第133神 記録は真実を見せる
大雨が降る中、大人たちは雷雨を止めてくださいとお願いをしていた。
子どもはそれを後ろから眺めていた。
大人達の中に一人だけ、何もしていない子どもが、大きな木を見上げている。
[神様、あそぼ]
[もぉ、ハチス]
────ハチス……?
ハチスって、あの『ハチス伝説』の……。
俺の、前世である可能性が高い、あのハチス!?
顔は上手く見えない。黒くなっていて、わからない。ハチスの声と、神様の声だけが聞こえる。
[暇だもん]
現れた神は、どこか神々しい。顔が真っ黒になって見えない。
長い黄土色の髪なのはわかるが…。
[みーんな、俺のこと置いてさ〜、『雨止めて』なんてさ。ねえ神様雷止めてよ]
[……うん、もうすぐするよ、ほら、見てて]
ばちばちと音がした雷と雨がピタリと止まる。
ようやく村に太陽が現れた。
[さっすが神様!]
[そういや今日かくれんぼする約束しててさ、松兄と]
[あら、松くんが?いいね]
[でしょ!行ってくる!]
俺をすり抜けて、村の中へ駆け出したハチスを追いかける。
──まずい、ダメだ。
何故かそう思った。
「ダメだ!!」
声を張り上げて肩を掴めば、ハチスが振り返った。
【訂正します】
そうだ、これは記録だ。
パッと目の前の景色が先ほどのものと同じになる。
またハチスが走り出す。
俺はこれを何もできない。
──ダメなんだ。多分行ったらダメだ。
[──ハチス、かくれんぼしようか]
[やった!俺とっておきのところに隠れるからな!]
[それ言ったら俺たちわかるぞ?]
松兄と呼ばれていた男の人なのだろう。彼の顔はわからないが声が笑っている。ハチスの頭を撫でた。
[それじゃあ、数えるからな]
[まかせろ!]
隠れに行く子どもを見送り、大人達はホッとした息を吐いている。
[…良かった、この後来る災厄にあの子は巻き込まれない]
[俺たちでなんとか食い止めよう]
[それにしても…殺人犯が、来る、なんて本当だろうか]
[わからんが、神様が言うのだ。気をつけて損はない]
なにそれ、俺は知らないよ、そんなこと初めて知った。
だって、みんな何も言わなかったじゃんか。
何故か、そう思ってしまった。
俺は、ハチスに感情移入しているのか
◆
[ぎゃぁああ!助け]
人が、一人、二人、三人と倒れていく。
手を出したら訂正されるのはわかっている、でもこんなの、見てられない。
「俺が…!」
村人を庇うように前に出る。次の瞬間、体に衝撃が走った。
身体から流れる血が飛び散る。
【訂正します】
「ごふっ、う、ぁ…」
痛みは、あるのか。刺されたところから血が溢れる。
記録でも、そこは変わらないらしい。腹から出る血を抑えながら、男を見る。
気づけば、村人達は倒れ、真ん中に一人の男が笑って立っていた。
あいつ、あいつだ。
あいつを、殺さなければ。
男は次のところに向かうらしい。
離れた、俺の家。
「ダメだ」
「ダメだ、ダメだ」
「ダメだダメだダメだダメだ!そっちは!!」
──知ってる。
なんで知ってるんだ俺は、この記録を。
でもそっちは家族がいる。そんな気がする。
わからない、覚えてない。
走る景色が変わっていく。森を抜け、過ぎゆく景色がだんだんと濁り、空は曇る。
目の前にいる男の足は、人だと言うのに俊敏だ。
ああ、くそ、
待って。
待ってくれ。
やめて。
「やめろ!!!」
声を上げて伸ばした手は空を掴む。木造の家の扉を開けたその人間は高笑いをあげた。
家の中で男は刃物を振り回してこう叫んだ。
[これが正しい!これが正義なんだ!!黄泉の神様なんて祀ってるのが悪い!!そうだ!俺は悪くない、悪くないんだァ!!!]
