第16神 神がいない代償
災害に関する描写を含みます。
人によってはつらく感じる可能性がありますので、苦手な方はご注意ください。
────雨水市での大洪水発生。
神居のニュースは基本的に神無では見ない。が、この間島崎さんとRIRINを交換したことで情報が回ってくるようになった。
そこで知った事実。
【今日、雨水市で洪水があったんだよね。
ほらこの間亡くなった守護者、覚えてる?彼が元々押さえてたんだよ。
でも雨の神様の守護者が居なくなったことで20年ぶりに大災害。
てことで、蓮今日日曜日だよな?休み?任務入れれそう?】
任務…!戦うのじゃないけど!!人を守るという点では同じだ。
【行きます!でも、消防の人とかは?】
【いやー、消防じゃ抑えらんないからこっちに要請が入ったんだよね。
一応昨日の時点で他の水系の神様とそこの管掌以外の雨の神様で結託して洪水を止めてたんだけど、抑えらんないくらい水が溢れたみたい。】
「…神様でも抑えられないの?」
思わず出てきた疑問に、脳内で風伯が答えてくれた。風伯と火雷は今も神棚の中だが鈴を通して会話ができるとのことで最近は家ではずっとこんな感じだ。
『…この国の神は、それぞれの役割がある。特定の分野の神だ』
「特定の?」
『鷺沼が言っていただろう?管掌の話だよ。
件の神は"雨水市に司る雨の神"って決まってたんだろうな。だから雨水市の中では最強だったわけだ』
「…そうか」
『で、どうするんだ。任務、入れるんだろ?』
「返事はしたよ」
支給された和服は見事ピッタリ。
神居行きのチケットをまた買うとなると金がかかるが致し方ない。と思っていたのだが…
「……これが、幻治郎大先生の術…」
…これで、本当にいけるのか。
緊張と、期待の感情が入り混じり持っている紙に少し皺が寄る。
一枚のA4サイズのコピー用紙にただ、神居とデカデカと書かれた紙に、"出""入"の漢字が端に書かれている。それだけだ。
「これで神居の執務室にいつでも出入りできるって…本当に?」
朝、目が覚めたらこの紙が机の上に置いてあった。
赤歳幻治郎より、と書かれた手紙と共に送付されていたそれは、曰く────唱えるだけで移動できるもの。
というもので、合法的に金を使わずに移動できる手段を得たということだった。
もちろん、執務室を介することで遊びではなく任務限定なのもまあ、お察しなのだろう。
『幻治郎が歴代最強だと言われる所以はここにあるんだよ』
『特殊な紙やペンを必要としてない。書くだけ、行きたいと唱えるだけで移動できるようになる。これがこいつのおかしいところだな』
神からこいつはおかしいと太鼓判を押される人間っていう字面がもうおかしいもんな。
紙を床に敷いて、服に着替える。持っていくものをあれこれとしていたら火雷が笑う。
『私の貯蔵庫に入れてあげる』
許してくれた。
儀式が必要ないとはいえ、身体は勝手に背筋が伸びる。
「じゃぁ…、行くよ」
「神居へ」
光りが溢れ紙に引きずられる。
部屋の中には座布団だけが残っていた。
シュン、と音ともに執務室のソファに座る。
机に向かっていた鷺沼さんからの小さな、「うぉっ」という驚きの声に自分が執務室にいることを知った。
「あ、鷺沼さん!雨水市にはどうやっていけばいいですか!?」
「いや、お前その移動手段…まぁいいか、こっち来い」
机から出てきた鷺沼さんの元に向かうと鷺沼さんの足元に丸いなんらかの陣が広がる。
「え、っえっ」
「俺は幻治郎さんみたいな術は使えないが移動術くらいならできるんだよ、
雨水市の洪水災害の調査、及び被害の人命救助、頼んだぞ」
「!はい!行ってきます!」
しゅんっとまた音を立てて移動した蓮を鷺沼は眺める。
「…わざと執務室を介するように設計したなあの人…」
意外とお茶目なところがある幻治郎に、怨みがましい気持ちを向けつつもため息を鷺沼はつく。
「俺がいなかったらどうするつもりなんだいったい」
────着いた場所は雨が降り続けている、街の外。
白色の高い塀がぐるりと囲っていて、10メートルは越えているであろう高さだ。
その入り口では水を無理やり堰き止めている神と、その守護者や神主たちがそこにはいた。
島崎さんがそれを眺めつつ指示を飛ばしていた。
「島崎さん」
島崎さんに声をかけると満面の笑みを浮かべて俺を見てくれて、俺もまた嬉しくなる。
「おー、助かる蓮〜!」
島崎さんと春雨さんがいた。
春雨さんの服、よく見たらガバッと胸が空いていて目のやり場に困るな!?
