第140神 運命教
「…じゃあ、幻治郎さんはずっとこの数十年間、この機会を待ってたんですか」
「──一気に捕えるために?」
俺の言葉に幻治郎さんはまっすぐとこちらを見て頷いた。
「この、23年間ずっとね」
「早めに動けばここまで広がらないんじゃないか?そう思うだろう。だが、マガツヒの性質上一度広がってしまえば根絶は難しい」
「…裏切る可能性のある人たちを矯正することはできなかったんですか」
「できたやつもいたよ」
…よく見るとバツが付けられている数の方が多い。
この23年間の間幻治郎さんなりに矯正した人たちもいたということなのだろう。
「でも、世の中の人間は皆同じような考えを持つ奴らが集まる」
一枚の紙を見せられる。
『運命教』
「──運命教…?」
「運命は絶対であり、壊してはならない。が俺たちの信条だとしたらこいつらはその反対。運命は絶対じゃなくても良い。壊したって良い」
「何故なら、死んだ人間が生き返るから……そういう意思を持って作ってきた奴らだ」
「……なんですか…それ」
「この運命教、厄介なことに俺たち悪魔にも手を差し伸べてるんだそうだ。前の文化祭で悪魔の世界にしようと企んだ、アポロっていう悪魔なんだけどね。あいつを人間が誑かしたのさ」
「悪魔が誑かされるって…」
「あの子は頭が花畑だったからね。ちょろかったのさ…俺のために色んなことをしようとするくらいには、ね」
少し懐かしそうに。悲しそうに言ったアルバートさんに、ああ。もう居ないのか…。と気づく。
「…もしかしたら、天界に情報を流してるやつもいるかも知れない、魔界に手を伸ばしてるんだ、それくらいしたっておかしくないだろう?」
「だから、俺は幻治郎と手を組んだのさ」
「いっそ、この世界を壊しちゃおうか。ってね」
「ちょ、スケールがデカすぎませんか!?」
桃梛が焦り、朝梨が続ける。
「…死んだ人が生き返ることを望んでるってことは…もしかして、その人たち…」
「言いしれぬものを抱えているのかもね」
「…生き返らせる……」
鷺沼さんがポツリと呟く。幻治郎さんが鷺沼さんを一瞬だけ見た後すぐに全体に目を向けた。
「──願うことそのものは悪くない。変えたいと思う感情も出てきて当然だ」
「みんなそれぞれ、抱えてるものがある。守りたかった人や守れなかった人、救いたかった人も…いつの間にか居なかった人…守られた自分に悔しい思いを抱えていた人だって、居るだろうね」
「当たり前の感情だよ、何も悪くない。誰も、悪くないんだ……」
少しだけ静かな間が空く。
時計の針の音ともにアルバートさんが口を開けた。
「でも、裏切り者なんて名前をつけるくらいだ、君としては看過できなかったんだろう?」
幻治郎さんはそれに対して悩むそぶりもなく頷いた。
「…それを許してしまえば、輪廻が壊れるどころの話じゃないからね」
「…だめ、なんですかね?」
思わず、朝梨が呟く。視線を右往左往として言葉を選びながら、目を伏せた。
「…生き返らせることができる、力があるなら…輪廻が壊れたって…って、思っちゃいます、ね…」
「あ、いや!輪廻は壊れたらダメなんですけど!揺らいじゃうかもなー!って!」
慌てたように両手を振る朝梨に、俺は、天使に記録を見せられたのを思い出した。
人は…叶えられる力があるなら、何がなんでも自分のことなんて捨ててでも、願ってしまう。
……ハチスがそうであったように。俺だって父さんを生き返らせることができたら、嬉しい。
…でも。
「…生き返れた人はきっと嬉しいよね。未練なく死ぬことができた人がどれだけ居るのか…って話だもの」
桃梛はどこか、悲しそうに話す。
「一瞬でも生き返れたら嬉しいのかも…。私だったらきっと嬉しい」
朝梨を見て、手を握る。
「──でも、生き返れた人がみんな病気も何にもない身体で生き返るとは限らないじゃない?」
「……それは、そうだけど、でも…生き返ってくれたら…私は……」
「うん、…うん……。わかるよ朝梨ちゃん、私だってそう。おばあちゃんが生き返ったら嬉しいもん…」
「…うん」
幻治郎さんが頷いた声に、2人がハッとする。
