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守護の記録  作者: ツギハギ
天使編 正しい記録

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第131神 記録は赤い 桃梛side

 私の前世は酷いものだったらしい。


 栄養失調で、体も細い。ご飯だってまともに食べれなかったから、いつもゴミを漁っていた。靴なんてものはないから足元はいつも血だらけだった。服だって、適当にあった布を一枚巻いて、その辺に落ちてた服を着てた。


「…なんで忘れてたんだろう…」


 いつものようにウロウロしていたあの時、そうしてこの人に救われた。

 猫又の男は、小さな私を無視して歩いていく。

 小さな私が何度も猫又の男に手を伸ばしている。人混みだからか全く届いていない。


[……ぁ、まって…]


 ボサボサの黒い髪の毛は前まで垂れていて何も見えてない。視界も悪い、周りの視線も冷たい。そんなの気にせずに小さな私はその細い足で必死に歩いている。

 人混みにぶつかりながら、猫又の男になんとかついていく小さな私。

 猫又の男は、根が優しいようだ。舌打ちをしたかと思えば、こちらを振り向く。


 今の私とは視線が合わない。

 どうやら、介入するために私が動くとこの記録の人たちは私を認識するらしい。


[あ〜〜、もうこのノロマ!]


 口は汚いのに、小さな私を抱き上げるその手は慣れていて、ゆったりとした動作で脇に手を入れて猫又の男よりも高く掲げられる。


[そんなにチンタラしてたら、いつまで経っても俺の元まで来れないだろーが、あほ]


 見えなかった顔が、真っ黒だったあの顔が見えた。

 赤い目に、白い髪。猫の耳に、長い髪の毛とふわふわしたしっぽ。


 私と初めて、目を合わせてくれた人。


 初めて、私を『()』として見てくれた人。


 小さな私の長い前髪の中から見えた、その赤色の目に私は間違いなく、目を奪われた。それほど鮮烈で、焦がれるような色をしていたのだ。


[はぁぁぁー……]


 深いため息をついた後、猫又の男は小さな私を降ろす。その手を取って、繋いで歩幅を合わせて歩き始めた。繋がれたことで、足がもつれながらも猫又の男を見上げた。何があっても、目を離したくなかったから。


[お前、名前は?]

[ななし]

[そりゃ名がねえことだよ。他]

[くちなし?]

[………それも違う…そうやって呼ばれてたのか?]

[そう]


 無遠慮に、でも知らなかった言葉だからそのまま伝える私に、だんだんと苦い顔をする。


[…]


 歩いている横に、野菜売り場。桃やりんご、ほうれん草やじゃがいも。

 香ばしい匂いも香ってきた。


[……じゃあー名前は、桃ってのはどうだ?]


 美味そうだし。と付け加えられた言葉に、小さな私の耳は遠い。


[もも……な?]

[いや、桃だけだぞ?]

[…ももな…]


 きゅっ、と小さな手で猫又の男の人の手を握りながら、自分の名前を噛み締める。


[………]

[…はぁ]


 耳が少し垂れていたけど、仕方ないと言わんばかりに伝えられる。


[お前の名前、今日からももな、な]

[!うん!]


 フッと笑った猫又の男の人。始めて優しく笑ったその笑顔に、小さな私の胸は高鳴った。この人を知りたかった。この人が誰なのか、この人を私は、ずっとずっと探していた。

 だから、小さな私が口を開いたその言葉はようやく私の求めていた答えだった。


[…あなたは?]

[俺?俺はぁ〜色、しきだよ]


 その、懐かしい言葉に。

 懐かしい響きに、くすんでいた記憶が色鮮やかになっていく。


「…(しき)、さん…!」


 ぶわりと完全に全ての記憶が蘇る。


 そうだ────…。


 2人の後ろをついて行っていた足が止まる。六千年前、この時、この場所で…私は間違いなくあの人たちに救われた。

 ──そうだったね………どうして忘れてたんだろう…。



 七不思議で、アルバートさんに言われた言葉。

 呆れた顔で、でもどこか懐かしそうに呟いたその声と顔に、何んでそんな顔するんだこの人は…と思っていた。


 "すぐに抜刀するその癖、君の育て親にそっくりすぎないかい"


 彼は知っていた…!私の育て親が誰なのかを!


 現代で生きてる色さんに既視感があったのはそのせいだったんだ…。あの色さんは、生まれ変わり…。

 猫又の男の人と小さな私は、どこかの大きな神社に行く。


[とうさーん、拾い子〜]

[拾い子〜?また、暴れん坊将軍のお前が珍しい]

[うるせ]


 猫耳なんて生えていない、けれど同じ見た目をした男の人がひょっこり出てくる。

 小さな狐の神様たちがワラワラと足元で何かを言っている。


[色だ、色!おかえり!幻治郎がご飯用意してくれてるよ!]


