第15神 雨の葬儀
ザァァァア
雨が降る中、総勢100名以上の彼と縁のあった守護者が集まり、喪服────スーツに伏している。
清潔な心を持ち、故人に敬意を示すための白だ。
そんな白の喪服が一同立ち並ぶ中、黒のカーペットを敷いた道を棺を抱えた黒の喪服を着た葬儀屋と納棺士が歩いていく。
棺の上は真っ白なレースを被せられており、まるでウェディングドレスのベールのように床を垂らしている。
その手には蝋燭が何本もあり、これからの道のりが迷わないようにするためだと解説の人から聞いた。
雨の中、傘を差す。その中で黒髪の、先ほど見かけた女性──眠花さんと身長の高い男の人が顔を覆った白い布を被ってやってくる。
白のイメージが結婚式なせいで結婚式にしか見えないが、違うのだ。それとは反対の、死の色。
神居では白を着るのだとか。黒だと迷うからだと言われた。
「…迷う?」
「神居で生まれたものは、神居の産夢に還る。産夢への還り道は暗い。死んだばかりの霊魂は、迷いがちだからな。とくに守護者は、守護神がいるとはいえ道のりによく迷うんだ」
産夢って確か、島崎さんがさっき教えてくれた、神居の真ん中にある島…。
「だから、白を着る。お前の逝くべき道はこっちだって伝えるために。わかりやすく目立つ色なんだ」
「…目立つ色…か」
────白は、ウエディングドレスや、白無垢など結婚式や門出に着るイメージが強かったが、その話を聞くと、納得してしまった。
俺も死んだらそうなるのか、もう自分が死んだら…ばかりを想像してしまう。守護者になったばかりなのに自分の死について考えることがこの数時間で増えた。
棺の上には骨壷に、黒く長い紐が結ばれていて、余った紐は床を擦れるように落ちている。
進んだ先には白い布がかけられた机とその周りには灯された蝋燭、常世の花、月華、旅路の供となるミチロ草が生けられている。
白い机の上に棺を置き、葬儀屋の人がそばに置いてあったお香を手にする。
黄泉路鏡にむかって、一度、二度手を叩く。祈るように手を合わせ目を閉じる。
「黄泉への扉開かれり」
ボッと全ての火が消える。
葬儀屋としての本領がここで発揮される。
葬儀屋とは本来、棺の手配、住職の手配をし、棺に入れるところまでだ。
お経のようなものはそれこそ必要ないし、使わない。
ほぅ、と息を吐く。神聖な空気に背筋が伸びるが軽く鷺沼さんに背中を叩かれた。
「気楽にしてろとは言わんけどそこまで固くならんで良い。大丈夫、俺たちは見送るだけだから」
それは、友人に向けた最期の『行ってらっしゃい』という言葉だった。
鷺沼さんは何度その光景を見てきたんだろう。管理人としても、守護者の友人としても。
しかし、葬儀屋────極楽社は違う。
黒い髪の背の高い男の人──葬儀の人が静かなこの空間に声を出した。
「旅路を灯すはミチロ草」
ぱち、ぱちちッと草が小さく光を放つ。泡のように光と共に消え去るミチロ草は鏡の向こう側にある。
「香を辿った先にて黄泉の門」
畏み畏み。
深々とお辞儀をしながら胸に右手を当て、背中に左手を当てる。
葬儀の人が、最高の敬意を持ってお辞儀をすれば、お次は神への依代だったピアス。
死んでしまった神との辿り道を消すために祝詞を唱える。
『惟神の道は開かれた』
『これより来たるは、天高く昇る輪廻への道』
『最期の記録は記され、汝この名を持って終幕とす』
『──雨の管掌は死した。
惟神の道を閉ざされよ』
ギィイイと無いはずの空間から扉が閉まる音が響く。まるで、そこにあるかのように。
バタン。
『……これにより、守護の記録の契約を断ち切りとする』
全ての蝋燭が消え、外が暗くなる。