見慣れた二人に安堵して近づくともう一人いる。
「竜胆さん!」
「人命救助で駆り出された口と見ました」
「…うるせえ」
嫌そうな顔でマスクを引き上げながらメガネを押し上げる猫背の竜胆さんは、そそくさとテントの方に戻って行った。
「他にも守護者の方はいるんですか?」
「いるよ、俺の先輩とか。でも向こうに行っちゃった」
向こう、と指を刺した先は建物が瓦礫でぐしゃぐしゃになっている場所。
雪崩のように土が削れ、雨はまだ降り続けている。
「…この堰き止めてる水は、大丈夫なんですか」
「いや、正直もうやばいからこれを一旦手を離す。もうすでに犠牲者が千人越えた」
「…せん、にん…?」
その規模と数に唖然と水の塊を見上げる。雨は降り続けたまま足元だけがどんどんと濡らしていく。
「これは春雨さんの神様が水を吸い上げる」
「私の神様は井戸と夏の神様なの。水も司ってるから、よろしくね!夏目!」
ブワッと空気が熱くなる。
夏の、気温だ。
雨が降っていたのに、ここだけなぜか夏の日差しを感じる、じんわりとした空気にパブロフの犬のように汗がじわりと溢れる。
「…夏日…」
夏の太陽を背に、薄い水色の髪をした男…女?が白い洋装とともに現れる。
春雨さんのマフラーを媒介にしているようで、神様を呼ぶときに胸元の紋様が光ったのを確かに見て、神様呼ぶと光るんか…と思わず思ってしまった。
「我、呱米の名の下に照らす。私に大いなる力を!」
現れた薙刀を一振り、一閃が夏日の熱のように熱く、ジュワッと音ともに洪水の水が蒸発した。
それと同時に入り口の扉を閉めた。
「うわぁ」
なんだ、意外と…大したことないのかもしれない、と不謹慎に思ってしまった直後。
「まだここは序の口だ」
他の大人の声にハッとして目を向ける。
「幻治郎さんは?!」
大人の声に他の大人が答える。
「あの人は別件で動いてる。すぐには来れない。俺たちがここを食い止めるぞ」
「…この中、というよりこの塀の上が本当の現場だよ、蓮」
塀の上に登るための階段を上がった先、塀の上に立つ。
────そも、雨水市は雨と水の都市。
家や道路を挟む道には、雨であふれた水を流せるように10メートルある深い溝を持つ街が、溢れるはずがない。
だから、本来ならあり得ないのだ。
崩れるはずのない高さの堤防、洪水で壊されないように高く作られている家屋が、ただのゴミのように雪崩を起こしているのは。
「いやぁぁあー!ままぁ!!」
「誰か助けてくれ!!じいちゃんが!」
たくさんの悲鳴、ざわめき、泣いている子どもや大人が水に浸かっていない屋上にいた。
堰き止めた水は蒸発したが、雨はまだ降り続けている。
変わらない雨の都市に自然災害の前では人間はあまりにも無力だった。
まるで海のように雨水が波を起こしている。
広かったであろう街の奥は瓦礫で埋まっていた。
屋上で取り残されている人たちを島崎さんや春雨さんが助けに行く。
俺も行こうとするものの道中に流されかけてる車を見つける。
中に人が助けを求める声。
咄嗟に手を伸ばす。
守護者になったからと言って腕力が増えたわけでもなんでもない。ただの人でしかない俺は自分の能力が水だと思い出す。
そうだ、俺には超能力がある!しかも水だ、助けられるかもしれない!
