第139神 信頼問答
裏切り者の衝撃で幻治郎さんが怪しいとか、なんか企んでるとかそんなものがすっぽ抜けてしまった。
俺たちを育成させるために悪魔との交戦をただ見てるだけなの意味わからんとか、産夢に毎日日課で行ってるのも何なんだとか、色々言いたいことがあったのに何よりも一番真っ先に思ってしまったことがあった。
「…幻治郎さんが、裏切り者である可能性はないんですか」
ただ気になった、その疑問を投げれば幻治郎さんはきょとんとして、アルバートさんは笑った。
ここまで来たらもうこれしかないだろ。もう裏切り者にしか見えねえよ俺には!
「アッハッハッハッハ!」
腰を曲げるくらいには腹を抱えて大きな口を開けたアルバートさんは俺に指を差した。
「いいね!蓮!その調子だ!」
すぐさまウキウキとした顔で幻治郎さんに向かってニヤニヤとしながら話しかける。
「幻治郎ぉ〜〜、君裏切ってないのかい?俺たちを」
それはもう嬉しそうに笑ったアルバートさんに幻治郎さんがチョップを入れる。
「あだっ」
幻治郎さんはその上で、俺の方を見る。
「その警戒と疑問は今後大切になってくる。これからも忘れてはならないよ」
「え、あ、はい」
「その上で言わせてもらうけど。信じなくても構わない」
「え?」
「今ソフィア様と契約したけど、俺が裏切る可能性だってあるし、裏切り者である可能性もある。そこは否定しない。
誰かから見たら、その思想が裏切りであることだってある」
頭を抑えながら、やれやれとため息をついたアルバートさんは幻治郎さんの後ろで腕を組んだ。
「視点は多様に持ったほうがいいねって話さ」
「俺から見たら幻治郎は怪しいし、でも君たちから見たら、俺の方が怪しいだろう?」
俺から見たら怪しい、と言いながら片手で幻治郎さんを差した。
幻治郎さんは苦笑いを浮かべる。
「…はい」
小さく頷けば、アルバートさんはまた笑う。
「君!本当に素直だねえ!君の前世を思い出すと笑ってしまうよ!」
「えぇ…?俺の前世ってそんななんかわかりにくいやつだったんですか…?」
「わかりにくいも何も!俺があんなこと言ったら、『いや?俺の方が怪しいだろ』とか返してたね!間違い無いよ!」
「話が脱線する、アルバート」
「…はぁ、わかったよ。まあ、俺から見ても幻治郎は間違いなく怪しい。ただ、この数十年ずっと、関わってきたからこそ言えることもあるよ」
アルバートさんは幻治郎さんの頭に肘を置き笑った。
幻治郎さんは嫌そうに顔を顰めるがそのままにしてやる。
「──こいつは、秩序を壊したがらない」
「要は、この国が壊れるところを見たいわけじゃないのさ」
その言葉に頷くでも、ただ事実を告げるように幻治郎さんは静かに言う。
「…俺は、この世界の秩序を守ってる。秩序を守ることはひいては身内を守ることにもなる。でも、その全てに危害が加えられそうになるなら、その根幹から壊す。それだけだよ」
赤い目が、俺たちを見る。その目はまるで、見透かすような目。
「俺にとってそれは、守護者も、政府も、変わらない」
圧に、息を呑む。赤歳幻治郎という男の存在に、呑まれる。
ふ、と視線を逸らされたことでようやく息がはけた。
「…俺は何より身内を大切にしてるだけだよ」
「君とハチスは似てるよねえ」
アルバートさんの言葉に幻治郎さんはそうかなと呟く
「俺は守る範囲が広いだけだ。あいつは極端に狭いだろ」
「いやいや、身内が死にかけたら神になるだろ君」
「そこまでの青さはもう持ち合わせてないな。同じ過ちは繰り返したくないんでね」
「それに、俺は神みたいに全部は見ない。見るのは、守るやつだけだ」
同じ最強でも、思想が違うのだと幻治郎さんは言う。
「──本当に、幻治郎さんは信じてもいいんですね」
朝梨が真剣な顔で幻治郎さんを見つめる。幻治郎さんは微笑んだ。
「それを決めるのは君たちだ。君たちがいなくても俺はやるけどね」
『…何をやる気ですか』
「秩序を壊したくはないから、制裁、かなぁ」
ソフィアが思わず呟く。
『…あの、温厚なあなたが?』
少し黙り込み目を瞑った幻治郎さんは、息を吐いて苦笑いを浮かべた。
