぱり…すごい色華さんに似てるなと」
「かわいいでしょ」
目を細めて笑う幻治郎さんは、本当に奥さんのことが好きらしい。
「それで?呪術課にでも行ったの?」
「え、ぁ!はい!なんでわかったんですか?」
「んー?残穢がついてるから」
黙っていたるんが、幻治郎さんに伝える。
「あとで箱を浄化して欲しいって…」
「ああ、選別箱。また来たんだ…」
庭園には石が敷き詰められていて、ピーーヒョロロと鳥が鳴く。
畳の匂いと、湯呑みから出てる湯気。青い空が庭園を照らす。庭園の奥には壁があり、壁の向こう側は林だ。先程までの呪術課の光景や政府の壁の無機質さとは全く異なる暖かい風景に人知れず息を吐く。なんて安心する場所なんだ…。
「…ここは、神域ですか?」
キョトンとした幻治郎さんが次の瞬間には笑った。
「違う違う!ふは、ここは俺の家だよ」
「家?!」
庭園の奥からひょっこりと赤いきつねが出てくる。
『幻治郎が笑ってるー』
その上からさらに小狐が出てくる。
『何笑ってるのー?』
「き、きつね…」
朝梨も思わず、声に出た。
「なんでもないよ。勝手に俺のところに入るなっていつも言ってるだろ」
『はーい』
「俺の部屋と繋げてるだけだよ。直帰できるようにね」
「世のサラリーマンたちが羨むようなことを…!」
「ああ同じ壁から帰れるから帰る時はそこから行くといい」
「ありがとうございます…」
「まあ、うちの奥さんが君たちを歓迎したいみたいだから一旦は帰らないでやってね」
襖が開き、おやつやら何やらを持って入ってくる女性はそれは嬉しそうに笑っていた。
「どうぞどうぞー!」
幻治郎さんの横に座ってワクワクした顔で俺たちを見てくる。
「今日はどんなご用事?」
「え、えっとぉ…」
「呪物を拾ってくれたんだよ」
「まぁっ、守護者って相変わらず危ないもの触ってるねえ」
楽しそうにこちらを見て、幻治郎さんがサラッと呪物の話をすると大きなリアクションを取りつつも、こちらの理解を示してくれる。
「私の名前は玉藻、赤歳玉藻。よろしくね」
その笑みは何処か妖艶な、不思議な存在感を放っていた。
「神無蓮です」
各々が自己紹介を返せばうんうんと頷いて目を細める。
「今日は広大くんといい、漆黒さんといいよく来るねお客さん」
「んー、そういう日なのかもねえ」
ずずっと湯呑みを飲む幻治郎さんに、玉藻さんの口から出てきた二人の名前で固まる。
「まあいいか。ゆっくりしてね。お父さんも!あんまり詰めないでね!」
幻治郎さんの背中を軽く押す。微動だにしない肩を借りて立ち上がり、またねーと楽しげに去って行った玉藻さんと困った顔をする幻治郎さん。
「なんで俺が詰める前提なんだ…」
お茶を啜りつつ、改めて幻治郎さんを見る。
「玉藻…さんってかわいい方ですね」
「そうでしょ、かわいいんだよ。昔からガンガン俺に色々言ってくれる人なんだ」
「玉藻って、玉藻前の玉藻ですか?」
「漢字はそうだね。本人はいたって普通の人間だよ」
玉藻前ってなんだ…?るんの質問に疑問を抱きつつお菓子を手に取り煎餅を齧る。
小気味のいい音が響く。
『幻治郎〜、これは?』
突然火雷の声がして振り向くとアルバムを持つ火雷がいた。
「なんで火雷…いや、神様全員出てきてる…あれ、玉さんは?」
「玉さんは警察に出勤してるからいないんだよねえ」
「まあ、うちの家簡易版神域みたいになってるからなぁ、居心地いいんだろうね」
「やっぱり神域寄りなんじゃないですか!簡易版神域ってことは、日数が変わるとか!?」
文化祭の舞練習の時にあった、簡易版神域を思い出して朝梨が驚く。
「空気だけが神域と同じなんだよ。澄んでるでしょ?」
そういわれてみると、息がしやすい。
「だから神様にとっても居心地がいいんだよ。さっきいた狐、あれも管狐と言って狐の妖怪だ」
「へえ!」
「そのアルバムは、俺の小さい頃のやつだよ」
火雷と風伯が楽しげに見ている。どれどれと混ざると、確かに小さい頃の写真だ。
「幻治郎さん。人間だったんですねえ…」
「今も人間だよ、朝梨?」
「うわぁごめんなさい!」
るんは、そんな幻治郎さんと朝梨のやりとりを見つつ…アルバムに目を向けた。
「…あれ、これなんですか?」
「ん?ああ…それは、広大だね」
「広大さん、てことはお隣の方々が!」
「うん、あの子のご両親だよ」
「「「うわっ、そっくり〜!」」」
「そんなに…」
「目元はお父様似なんですねえ」
「目の色もだね」
「髪の色はお母様似か…」
『人間は似たものが生まれるから面白いね』
『なかなか不思議な生命体ですよねえ』
『まったくだな』
火雷、慧、風伯が思い思いに話す。
「お前らから見たらそりゃそうだろうけどなー、人間って似てるようで違うんだからな!」
「そうだそうだー!」
俺が言って、るんが同意をすると火雷と風伯は俺を見る。
慧はるんを見た。
なんだなんだ?二人で首を傾げると神様たちは何か優しげな目になる。
『確かに、似てるけど違うな』
『そうだねえ』
『ええ、全くですね』
「な、なんだよ…?」