「────あ、幻治郎、さんだ」


 アレは間違いなく、幻治郎さんだとわかる。

 そうだ。私はこの二人と、昔出会っていた。

 ぽつりと呟いた言葉に、"記録“であるはずの幻治郎さんと目が合う。


「え」

[おや]


 パチリと目を瞬いた幻治郎さんが、フッと笑って、目の前の『ももな』と色に話しかける。


[お前、その子、なかなか面白い子だな]

[え?何急に]

[その子は将来────]


 私の方を見ながら記録の中の幻治郎さんが、今でこそ見られない満面の笑顔で笑う。


[綺麗な神様に出会って強くなる。それから、とっても綺麗に育つだろうねえ]


 小さな私に向かって、幻治郎さんは何度も言っていた。ああ、うん……言われたことが、確かにあった。

 いつも、彼は私の髪の毛を解かす時、綺麗だなぁ、桃梛は綺麗だねえ。と言っていた。


「──ぁ」



 ぽろりと涙が溢れる。


【これは正しい記録です】


 天使の無機質な声と共に映像が切り替わり、元の森へと戻ってくる。溢れる涙が止まらなくて座り込んでしまった。


 正しい、記録。


 そうだ。これは、確かに、正しい記録だ。


 涙を拭いながら、嗚咽を殺すように泣く。

 しゃっくりが止まらない。


 それでも、救われた。


 私は色さんに命を救われた。


 幻治郎さんに、三度、救われた。


 前世で、一回、家で育ててくれた。


 今世で、記憶の混濁があった時に、救ってくれた。

 今、前世と今世の境目で、ただの記録で、けれどこれは真実だった。


 あの時の言葉が今、(未来)に返ってきている。


「あ、はは、」


 涙が止まらない

 両手で目から流れる涙の雨を拭う。


 こんな形で、救ったなんてあの人達は思わないんだろう。

 だって幻治郎さんは、誰かの道標になる人だ。


【ただの記録です】


 無機質な声に、さらに笑ってしまう。

 そうだよ、これはただの記録だよ。


 でも…。


「でも、私にとっては、かけがえのない思い出で、救いなの」


 それに救われた過去があって、今ここに私は立っているんだから。


「あなた達みたいな」


 強い、強い眼差しを思い出す。


 ……赤に救われた。


 私はこれから先何度もあの赤を思い出して、自分を奮い立たせるんだろう。


「感情のない生き物とは違うの」


 ────自分が最初に、守護者になった理由を思い出す。



 生まれや育ちを思い出すために、守護者になった。

 七不思議でアルバートさんにそう言ったように、ぽっかりと空いた無くした記憶を思い出すために守護者になった。



 思い出せたよ、あの時の小さな私。

 あなたは確かに、守護者になって、あの人たちのように誰かに手を差し伸べられる人になりたいから、強い力を得ることに抵抗が無かったんだよね。



 私も同じだよ。


 私ね、差し伸べられたあの赤がいつまでも忘れられないの。



 無機質な天使の声が森全体に響き渡るように、聞こえてくる。緑の木々が赤く点滅し始める。


【理解できません】

【理解できません】

【理解できません】

【ERROR】


 ピピッと音がしてから、すぐに【解読】と声が聞こえた。


【ERROR】


【人はなぜ、そうまでして生きるのですか】


 本来ならば、生きることを尊いと言う天使が混乱した声を上げる。

 天使って本当に機械みたい。AIって言われたことない?


「そりゃぁ」

「感情があって、過去があって、誰かに救われた未来があるから生きるんだよ」


 前を見据えて立ち上がるために腕に力を入れた。


 いつまで座ってるの私………立って。


 震える足に力を入れる。


 立って。


 立つの。


 ゆっくり、ゆっくりと立ち上がる。

 昔見た、長い前髪の向こうにあった赤い目。


 色さん、ありがとう私の命を救ってくれて。

 幻治郎さん、ありがとう。私を生かしてくれて。



 完全に立ち上がり、前を見据える。


 ────宣言してやる。



「私たちの記憶は、感情が付いてくるの。ただの記録じゃない」


「嫌なことがあって、死にたくなる時だってあるけどね、」


 息を吸って、吐きながら、どくどくとなり続ける心臓を落ち着かせるように、どこからか聞こえてくる天使に向かって叫ぶ。


「それでも、ボロボロになって死にかけていた私を見つけて、救ってもらった記憶があったの」

「あなた達のように記録だけ見て納得してる生き物とは違うんだから!」




 ──私が、今度は赤になる。

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