第134神 記録は罪を知らせる
[───わかりました]
頷いた神様は、黄土色の長い髪の毛を揺らして、ゆっくりと木の根本の辺りから姿を表した。その顔は、やはり黒くて見えない。
[は]
[あなたの願いを叶えましょう]
[……いい、の]
叶えてくれるのか。ああ、叶えてくれよ。神様なんだもんな、人を生き返らせることだってできるよな。
俺まで少し嬉しくなってしまう。
願ってはいけないことだとわかっていても、それでも、あの人たちが生き返るなら、喜んでしまった。
神様の声が静かに穏やかに、宣言する。
[その代わりあなたは未来永劫、何度生まれ変わろうとも不幸な人生に塗れます]
[………いい!いいよ、それくらい!]
喜色を見せて笑顔で頷くハチスに、神様は少しだけ黙り込み、心配そうな声色を見せた。
…何度生まれ変わろうとも不幸な人生に……?待て。待ってくれ。
[ハチス、あなたの人生はこれから、この運命を変えてしまった罪を償う人生になる]
[本当にいいの?]
あまりやりたくない選択肢を見せているようにも見えた。ハチスはそれに気づくことなく目先の願いを叶えてもらうように願った。
[いい!!俺はそれを抱える!!]
[………わかりました]
小さく息を吸った神様は、それでも凛とした声で告げる。
[あなたの願いを、叶えましょう]
神様が片手をあげる。人が1人入れるほどの…俺よりも高い扉が神様の背後に現れた。
と同時に村の人達の身体や家中に飛び散っていた血が消えていく。まさしく、神の技といえる。
眠るように寝転がっている村の人たちの寝息が聞こえてきて、ハチスも、俺も人知れず息を吐いた。
少し落ち着いてから景色が徐々に消えていく過程で、血溜まりも、村人も、ハチスも誰も彼もが記録であったことを示すように青々とした木々が緑の香りを揺らして風を吹かせる。
雨で少し湿気た草の香りに、ふと頭が冷静になってきた。
──俺は、この出来事を間違いなく知っている。
絵本なんて読んだことないのに、なんで。
自分の置かれている事実に目を瞑り、考え事をしてしまう。
すると今まで訂正しかしてこなかった無機質な声が聞こえてきた。
【あなたの記録です】
「………俺の、?」
重たいものが背中に乗るような、頭を強く叩かれるような衝撃が走る。
俺は、産夢を書き換えただけに留まらず、運命さえも変えたというのか。
その衝撃的な事実に、膝をついてしまう。
【あなたの罪です】
罪…?罪、ああ、確かにこれは罪だ。
【あなたは────ハチスです】
誰がそれを信じるんだよ。
確かに、俺は前世の話をした時に、もしかして俺なのか?って疑ったよ。
でも、俺がハチスだったら、なんなんだよ。
【あなたが背負うべき世界の罪状です】
「これは、ハチスの罪であって、俺の罪じゃない」
【最初に運命を変えて、全てを捻じ曲げた。この罪が、あなたの罪です】
顔を上げられず、だんだんと視線が地面へと向かう。
罪?それを、なんで俺に押し付けるんだ。
見た目が似てる?
天使なら改竄だってできるんだろどうせ。
「…知ってる、気がしてるだけだ」
あの夢だってそうだ。夢の神様が見せるなら、俺じゃない可能性だってあった。るんが前世を見る時は夢を見てからだって言ってたから、信じたけど、本当は間違いだったのかもしれない。地面に手をつき、項垂れてしまう。
無慈悲にも天使は抑揚のない声を森の中に響かせる。
【いいえ、あなたです】
「違う、」
【いいえ、あなたがハチスです】
「違う!!」
【いいえ、これはあなたの記録です】
「俺が、」
……俺は、コレを飲み込めない。
ハチスでありたくない。
【あなたがハチスだという根拠はあります】
「いらねえよ」
【あなたがハチスである根拠は】
「いらねえって言ってんだろ!!」
声を荒げて、強く目を瞑る。胸のあたりの服を掴む。
わかってる……。
…わかってたよ。
願いが叶って嬉しそうなハチスの顔を思い出す。
──俺かもな、そうだな。だって、見覚えがあった。幼い頃から何度も夢に見た、あの赤い海。同じ感情を抱いた。
お前がやらないなら俺が殺してやるよ、って思ったさ。喜んだよ、生き返るなら。って。
不幸な人生に塗れる────ああ、ハハッ………認めるしかない。
俺の前世は、ハチスだった。
「──だからなんだ」
天使を見据える、どこにいるかもわからない天使に向かって叫ぶ。
「ハチスは俺なのかもしれない」
「…でも、俺はハチスじゃない‼︎」
「ハチスの罪はハチスが受けるもので、今の俺には関係ない‼︎」
【いいえ、あります】
【あなたが最後まで背負うべきものです】
「…ッ、まだ、俺にはできない。罪を償うとか、世界を救うとか、そんな大きなこと、考えられない」
「俺はただ」
助けられなかった少女、助けられなかった家族。村の人たち。
「小さな幸せを、守りたいだけなんだ」
因縁とか、罪とか、そんなの正直どうだっていい。
そんな大きな事柄なんて、どうでもよくて、俺はただみんなを残して死にたくないし、みんなが笑ってるだけの平和を、守りたい。
立ち上がるために、両手をついて中腰だった姿勢から、グッと伸びるように足に力を入れた。
「───今の俺には……っ、ハチスを抱えることはできない」
拒絶じゃない、ただ分けさせてほしい。
お前の罪がデカすぎるんだよ、呑み込むには時間がかかるんだよ馬鹿。
立ち上がりながら、揺れる体に力が抜けていることがわかる。疲れた。何度も何度も見せられた人々の死に、救えなかった少女に。救えたかもしれない家族に。気づけたかもしれない事実に。その全てを突きつけた天使に疲れた。
「俺とあいつは同じようで違う」
胸に片手を当てて、息を吸い込む。
苦しい。苦しい。
ゆっくりと吐きながら、震える喉から声を出す。
「俺は俺だよ、何者かになんて、ならない────蓮だ」
俺の主張に対して、淡々とした天使の声。
【違います、あなたはハチスです】
全く人の主張を聞かない。自分の意見だけを言ってくる。記録が答えで、結果が全て。
結果は大事なのはわかるけど、人の主張くらい聞けよ。
「…ハチス、ハチスって」
体が震える。胸に当てた手で服を掴む。こめかみに筋が入ったような気がした。
いい加減にしろよボケ。
「記録しか見てねえような天使様達にゃわかんねえかなぁー!」
初めて怒りで体が震えた。こんなにも激しい怒りを知ったのは、初めてだった。
人は怒りが溢れると少しの涙が出るんだということも、同時に経験した。
──ばちばちと、背後から雷の音と優しい風の動き。髪の毛だけでなく目の前にある草木が揺れる。
言われなくても、わかった。火雷と風伯だ。
姿を現さない天使が、なおも何かを告げようとする。
しかし、その声を遮るように、背後で空気が弾けた。
振り向くより早く、光がこちらへ放たれる。
次の瞬間、強い風が巻き起こり、その光を弾き返した。
『蓮!!ようやく入れた!』
『蓮!何があったんだ!』
「火雷、風伯!どうやって…」
「遅くなってすまない」
火雷と風伯の後ろから、黒い髪の毛に全身真っ黒な男の人が現れた。
「──漆黒、さん」
「ここからは、私たち守護者が戦う番だろう?」
それは天使に対する宣戦布告だった。




