第135神 記録は正しかった
「どうやってここに」
俺の言葉を遮るように天使が叫ぶ。
【ERROR】
俺の言葉を返すことなく、漆黒さんは明るい空を見上げて呟く。
「侵入者だから、ERROR、か」
姿は見えないのに、天使はそれだけを連続するように、吐き出すように機械的な音声を流してくる。
【ERROR】
【ERROR】
【ERROR】
【ERROR】
ずるりと、一つの目玉と、羽根に大量の目玉がついた、ナニカが現れる。
「えっ、きもちわる…」
「これが、天使の本来の姿だ」
「天使の本来の姿!?」
「あいつらは、正しいかどうかを判断するだけの観測者だ。」
今回、天使について詳しく知っているわけではない。ただ記録を見るものであること、守護者と同じように神を介していること。それは知っていた。
天使の人格や、物語を知ってるわけではないから、何が反転しているのかとんと見当もつかなかった。
正しいかどうかを判断するだけの観測者……言い得て妙だ。俺の…いや、ハチスの記録を延々と流してきたアレは、まさしく正しさを司る生き物だったのかもしれない。
「──今回、天使は何が反転したんですか」
チラリと視線だけよこした漆黒さんは告げる。
「……天使は本来記録を観測するもの。ただ見ているものだった。それが反転し、生まれたのは記録を操り正しい記録を見せること」
視線は一瞬で天使に戻され、力を蓄え始めた天使を見上げる。
「……見ている、が見なくなる、ではなく……見ていた、を見せる。に反転した。つまり、本来は”観測者”だったものが、“観測した記録を再生・改変する側”になったんだろう」
漆黒さんの言葉に違和感を覚える。
今までの敵は、もう少しだけわかりやすく、反転していたような、気がする。
…何かが、おかしい。
キィン────……
天使の目玉から集まる光源が大きくなっていく。漆黒さんが杖を叩いて、何かを呼ぶ。
「うるし」
漆黒さんの足元に3メートルはあるであろう、大きな白い虎がゆっくりと現れる。その背中には大きな羽がたたまれている。
「行けるか」
『構わない』
渋くて低い声が虎から聞こえてくる。えっ、神様の声しっっぶ!
羽を広げた虎が、天使を見据える。その横に立つ漆黒さんは杖を地面に突き刺したまま紡ぐように言葉を発した。
「我、漆黒の名の下に告げる」
「西を守り、秋を司る。」
木枯らしの如く紅葉が虎を囲うようにどこからともなく舞う。
「太陽よ、沈みたまえ」
明るい空に輝いていた、燦々とした太陽が雲に隠れていく。森の中は次第に暗くなり、その中で忽然と白く光る神の姿。
「白のシンボルを、我が手に。四神よ」
「我が杖に力を、賭けよ」
漆黒さんの足元にいた虎が丸い玉の光となり、杖に宿った。
杖の軋む音が聞こえてくる。
火雷がその様子を静かに見つめ、呟いた。
『白虎…』
「おや、ご存知か。流石は知識を有する、雷帝の番人」
『──あなた、神様を4体、契約しているの?』
火雷の言葉に、そういえば、と唖然と見る。
「そうだよ、私が」
「四神の契約者、漆黒だ」
漆黒さんの強さが、何故鷺沼さんに教えているのかがわかった。
この人は、格上だ。
漆黒さんが杖を縦に空に向かって振る。天使に斬撃が吹き飛んでいく。当然、天使はバリアを張った。
【攻撃を無効化します】
斬撃が吸収される。が、漆黒さんは淡々とした目で、天使を見る。
目の前の記録が消えてただの森になる。
「白虎は、能力じゃなくて、純粋な力なんだ」
悪いね。
その言葉を放つとともに、天使に向かって漆黒さんが飛んだ。とんでもない跳躍力を持って天使の前に出た。
右手に持った杖を前に突き刺す。
「マガツヒは、ここだろう」
【守ります】
ガッ!と音がして、強化されていたらしい杖が弾かれる。しかし続け様に漆黒さんが杖で殴っているのを見上げて、自分の鈴を触る。
「火雷」
『任せて』
雷を刀に纏わせる。ばちばちと音を立てる雷の音に安堵の息を吐く。いる。俺の神様たちはここに、いるんだ。
漆黒さんが天使に一つ蹴りを入れた後空中で一回転した後、華麗に地面に降りた。
砂煙を立てて降りた漆黒さんは杖をもう一度立てながら、ゆっくりと起き上がる。
俺は刀を構えて天使を見上げる。
「───俺だって守護者なんです」
漆黒さんの横に立つ。漆黒さんがこちらをチラリと見て、「それもそうだな、では指導しようか」と言われる。
「結構です!俺は、あいつをぶん殴りたいだけなんで!」
「なかなか、crazyだな」
「アルバートさんみたいなこと言いますね」
漆黒さんって意外とお茶目なんだな…と横目に右手と左手でしっかりと柄を握る。
【ERROR】
【無効化】
ジジッと目の前の記録がブレていく。ただの森がぐにゃぐにゃと歪み青い空が赤く染まった。
【反撃を開始します】
空の上に魔法陣が展開される。
「えっ」
「流石にでかいな」
杖をすぐさま突き立てた漆黒さんがまだ飛んでこない天使の攻撃を見ながら言葉を発した。
「我、漆黒の名の下に告げる。
冬を司り、北を守るモノ」
「安定を図り、壁を広げる」
「黒よ、我を守りたまえ」
漆黒さんが言い終わるのとほぼ同時にカッと光とともに俺たちに向かって光線が飛んでくる。
「うわっ!」
自分たちの周りから、黒い液体がぐるぐると回って、ドームを作る。
光線を弾き返した。
「おぉ…すげえ!」
思わず歓声を上げる。漆黒さんは「まだくるな」と呟いた。
【攻撃を開始します】
パパパパっ
魔法陣が10個ほど展開される。しかしすぐに打つのではなく、魔法陣に光が溜まっていく。
「光を集める時間があるのか?…とはいえ防げないと意味ないんだけど」
『できるよ、蓮。覚えてる?七不思議の時のこと』
「──あ」
大量の鏡を殲滅した。ただあの時は力が足りなくて倒れ込んでしまったが。
『昔の蓮じゃないから、できるよ』
…そうかな。宣言した、俺ならできるか?
