第136神 記録は嘘をつかない
空を見上げて見るとあっという間に太陽は隠れ、いつの間にか周りは真っ暗闇だ。
息を吐き、改めて漆黒さんを見ると、ついた埃を払っていた。
「……どうやってここにきたのかに関しての答えをいただいてません」
「花雨が来たのさ」
「…花雨さんが?」
なぜ??首を傾げた俺に漆黒さんは目を細めたあと、自分の手元にあった杖をしまった。
「王母の依頼を受けたのだろう?」
それだけを言って俺の言葉を待つように黙った漆黒さんはもう一つ教えるように告げる。
「あの場に花雨は居たそうじゃないか。マガツヒが迷いの森で現れたことを聞いた花雨と王母が言いに来たんだ」
「……なんで…」
「わからないのかね?君のことをあの子たちは心配していた」
脳内に浮かぶ、緑の髪のクラゲヘアーの髪型をしていた花雨さんと真っ白で長い髪の毛のライラ様を思い出す。2人して慌てたような顔をしてそうだ。と思いつつ、漆黒さんの続く言葉に耳を傾けた。
「言っただろう、市民を守るためにここにいるのだと」
フリーマーケットに来ただけだったのにいつの間にかここまで来てしまった。俺からすると、とんでもないことばかり起きて辛いものが多くあった。
過去を見せられ、前世を見せられ、どれもこれも正しいものだと突きつけられた。
……それでも、俺は小さな平和を守りたかったんだと思い出せた。
ハチスという前世を受け入れることはできそうにない。あんな重たいもの、俺には持てない。
「…さて、迷いの森から抜けなければならない。ここは迷うぞ」
「…以前緑高でも同じような森に来たことがありましたけどそことはまた違うんですね」
「構造は似ているな。白刄と緑高が神無との架け橋がある地区だとした時、緑高の左隣から赤雷、カタルフ、東城、信善寺、中央、白刄となっている」
「神居も神無もなんかドーナツみたいな形してますもんね」
「そうだ。迷いの森と呼ばれるこの森は多くの人々を迷わせる森だ。おそらく緑高の森を、人々が迷いの森と勘違いしたのだろう」
似たものを勘違いする話は誰にでもあるが、天使からハチスはお前。と告げられ続けていた身としては、嫌いな言葉ランキング一位に入りそうだ。
「──迷いの森は、最も産夢と繋がっている場所だと言われている。
そして、死んだ人と出会えるという噂もある」
「…へえ」
「人も、生きとし生けるもの達も、死んでしまったものたちも迷ってしまうから、迷いの森という名前なんだ」
天使を倒した後、桃梛達を探しながら迷いの森を歩く。
「でもここに産夢があるわけではないんですよね?」
なんで繋がってるんだ?疑問をそのまま口に出すと漆黒さんはチラリとこちらを見た後方向を変えた。
「えっ、ど、どこに」
「君の疑問に答えてあげよう」
「へ」
「ここは、カタルフと赤雷の真ん中にある」
スタスタと歩きながら森の中を進む。
「い、一体どこにいくんですか、あの漆黒さん…」
迷いの森で、迷うという割にはかなり正確に歩いている気がする…。
歩き慣れているのか?
「────ここだ」
開けた森の先に、森の中にいたから少し眩しく思う。
眩しい?夜なのに?光源もなく、影がないのにも関わらず何かが光っている。
「え」
黄色の岩が立ち並ぶ。星の海を挟んだ向こう側に、無数の岩が立ち並んでいた。星の海の中で泳ぐ、白い魚と輝く星々に目がチカチカとする。
「…ここは」
「産夢だ」
「え!?産夢!?」
あんなに謎めいていると言われていた産夢を見せられて困惑する。
「迷いの森でも、早々たどり着ける者は居ない。そもそもこの中で迷うと一ヶ月は何もできないからな」
「…あなたはなんで、迷わずここまで来れたんですか」
「私は、何度もここを通っているからな」
「──そしてここは、“本来見るべきではない場所”だ」
「見るべきではない場所…?」
「守護者の中でも、産夢を見て死ぬことができた者は数少ない。見ずに済むなら見なくてもいい場所だからな」
「…それを、俺に見せた理由はなんですか」
「君とこの産夢は繋がりが深い。君も薄々自分の正体には気づいているだろう?」
「…」
漆黒さんが産夢を背中にこちらを見据える。
「──ハチス。それは君の前世にして、守護者制度を作ったものの名だ」
「…俺は、まだ自分の前世と折り合いがついてません、そもそもハチスが出てきたことないですし。俺は俺です。ハチスではない」