薄暗かった雲から雨が止み、やがて円を描くように空が見え始める。
日が差し、彼の骨が入った壺を照らす。
「────どうぞ、お手元の蝋燭を灯してください。
眠花」
呼ばれた女性────眠花の手には青い火が灯るランプ。
青い火が灯るランプがガランと揺れた。ランプの光ではなく、正真正銘青い炎だ。
ゆらり、ゆらりと揺れる炎をそのままにランプを骨壷の目の前に置く。
一人一人が立ち上がりランプに火を灯していく。
粛々と行われた葬儀に参加した俺は、思った。
人とは簡単に死ぬのだと。最後の弔いはこんなにも綺麗なものなのだと。
「────守護者になって早々に葬儀に参列してもらって悪いな」
「いえ、全然!」
守護課の執務室で鷺沼さんが困ったように笑う、近くにいた風伯と火雷は鈴に戻って休んでいる。
曰く、もとの大きさに戻ったことがかなり疲れたから休む。と一言言ってから戻ってしまった。
春雨さんと島崎さんは別の人と話に行き、今は鷺沼さんの横にいる、初めましての守護者────しかも大人の人、と乙女さんがいた。
「ようやったなぁ、守護者になって早々に葬儀に参列て…不幸なやっちゃな」
乙女さんの言葉に隣にいた白髪の男性が乙女さんを叱る。
「こら、乙女そんなこと言わないの」
「守護者にならんほうが良かったんちゃう?」
「乙女」
うぎゃっ、幻治郎さんやめて!と頭を鷲掴みされてぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられる乙女さんの姿に困惑する。
「彼は、赤歳幻治郎さん。俺のフォローを良くしてくれてるんだ」
「いやいや、本来は俺の役目だったのに引き受けたのは君だろうが。…よろしく、神無蓮くん」
「よ、よろしくお願いします!」
大人の守護者だ!本当にいるんだと人知れず感動する。乙女さんに「記憶戻って良かったなぁ」と赤い目でニヤリと笑われた。
ふと、あの空気の中、聞けなかったことを口に出す。
「そういや、葬儀に使われてたものたちってなんですか?」
「ミチロ草のことかな。アレは、道標だよ、死出の旅路に向けたモノだ。」
「死出の旅路に出たのは何も守護者だけじゃない、その守護者との契約を断ち切るために、神の世界を閉ざすことで契約が切れる」
「あの葬儀は契約を切る儀式でもある」
幻治郎さんの言葉に納得する。管理人じゃないと切れない契約は、正しくは生きてる時は管理人じゃないと切れない。
死んだ時は葬儀を行うことで契約を切ることができる、という二段構造なのだ。
幻治郎さんを見ると微笑みを浮かべていた。
「さあ、今日は疲れただろう。家に帰りなさい」
「え、でも何かこの後あるんじゃ?」
「いいや、この後は何にもないよ。俺はただ報告をしに。
あとは乙女と広大を連れ出しにきただけだからね」
「え、まだ書類が」「籠る予定が!」
ニコと笑った幻治郎さんは乙女さんを小脇に抱え出す。ぎゃっ!と叫ぶ乙女さんを無視する。
「さぁて、君も帰るように術式を発動しておいたから」
「え?」
人差し指と中指を立てて、幻治郎さんは自身のものと思われる、赤紫の鈴を鳴らす。
チリン
「急急如律令」
「え!?」
──シャンっと音ともに、世界が反転し気づけばいつもの自分の部屋の中にいた。
「……神居、なんでもありかよ」
『あいつは歴代最強の術使いだぞ』
『幻治郎に敵う守護者は今のところ見たことないね』
『初代守護者でも無理だ』
「そ、そんなに!?」
初代守護者って制度を作った天才なんじゃないの??それよりも強いってどういうこと…鷺沼さんよりも強いの??パワーバランスどうなってんだ…?