…できるか。
いや、やる。
刀を握って、漆黒さんに目を向ける。
「…漆黒さん、俺があの魔法陣を壊します」
「ふむ」
「俺を守ってくれますか?」
漆黒さんを見ると、黒い目を細めて挑発的な表情で返された。
「──いいだろう」
頷いた漆黒さんを見てから柄を握りしめる。七不思議の、あの辛かった出来事を思い出すように目を瞑る。火雷が言っていた言葉は一回しかやっていないのに自然と口から出ていた。
「黄泉より来たりし稲妻よ」
ぶわりと風が吹く。
中心となる刀を構えているとバチバチと雷が刀の周りに響き始める。
前は、力が強すぎてブレていたが、今は少しだけコントロールできる。
魔法陣から、光線の力が集まる音がし出す。
「我が刃に大いなる力を」
刀に意識を集める。ばちばちと音が鳴り、刀に雷が纏う。
一際強く雷が噴き出る。
輝きが増し、黒い雷へと変化する。
「見えゆく全てに 記し給え」
ピピッと魔法陣の上に固定。
「さっさと死に去らせえ!」
刀を振る。
バツンと魔法陣の上に雷が落ち、発動を阻む。
ついでに、腹いせに雷を一つ本体に当てたのが効いたらしい。目玉がゆらゆらと揺れている。
【ERROR】
【ERROR】
【ERROR】
【ERROR】
【ERROR】
【ERROR】
【ERROR】
【ERROR】
【ERROR】
全ての魔法陣からerrorの音。
ふう、と力が少しだけ抜ける。前よりはできるようになったとはいえ、疲れるものは疲れる。
「──よくやった」
隣にいた漆黒さんが杖を地面に突き立てる。errorで混乱している天使に向かって漆黒さんは不動の態度で見据えた。
「我、漆黒の名の下に告げる」
「東を守り、春を象徴する」
漆黒さんの足元から、蒼龍が水を撒き散らしながら飛び出してくる。
「成功を約束し、勝利を我が手にもたらそう」
「さようならだ、天使くん」
次の瞬間、水を纏った杖を天使の目玉に突き刺すように、投げる。
龍のように飛んでいく杖が天使の目玉にあるマガツヒに当たる。
パキン──
いつもならここで、記憶の断片が見える。
なのに、何もなく、天使だけが音を立ててまるで機械のように目玉を上下左右に動かす。
【不快】
【不快】
【理解不能】
【感情はいりません】
【人が生きるのは何故ですか】
【あなた達のそれは記録でしかない】
【分かりません】
【コレが人類の求めた答えですか】
天使の無機質な声とぎょろぎょろ動くたくさんの目が漆黒さんに一点集まる。
漆黒さんはそんな気持ちの悪い光景を物ともせず、淡々と見返した。
「そんな大きな大義を我々は掲げていない」
「我々はただ」
「市民を守るためにここにいる」
天使の後ろに、漆黒さんが降り立つ。
天使は何かを呻くように声をあげ、【わからない】を繰り返しながら、消えていった。
あたりには静かな森が夕方の色を残してゆっくりとオレンジの光とともに現れた。
消えた天使を眺めながら、自分の考えていたことがようやく少しだけ実感できた気がした。
「──そうだ」
ぽつりと呟く声が自然と出た。
俺たちは、誰かを守るためにここにいる。
前世なんてまだ俺には関係ない。
ハチスが何をしたかなんて、今の俺には重すぎる。
だから──
「今は、いらない」
拳を握る。前世があるから守護者になったんじゃない。
俺は最初から、ずっと。
「小さな平和を守りたいから、守護者になったんだ」
オレンジの光で包まれた森は、本来の迷いの森へと戻っていたのだった。