「…いや、ごめん強がりました。できるわけないじゃないですか…。
話し合いくらいはさせてもらいますけどね」
へらりと幻治郎さんが笑う。
「…本当はやりたくないんだよ」
「炙り出しまでやったくせにね」
「仕方ないだろ気になったんだから。まぁ本当にそうだったとはなぁ」
「何者にもならないんだろう、君は」
「ならないよ、俺は人であり続ける」
「…わかりました」
幻治郎さんとアルバートさんの会話を朝梨が遮るように頷いた。
2人は朝梨を見た。
何か思うことがあったのか朝梨は立ち上がる。
「私は幻治郎さんを信じます」
「……今の信じる要素あった?」
「ありました」
朝梨はにっと笑う。
「だって、小心者、なんですよね?」
少し、瞠目した幻治郎さんは格好を崩して笑みを浮かべた。
「…こりゃまた、はは。助かるなぁ」
幻治郎さんはそう言って緩く目を細めた。
「……じゃあ、私からもいいですか?」
桃梛が今度は手を上げる。
幻治郎さんはそれを見て頷きつつ、苦笑いを浮かべた。
「なんか、俺に対しての信頼問答になってない?別に信頼しなくても…」
「いえ、信頼してるからこそ聞きたいんです」
「私たちにこのリストを見せた理由を聞きたい。私達が皆さんのいう、最初の守護者だから、ですか?」
強いけれど少し不安そうな桃梛の眼差しに幻治郎さんはその目を見つめ返す。
「いいや」
「…!」
「君たちとなら、狂わせられるかなぁと思っただけ、かな。最初の守護者とか特に考えてなかった」
「ああ、君真っ先にこの子達を名前にあげてたね」
「お前だって、いいねって言っただろ」
フッと桃梛が笑う。
「私も信じます」
「だって、あなたはずっと私たちを心配していたから。」
目を瞑り、桃梛が笑う。
「記憶の混濁に飲まれてた私を、引き上げてくれたのは、幻治郎さんなんで」
「…めちゃくちゃ信頼されてる?まずいな、胃が痛くなってきたぞ」
『小心者幻治郎ですねえ』
「やめてください、美夜様」
るんも「じゃあ私も私もー」と手を上げる。
「ああ、もうわかった。俺に対する信頼問答ね、一人ずつ聞くよ…いや、信頼されてる前提でこの問答するのは違う気がするけど…」
「私のことも、みんなのことも、知ってるんですよね…過去も、今のことも」
「…おおよそのことは、知ってるよ」
「…でも、言わないんですね」
「詰られたい?」
緩くるんが首を振る。
るんの過去に、何かがあったのだろうか。
幻治郎さんはそれを見るだけで止める。
「…言わないんですね」
もう一度、るんは言った。
「言わないよ、アレは君の選択だ」
るんは静かに目を瞑り、深く息を吐いた。
それは何かを飲み込んだように、深く、深く。
そうして少しだけ時間をおいて目を開けたるんは幻治郎さんを見て微笑む。
「────信じることにします、あなたを」
「信頼に値する話だったかな…?」
「私からしたら、それはもう!あなたが本当に秩序を大切にしてることはよく、わかりました」
「そうかい」
2人のやりとりを見て、俺は何を信じるかな…と一瞬考えて、ここまでの話を聞いたら答えは一つしかなかった。
「俺は信じてますよ」
俺の言葉に幻治郎さんは少しだけ驚き、俺を見た。
「…こりゃまた意外だ、最初に疑ってきたのはお前なのに」
「うん、まぁだからこそ、と言いますか」
「ふん?」
「俺にとって幻治郎さんは守護者の中で1番信頼できる大人です。得体の知れなさも1番ですね、アルバートさんよりも得体が知れない感じがして正直ゾワゾワします」
すぐさまアルバートさんが反応した。
「は?俺よりって何?魔王の俺より得体が知れないのおかしいよ君」
「こっちのセリフだわ、お前もっと得体の知れなさを醸し出せよ」
「そう、それです」
「ん?」
「アルバートさんよりも、魔王よりも得体の知れない人間がちっぽけな政府や根の国なんてものをわざわざ裏切る理由が思いつかない、ってのが理由ですかね」
「あとは、なんか…あなたは大丈夫。何となく、俺はそう思った。それだけです」
俺の中のハチスが、言っている気がした。
──彼ほど秩序を守ろうとする男は居ない。と。
「呆れた、ここにきて直感か…」