流されかけてる水を操り、引っ張る。水が手にあたり冷たい感触を覚える。
ぐんっと強く引っ張られた車は水飛沫と共に飛び出て、目の前にガシャンと音を立てて崩れ落ちる。中から血だらけの男の人が子どもを抱えて出てきた。
「ありがとうございます、ありがとうございます…!!」
泣きながら、両手を握られる。俺にも、誰かを救えたのか…。
「…っ、いえ!こちらこそ、早く手当を!竜胆さん!」
「こちらに救助者を運んでください。重症者は先に奥へ!」
俺の言葉に反応してくれたのか、偶然かなのかわからないが竜胆さんが誘導をし始める。
俺も次の救助者に向かおうと船に乗る。
土砂の汚れに塗れた茶色の水はまさに洪水被害の象徴と言えた。
「…これが、神の消えた代償…」
「火雷、雨を止めることはできないの?」
船で移動しながら自分の神に聞くが彼女は首を振った。
『できなくはない、でもここは元々雨が降る街。その運命を壊すことはできないの』
『俺たち神にも制限があるってことだよ、なんでもできるわけじゃない』
「神様って案外不便だな」
崩れている家屋を見ながら、思わずつぶやくと風伯は苦い顔をして笑う。
『守りたいものも守れないからな』
「助けて!」
塀の上に登っている少年や、老夫婦を助けて船で戻る。いろんな人を助けた、なぜだかそんな自分を誇らしく思える。
「やるじゃん蓮」
頑張ってんね、と島崎さんに肩をたたかれ、なんだか照れ臭いなと思いながら見ていると奥に少女がいた。
泳ぐ子どもを見つけて、手を伸ばす。
一瞬、子どもの手と自分の手が触れそうで、触れられなくて
「伸ばして!手を!!」
こちらも必死に伸ばして、あと少しで子どもの手を掴んだ。
引き上げる時、びちゃびちゃと水が飛び散るも、鼻やら目やらに入ったのか目を痛そうに擦るのは、10歳くらいの、小さな女の子だった。
「よかった、無事?」
「げほ、ぉえ、ぁ、ありがとう!助けてくれて、本当にありがとう!」
涙を流す子供にこちらもまたなぜか涙が流れそうになる。グッと堪えて、笑う。
「ううん、大丈夫だよ」
直後、波が起こり、呑まれる。
「うぇぁっ!?」
──ごぽっ…
視界が揺れる。メガネが水に浮かぶ。
瞑った目が土砂に塗れた水にしては痛みを感じないことに違和感を覚える。
ゆっくりと目を開けた。
水の中は不思議と綺麗で土砂に塗れていると思っていた表面とは違い、中は澄んでいた。
水の中に都市があるかのような、そう思わせるくらいには綺麗だった。
一瞬の出来事で、子どもの顔の周りで水の中なのに、風が吹き、俺の周りでも風が吹くことで息ができている。
『…雨水に降る雨が特殊なんだろうな』
この綺麗な空間を見て抱いた疑問を、簡単に風伯が答える。
『全く、人とはあまりにも無力な生き物だな』
ぶわりと風が吹き、周辺の水を飲み込むように渦を作った。
「へ、ぁ」
風伯の力だ。
小さな身体に制約がたくさんあるにもかかわらず、彼はどこまで行っても神なのだ。
子どもを抱えて竜胆さんの元に走る。
竜胆さんはチラリと横目で確認し、気を失っている少女の診察をする。
まだ、体温はあった、意識はなかったけど…。
………まだ大丈夫。
「…概ね救助はできたらしい、この都市は7千人住んでいる、そのうち、死者は2000人にも及んだ」
その言葉に呼吸が少しだけ止まる。
息が苦しくなる。
竜胆さんは目の前の少女の胸に聴診器を当て、手を広げ、蘇生の能力を使う。
──つまり、死んでいるのだ。
「この子は…、まだ息は」
「頑張ってはいる。が、どうだろうな…」
小さく呟く声に息を呑む。
大丈夫だと思っていても、もしかしたら。
なんて、ことはたくさんある。
「…俺たち人間ができることなんてたかが知れてる。神でさえ、洪水を防げない。自然災害に勝てるものなんてないんじゃねえか?」
はん、と鼻で笑う竜胆さんは、キツい言い方をしているがどこか無力な自分に呆れているような顔をしていた。
「これから、この洪水はどうするつもりなんでしょうか」
俺の疑問に、竜胆さんが固まる。
どうしたんだろう。と俺が口を開く前に、竜胆さんが静かな声で、悔しそうに呟く。
「…蓮、すまない。間に合わなかったらしい」
竜胆さんは目を伏せ、静かに下唇を噛む。
そうして竜胆さんは優しく、少女の頭を撫でた。
蘇生はその生命に一度きり。
過去に竜胆さんはこの少女を救ったことがあったらしい。
「────この子は、雨の守護者の娘さん、まなちゃんだ」
誕生日を、迎えたばかりの、小さな──ー。
「……はぁ、っ、!」
背中を丸める。
苦しい、苦しい、苦しい。
目の前が赤くなる、どうしてこんなに息がしにくいのか、なぜこんなに無力なのか。
助けることが、できたのに!!手を伸ばせたのに!
『…』
火雷が優しく背中をさする。
その優しさを初めて俺は憎いと思った。