「言っただろう、願うことは間違いじゃない。もしかしたら…と思うことも当たり前だよ。って」
「…じゃあ、俺たちが寝返っても、いいんですか」
鷺沼さんが、幻治郎さんに問う。幻治郎さんは鷺沼さんを見返した後に目を細めた。
「構わないよ」
「…俺たちを、信頼してないんですか…ッ!」
声を荒げた鷺沼さんに幻治郎さんはすぐに否定した。
「いいや」
「…違うよ。人として当然の感情を持っていて、その選択をしたことを俺は歪めるつもりはない」
「君たちがその誘惑に負けて向こうに立ったとして、俺がその感情を止める権利は一つもない。――あるとすれば、“守護者”として止めるだけだ」
「守護者としての役割はこの世界の物語たちの歪みを直すこと。
そこで消えていく魂だってある。
矛盾した思いを抱えたまま君たちがそちら側に行けるとは俺は思わない」
「…幻治郎さんはずっと感情と、私たちの意思を止めないんですね」
るんの言葉に幻治郎さんは、腕を組んだ。
「そこまで止めてしまったら、君たちはただの人形になっちゃうだろ」
「放任主義にも程があるんだぞ幻治郎」
「もし寝返った君たちが、“この俺”を止められると思ってるなら、話は別だけどね」
「止める気あるんじゃないか…」
「今は止められるだろ」
「君ってどこかズレてるんだよねえ〜」
「ズレてはないだろ……」
「ズレてるよ、自覚ないのが過去最高に悪いね」
「そこまでではない…だろ……」
「ちょっと不満そうにするのやめてくれないかい」
ふぅーー、と長い息を吐いた幻治郎さんは改めて俺たちを見た。
「まぁ、なんにせよそういう話だよ。こういう宗教がある。ってことは覚えといてほしい。そしてこの中には漆黒もいる、あいつが何を思ってそこにいるのかはわからないけど…俺には止められなかったね」
そう言って話を区切った幻治郎さんはお茶を一口飲んだ。
「さあ、帰りなさい…もう良い時間だよ」
18時を指した時計に、幻治郎さんは俺たちを小さな子どもだと思っているんだなぁ…とどうでも良い感情が浮かぶ。
◆
各々が執務室を出て、家に帰るために門に向かって行く。
「…運命かぁ…」
「うぅ…私信頼するって言った直後に…っ」
「いや、あれは朝梨ちゃん仕方ないと思うよ」
「私も同じこと思ったしねえ〜」
朝梨とるんと桃梛が話しながら歩いて行く。
なんなら、俺だって思った。
生き返らせる、方法があるならそっちに進むかもって。
でも、俺は。
「…俺は、生き返らせたいと思うことこそが、こっち側のエゴなのかも…って思っててさ」
パッと3人が俺を見た。一斉に見られるのってちょっとびっくりするな…。
「…だって桃梛が言うように、生き返った時に病気を抱えたままかもしんないし、もしかしたら未練なく死んだ人も本当にいるかもしれない。
そうじゃなくても、もう受け入れてる人だって居たかもしれないし…もちろん、かもしれない。って可能性の話なんだけど。
でもさ、生きてる側だから、生き返らせたいって…思ってるんだと思うんだよね」
「あー、なるほど…。生きてる側だから言えること、かぁ」
「供養とかも生きてる側が、前に進むためにやる。って言うしねえ」
「全部俺たちのエゴなんじゃないのかなぁ…なーんて!」
「いや、結構わかるかも」
桃梛が納得したように頷いた。
「私もそれに近い感情持ってたから」
桃梛の視線に、ああ、桃梛は俺と同じ感覚を持ってるんだなと、今更思う。
そういえば割とずっと近いところにいた気がする。
「考えたってどうしようもないし一旦帰ろう!」
「…とかなんとか言ってたのに悪い、トイレ行くから先帰ってて良いよ!」
「すご良いこと言ってたのにトイレとは…」
「わかったーまたね蓮くん」
「わるーい!」
急な催しは仕方ないと俺は思うわけですよ。
トイレのマークに駆け込み、すっきりした気持ちで外に出ると、眠花さんがいた。
「ヒョッ…み、眠花さん」
「あら…蓮くん」
ふわりと微笑む笑みにドキッとした。トイレなのに…。
「私と少しお話ししませんか?」
そう言って、眠花さんに誘われたのだった。