「なんか、こう…前世?の俺?かな?わかんないけど大丈夫って言ってる気がして…」
その事実に二人は驚く。
ハチスは今もなお蓮の中で生きている。
蓮としてもあまり、受け入れたくなさそうな顔だが、それでも前を向いていた。
「…そう」
幻治郎さんはそう言って視線を下げる。そんな中、1人、鷺沼さんが震える。
「俺は…俺は、あなたを信じきれない」
鷺沼さんは小さく呟く。幻治郎さんは頷いて、表情を変えずに鷺沼さん見る。
「それでいいよ、むしろここまで素直に信じてもらったことによる負担が今俺の胃にかかってるから」
「信じられないほうがいいって君ドMなのかい?」
「責任を持たされるのはきついんだよ」
「でも!」
鷺沼さんが大きな声で張り上げる。
「あなたを信じたい…ッ」
苦しそうに顔を歪ませる鷺沼さんは、いつもの管理者ではない。
今までお世話になってきた人への、信頼を向けたい、そんな葛藤のこもった声で、目で幻治郎さんを見る。
「もうすでにっ、信頼してる人が裏切ってる可能性が、ある。なんて事実を受け入れれるわけがない!」
「ああ」
「でもどちらを信じればいいのかも、今の俺には…わからないんです」
「それでいいよ、それがいい。広大。お前は自分が信じ切れるまで俺たち二人を疑い続けな」
幻治郎さんの真剣な顔に、鷺沼さんが息を呑んだ。
「…っ、俺、は」
「まだ、信じきらなくても、いいんですか」
苦しそうな顔で胸を抑える鷺沼さんに、幻治郎さんは脚を組み直す。
「何も別に今答えが欲しいわけじゃないし、そもそも俺は最初から言ってるよ。
なんか信頼問答みたいになったから、掠れちゃったけどさ。
信じなくても構わない。今日はこの名前の人たちを警戒しといて欲しい、と言う話をしにきただけだから」
鷺沼さんの顔が少し歪むが、小さく頷いたのを見て幻治郎さんは微笑む。
「お前の目で、俺たちを見極めてくれ。どちらが信頼に値するか、いや。どうでもいいか、お前が救いたいと思う方に手を伸ばせばいい。俺はそれを止めない」
「…っ…はいっ」
頷いた鷺沼さんを見て、部屋の空気が少し落ち着く。ホッとした空気が流れる。幻治郎さんも楽しそうな顔をしていて、少しは胃の痛みが治ったのではないかと思う。
「さて、このリストに書いてる人たち、何の裏切りか言ってなかったね」
「言われてみれば。何の裏切りですか?」
「国ですか?それとも政府?」
桃梛と朝梨の質問に幻治郎さんは首を横に振る。
「いいや、秩序の信頼だ」
「秩序の…?」
「産夢の枝が折れてる理由、秩序が崩壊した理由、マガツヒが蔓延ってる理由…」
幻治郎さんはそこで言葉を区切り、続ける。
「──マガツヒは俺たちの世代が一度完全消滅させた。それが23年前だよ。でもまだマガツヒが出てきている。」
「まだ、出てきてる理由は?」
俺の言葉に幻治郎は鋭いね、と笑う。
「マガツヒは、物語を反転させるウイルスにして、噂の概念」
「完全消滅のためにマガツヒの単語を出さないように箝口令を俺は出した」
「…今思えばなかなか、卑劣な手段だったのかもな」
そう言ってから声に少し落ち着きを見せて、ため息をついた。
「──でも、どうやらマガツヒを流してた側──要は敵だね。の残党がいた。
そいつらが少しずつ、少しずつ自分の回復と共に、マガツヒを再度流した。」
…とんでもない話を今、俺たちは聞かされている。
マガツヒの再流によるものこそが危険だと言う幻治郎さんは、それでいて冷静にかつそれを事実として受け止めた上で俺たちに言う。
「……その結果、今になって実を結び始めた」
「マガツヒの広がりって言う形でね」
「つまり、マガツヒを“もう一度広めた奴ら”がいるってことですか?」
るんの言葉に、幻治郎さんは頷いて、リストの紙を触る。その手つきはやけに慎重だ。
「これは、秩序を裏切った証拠になるわけだ」
「…どうして」
「マガツヒは、物語を反転させるもの。つまり、秩序の崩壊。────それらを願うものこそ、ここに書かれてる奴らってこと」
幻治郎さんは指を組み、顎をのせてこちらを見つめる。フッと微笑む。
「認識が形になる世界だからこそ、俺は君たちに黙ってたんだ」