「ふ、君はそう答えを出すのか」
「まだ、ハチスと向き合うことが俺にはできません」
視線を返すと、漆黒さんは視線を逸らして産夢を見る。
「…そうか、それが君の答えなら私が強制することはできないな」
ホッと息を吐くと漆黒さんが指を指す。
「この海は、運命の断片にして、神の素となるものだ」
「え、そんな料理みたいな…?」
「あの魚達は運命が流転している、流れの中を泳ぐ」
「…運命の中を」
「産夢はこの岩の先に、本当の木がある」
こちらを見て漆黒さんは告げた。
「運命を司るに相応しい、大きな木こそが産夢の本体だ」
そういえば、神居を上から見た時にあったあの大きな木…あれが産夢だと初めて神居を上から見たときに、島崎さんが話していた。
「…そんな、大きな木に、ハチスは…」
「輪廻機構そのものに、よく書き換えたものだよ」
普通はできない、と漆黒さんにすら言われる。
「人間界だと、生命の樹…とも、世界樹とも、呼ばれているらしい。天使達はこの産夢を守るためにここに元々いたんだ」
「えっ…」
「今回、迷いの森での異変に天使が気づきマガツヒに感染。産夢という運命の記録を守る天使が感染したことで反転した」
「記録は正しいものしかない、守る必要はない。と変わってしまった」
「…あなたがなぜそれを知ってるんですか」
「見せられたかい?」
「…そりゃもう、悲壮なものも含めて…」
苦々しい顔をすると漆黒さんは腕を組む。
「天使はマガツヒに感染後は王母の元へと戻る。元の姿に戻ってね」
「あ、やっぱあの姿は偽物なんですか?」
「いいや、正しく本来の姿だ。記録だけでなく、自分の姿すら本来のものにしてしまう、それがマガツヒの怖さであり、天使達の誠実さなのかもしれないな」
産夢を見ながら、天使について語るその姿はとても不思議なものだ。
「…やっぱりあなたは行ったことがあるんですね」
「ああ、二度ほど」
「…二度も」
「一度目は、かなり鮮烈だったよ。産夢があることにも驚いたが────」
そこで言葉を区切った漆黒さんは産夢を見て笑みを浮かべた。
漆黒さんは、しばらく何も言わなかった。
ただ、産夢を見て──
「────私は神を見たんだ」
「…?神様?」
俺の言葉に返すことなく、漆黒さんが振り向く。
「さて、そろそろ篠倉さんを探そう」
「あ、はい…」
歩く漆黒さんの後ろを追いかけつつ、後ろを見るとそこにはもうただの森しかなかった。迷いの森、名前の通り一度たどり着いたとしても同じ場所に来れるとは限らない。
◆
あっさりと森から出る。外は相変わらず暗く、月が輝きを見せている。
「あ、蓮くん」
「あれ、るんと朝梨がいる」
「漆黒さんに連れられてさぁ〜」
えへへ、と二人が笑う。漆黒さんを見ると興味なさそうな顔を見せた。
「さて、報告に帰ろう。怪我はしていないね?」
「は、はい!」
くるりと振り向いた漆黒さんは妖精と戦う前に使った鉛筆をトンと空間に叩く。ぐにゃぐにゃと曲がる。
「私は用事がある。君たちで報告しに行きなさい」
「わかりました」
桃梛、朝梨、るんが通る。俺も行こうとすると漆黒さんに呼ばれる。
「神無くん、君は政府内で有名なことを知りたかったそうじゃないか」
「……俺の前世が関係してるって聞きました」
「ああ、その通りだ。私は君の気持ちも尊重したいとも。だが、そうだからと言って君の価値が変わるわけではない」
漆黒さんが楽しそうに笑う。
「これから先も君は前世がまとわりつくだろう」
「……政府は、俺の前世を知っていたんですね」
「当然だとも。君が生まれた瞬間から、守護者になる時まで。我々は君の前世がハチスだとわかっていた」
「君は、この世界の救世主にして災厄者だからな。神無蓮くん」
「は」
トン、と胸を押される。
次の瞬間、ぐにゃぐにゃと曲げられていた空間に背を向けて吸い込まれる。
言い逃げにも程があるだろ!
「うわっ」
胸の奥に何か引っかかったまま、背中から地面に落ちた。見上げた天井は白い。
「え、蓮くんどういう落ち方…」
「なんで背中から…?」
朝梨とるんに言われる。
痛い…背中が。
ゆっくりと立ち上がりながら、見渡すと机に資料を広げて座る、幻治郎さんとアルバートさんがそこにはいたのだった。
明日は断片を2本載せます!7時と17時です!
22時には通常通り本編が待ってます!




