第138神 裏側リスト
「何を…か」
ふーむ。と顎に手を置き考えるその姿は、得体の知れないものと対峙した時の、七不思議でガイコツ先生を前にした、あの時に似たものを感じた。
目の前の人が、人であるのに、人でないような錯覚。
コツ、と靴の音。気づけば幻治郎さんの後ろにアルバートさんが立っていた。
「君すぐ意味深な感じにするの良くないんだぞ。」
「は?そんなつもりないんだけど」
「だとしたらタチが悪いだろ」
幻治郎さんとアルバートさんが軽口を交わす。
そんな二人に、聞きたいことが山ほどありすぎて、とにかく今はさっきの幻治郎さんが言っていた、悪魔と交戦していた時、何故見ていたかを聞き出さなければいけない。
るんが恐る恐ると言うように声をかける。
「…あの、見てたって」
「単純に俺、遠視が出来るんだよ。本当に見てただけ。」
「助けなかったのは…」
「必要だったから、というと語弊があるんだけど…蓮の言うように犠牲が必要だったからじゃない」
「悪いけど、君たちには成長してもらわないと困るんだ」
幻治郎さんは表情の変わらない顔で俺たちを見渡すように言う。その後ろにいるアルバートさんが両肩を軽く上げて、やれやれとため息をつく。
「hay、こいつが言うと何もかも意味深に聞こえるかもしれないけど本当にただ君たちを育成したかっただけなんだぞ。やってることはハードモードだけどね」
「それよりも、」
区切ったアルバートさんは、俺たちを見渡す。
外の生ぬるい風が吹き俺たちの間を通る。
小さく息を吸ったアルバートさんは改めて俺を見た。
「単刀直入に言わせてもらうよ。──この国の運命は今、狂ってる」
それに対してソフィアさんの目は鋭く幻治郎さんを見た。
『それは昔からわかっていたことですよね?』
緩く首を振り、ソフィアさんの言葉を否定した。
「いいや、そうじゃないんですよ、ソフィア様……。確かに、この世界────産夢がおかしいのはわかっていたことです」
「ただ、以前よりも秩序の崩壊を感じる。」
『…』
「気づきませんでしたか?神が生成される速度が遅くなっていることに。毎日のように作られていたのが一週間に一度になった。その代わり他の生き物たちの生成速度が速い。だから妖精が増えたんだ」
『!!それは…』
「代理でいるから気づかなかったか…」
幻治郎さんは視線を空中に向けたあと、静かにソフィアさんに視線を合わせた。
「俺は毎日の日課で見に行ってるんだけど、文化祭が始まる二週間前、枝が折られていた」
「え!?」
あの、産夢を日課!?漆黒さんでさえ2回しか行ってないって言ってたのに!?
その衝撃から抜け出せず、唖然としている俺たちを気にしてないのか幻治郎さんは椅子に深く座る。
「誰が持ち出したかはわからない。ただ、わかってることはある。アルバート」
「君の右腕じゃないんだぞ」
はい、と差し出された紙の束を手に取った幻治郎さんは俺たちを見る。
「お前たちは俺が信頼してるから、見せる。蓮、桃梛、るん、朝梨、広大。もちろん他の信頼してる奴らにも後で見せるけど」
「…この紙は、政府の裏切り者リストだ」
「は!!?」
この政府の根幹を揺るがす発言をした幻治郎さんに広大さんだけじゃない、ソフィアさんでさえ絶句した。
アルバートさんのみが飄々とした顔で幻治郎さんの肩を叩く。
「君ね、この子達にはもう少しストレートに話したほうがいいんだよ」
「なに?俺そんなわかりにくい?」
「遠回りに伝えすぎると何にもわからないだろ」
「えー、アルバートとと教育方針で喧嘩する日が来るとはなぁ」
「なんで俺が女房役なんだい!」
「嫌だよ俺も。俺にはちゃんと可愛い女房がいるからね」
「俺だって好きな子くらいいるよ!」
「ちょ、ちょっと二人ともどうでもいい喧嘩しないで俺たちのこの衝撃に対して!もっと言うことあるでしょ!なんですか!?裏切り者リストって!」
慌てて二人に声をかけると、幻治郎さんとアルバートさんはこっちを見る。
「……まあ君たちが驚くことなんて想定内だからね」
「わかってたことだしなぁ。聞きたいことがあるなら聞いていいよ。答えられない話もあるけどね」
『…なんで答えられないんですか?あなたは、何を握ってるんです』
ソフィアさんの目がどんどん鋭くなるのに、幻治郎さんは笑う。
「俺は本当に君たち神に盾をつくつもりはない。それに、そこまで警戒しなくていい。俺は本当に何も知らない。ただ、経験則で動いてるだけだ」
『ああ、あなたは…6000年もの記憶を保持してますもんね…いえ、もっと前からですかね』
「さあ、数えるのも疲れたからやめたよ」
『…そう、あなたたちはこの子達を裏切らないと約束しますか?秩序の神に、この私に』
「いいよ、誓おう。俺──赤歳幻治郎はこの子達を裏切らない。もし裏切ったら、の罰則でもつけときますか?」
『…いえ、そこまではやめておきましょう』
ピリッとした空気に誰も口を挟めず、そのやりとりを見守る。
大人の会話に、自分たちはまだ子どもなんだと気づく。
『…それで?裏切りリストとやらは、一体どういうものなんだ』
風伯がひょっこり出てくる。
「聞いてたんだ」
『鈴の中にいるからそりゃぁな。で?それは?』
「俺の考えてること、でしたよね?」
「これですよ、俺が考え続けて、ずっと見続けてきたものは…」
紙の束を机の上に置き、一枚一枚を捲るように触ったあと、俺たち全員に見えるように紙を向けた。
「俺の23年、待ち続けた────大きな魚だよ」
俺たちは一枚一枚捲っていく。バツがついてあるものから、知らない名前までが羅列してある。数はそんなに多くない。20人程度だ。
その中に、一つ見覚えのある名前があった。
「──これは、そんなはずが、ないでしょう」
鷺沼さんが唖然と呟き、その書いてある名前を見つめる。
それは、俺たちにとっても衝撃的なものだった。
「いいや…あいつは、変わらなかった」
幻治郎さんは重々しく口に出す。
リストに、羅列する名前の中に見知った名前をなぞる。
「だって、これは…この人は」
認めたくない、嫌だ。拒否するように、片手で顔を覆う鷺沼さんに、幻治郎さんは静かに目を伏せる。
その中にあった名前を見て──
一瞬、意味が理解できなかった。
だってさっきまで、俺に色々と教えてくれてた人だ。
市民を守るためにここにいると言っていた、人だ。
それなのに、
「漆黒さんが、裏切ってるなんて、そんなはず…」
たくさんの名前が書かれている中にある、『漆黒』の名前に執務室は静かになってしまう。
時計の針の音だけが、室内で響いた。