母親の胸に包丁を刺した男は笑う。
気づけば、男を殴っていた。
殴ったらダメだとか、そんな倫理観がこの一瞬だけ、俺の中で消えてしまった。
壁に向かって吹き飛ぶ男。守護者になってから力がついたせいで、2メートルほども吹き飛んでしまった。壁にドンッと当たる音が室内に響き渡る。
人の重みを感じる音だ。殴った手を下ろして、初めての暴力に心臓がうるさい。
「…っ、ぁ……はぁ、はぁ、はぁ…」
……初めて人を殴った。こんなにも、鈍い音がするのか。
【訂正します】
そうだよな、訂正、されるよな…。
ここに来て、初めて訂正されることに安堵してしまう。…保身に走る気持ちに嫌気がさす。
長く息を吐いて、自分の拳を見る。世界が巻き戻っていく。
殴った手がジンジンと痛む。記録とはいえ人を殴ったから、しっかりとした感触があるリアリティに天使の趣味の悪さを実感する。
腹を抑えて、息を吐く。脂汗が額から顎に落ちていく。
……俺は…また家族が殺されるのをただ黙って見ないといけないのか。
「そんなこと…」
「──許されるわけないだろ!」
前世の家族であろうと、なんであろうと、俺の大切な人たちだ。
「大事な人たちなんだ!!」
声しか聞こえない。天使の姿はどこにもない。近くにあった木を声がする方に向かって投げてみるが、木が落ちるだけだ。
「どこにいるんだよ!!」
解決策も何もない。ただ映画の上映のように見せられる記録は、俺の心を折るには充分だった。
何も無い空に向かって叫ぶ俺に、無情にも天使はもう一度最初から、記録を再生した。
雨を降らせる。神様が雨を止めてくれる。
ハチスがかくれんぼをする。
………村の人たちが、躊躇いもなく殺されていく……。
犯人が走る背中を追いかけながら、何もできない自分に吐き気がする。神様がいなかったら、俺たち守護者は何もできない、ただの一般人に成り下がる。
だからこうして、また。
記録を見せられるんだ。
ほら。
────家族が、死んだ。
首が落ち、身体から滴り落ちる赤が、地面を染める。
海。
海。
赤い、海。
真ん中で笑っていた男は持っていた刃物を片手にふらふらと森を去っていく。
もはや、何をやっても訂正されることがわかっていたから自分の手を握りしめて我慢する。
ぼーっとその記録を眺めることに、なんの感情も浮かばなくなってきた頃、赤い海の上に立たされた。
[もういいよー?]
静かになった村の中、子どもの声が聞こえてくる。
[なんだよみんなしてさ]
流石に長すぎ〜。
少年が出てくる。
「…あっ」
振り返って手を伸ばす。
【訂正します】
無機質なその声に、俺は何度打ちのめされたかわからない。
また、殺される姿を見なければならないのか。
しかし、天使は途中から再生した。
ハチスが出てきて、泣き叫ぶ。
家族の元まで走り、絶叫を上げた。
[ぁあ、ぁあああ!!なんで!どうして!!!]
[だれだよ、誰なんだよ!!ぶち殺してやる!]
[ハチス]
神様の声。
[────******様、救ってくれよ]
ポツリと呟いた、ハチスは顔を伏せて、血だらけの海の中で項垂れる。
[……助けてくれよ]
[運命を壊すことはできないの]
[…っ、じゃあ俺にこれを!見過ごせって言うのか!]
[無理だよ、そんなの!!]と頭を振り回すハチスに、神様の顔が苦々しくなる。
[俺は、こんなの嫌だ…!こんな、酷いこと…っ、]
[生き返らせてよ、俺の大切な人たちを、運命を壊すことをしないだけでできるんだろ!?神様なんだからさぁ!]
それは、誰もが一度は経験する、死への恐怖と蘇生への渇望。
大切な人がもしも蘇ったら。
そんな願いを人は一度でも考える。
────ハチスは願ったんだ。
ハチス伝説でもあったように、彼は願った。
『みんなを、生き返らせてください』
と。
ただ、小さなその願いをハチスは声に出してしまったのだ。