『神に愛され、人に愛された男だよ幻治郎は。小さい頃、黄泉竈食ひ…つまり神の領域でご飯食べちゃったらしくてそれで神様寄りになってるのに加えて元々術の才能があったからか、最強になっちゃったんだよねえ』
「強い白髪男性ってなんでこうもクセの強いことしかしないんだ…」
某漫画を思い出して苦笑いを浮かべる。
守れない命があるなら、せめて"覚えている"側でありたい。
時計を見る。もう夜の8時だ。明日は休みだしゆっくりできるといいんだけど。
「任務はいつくるんだろうなぁ」
『まだ服も支給されてないだろ』
「葬儀を見ると怖いなとは思うけど、でも俺やっぱ頑張りたい気持ちのが強いや」
『…私たちを救うためにも?』
「そ!辛いけどさ。自分で決めたことは最後までやりきりたいんだ」
『なら、良いんだけどね』
「幻治郎さん、今度俺に術教えてくれないかなぁー!」
ベッドで横たわりながらそうやって呟くが、風伯と火雷が呆れた顔をする。
『お前には無理だな、才能がない』
『ごめんね、蓮はどっちかというとパワータイプかも』
「浄化ですらないー?!風伯の風は浄化じゃんか!」
『アレは俺の力であってお前の力じゃないだろ、お前はどっちかというとパワータイプだ、諦めろ』
「まだ一回しか戦ってすらないのにすごい言われよう…なんか腑に落ちねえ」
わいのわいのと話しながら、今日の出来事を思い出す。
仮契約をして女子高生を救ってから本契約のためにすぐに神居に向かって、葬儀まで参列した。
これらの出来事がたったの2日で起こったことだと思う人がいるだろうか、壮絶すぎる2日だ。
誕生から死までを体験したとも言える。
俺は怖い、死ぬのも。目の前で誰かを失うのも。だからこそ、誰かを守ると決意したのだ。
何度だって自分の目的を心の中で声に出す。
────俺は、人を守るために守護者になったんだと。
執務室から蓮を強制転移した後の話。
鷺沼は管理人としてこの本を読まなければならない。本を開き記録されていることを確認する。
「…ああ、記録されてるな」
ペラリとページを捲る。
【雨の守護者 『******』
雨の管掌にして、雨水の土地を守る守護者。
16歳の頃、両親他界後すぐに守護者に選ばれ、神と共に政府で過ごす。
疫病神による大災害の救援、及び共闘し赤歳幻治郎他と共にマガツヒの完全制圧を行った。
雨水の守護を続けて5年ほどで、******──後の嫁と出会う。
夫婦となり、間に子どもを設ける。順風満帆な日々を過ごしていた。
神歴**年──────
────
──……
神歴***年 *月**日 14:20。
雨水市にてマガツヒ発生。異変に気づいた雨の守護者は家族に一言だけ伝え、現場にて対応。マガツヒの討伐に成功するも、相打ちとなり死亡。
雨の守護者と守護神は共に死での旅路に向かったため、雨水市の守護神が不在となる。
契約を断ち切り、守護の記録にて記す】
本を閉じ、細く長い息を吐いた。この本は本当に、なかなかなきついものがある。
「────広大、今日はお休みだよ。ほら、乙女もね」
「読み終えたん?ほんならもう行くで、幻治郎さんはほんまに言うこと聞かへんから」
幻治郎と小脇に抱えられたままの乙女が広大に声をかけた。
本をしまう。
棚ではない、誰か守護者がいなくなるとこうして執務室で突然本が開くのだ。そうして読み終わると勝手に消える。
意思とは別に、机の上にポツンと残される。俺しか開けない、『memory』と書かれただけの本。
守護者の死が記録されている、ページは増えるのに厚さの変わらない本だ。
…俺を可愛がって、くださった良い方だった。
────さようなら。またの輪廻をお待ちしております。




