第14神 守護者の最期の記録
重たい話が続きます。
「おい、急げ!道を開けろ!」
ガラガラとストレッチャーと人が慌ただしく走る音が神居政府で響く。
「血圧は」
「70/50、脈も25だ」
ショックを与えるぞ!雷担当!こい」
「はいよ!」
ばちんっと電気ショックを与える。人間の体がビクンッと揺れた。
「…脈戻りません!」
「酸素ぉ!」
慌ただしい状況に、神居政府に戻ってきた俺はなんだか胸騒ぎがした。
「誰かが、亡くなった、んですか?」
「…いや、今日はどこの部署も任務に出かけてないはずだが」
鷺沼さんの言葉に島崎さんと春雨さんそして俺は目を合わせる、何かおかしいことが起こってるんじゃないのか?
「鷺沼ぁ、お前の見てほしい新しい守護者って…あ?なんだこの騒ぎ」
聞き覚えのある声に思わず振り向くと、声の主も驚いた顔をして、すぐに納得したような、納得したくなかったような顔をした。
「…竜胆さん」
「君か、新しい守護者は。」
「…あの」
「いや、いい。君が守護者になる未来はなんとなくわかっていた」
「君のことは前見たが、パッと見た感じ変わりはなさそうだし、俺は行くぞ」
「竜胆さん、珍しいですねそうやって避けるの」
「もともと俺は人付き合いが得意じゃないんだよ、だからわざわざ離れた部署にいるのに…守護者ときたら…!」
わなわなと何か怒りがこもった手と声で怒りを表す。
「どいつもこいつも生傷絶えず死にかけてきやがって!」
「俺の能力が蘇生だからよかったけど、他のやつだったらとっくに死んでるんだぞ!?もうちょい自分の命大切にしろバカども」
「竜胆!いいところにー!」
「げ、小雪さん!」
ふわふわの髪に不思議な目の形をした薄い青の髪をした女性が、竜胆さんの腕をガッと掴む。
「いや、助かったあなたがいたら間違いなく!怪我人は助かる!ほら行くよ行くよ!」
「嫌だ!人が多い!俺は行きたくない!」
「関係ない関係ない」
小雪さんと呼ばれた女性は躊躇いなく竜胆さんを引きずって行った。
唖然と眺めていると、奥で慌しかった医療従事者の皆さんが今度は静かになる。
雷で電気ショックを与えていた人が被っていた帽子をグシャリと握りつぶしながら外し、項垂れる。まるで、祈るように胸に帽子を当てていた。
引きずられていった竜胆さんと小雪さんと呼ばれた人も出てきて、何か指示を飛ばしている。
なんだ、何があったんだ…?疑問を抱きながらもその光景を見る。
「あの、鷺沼代表」
小さな声が聞こえてきて、下を向くと、150センチほどの身長の、小柄な黒髪の女の人が立っていた。
鷺沼さんが反応する。
「ああ、来園さん」
「…本日、先ほどご臨終しました、守護者 雨の管掌の回収の件でお伺いしました」
ご臨終…?回収…?まさか、と鷺沼さんを見ると、目を伏せ、下唇を噛み締めていた。
島崎さんも、春雨さんも同じように目を伏せているのを見て、火雷と風伯の手を握る。
2人も無言で握り返してくれたのを感じて、黒髪の女性と鷺沼さんを見守る。
「…ああ、悪い。仕事の話だ。また今度な」
「失礼致します」
見えなかった顔がパッと見えるようになる。オレンジの大きな目が合う。
見開く目に、吸い込まれるように見返す。
「あ…新しい守護者の方…ですか」
「…はい、そうです」
鷺沼さんが俺を紹介する。
その間、彼女はずっと鷺沼さんの服の裾を握っていた。
そのことに少しだけ、ほんの少しだけなぜかもやつく心があったが、何を初対面なのに今そんな時じゃないだろと首を振る。
「それじゃあ、悪いなお前ら。来園さん行きましょう」
「…今後とも、よろしくお願いします」
二人が去っていく背中を眺めながら、ふぅ、とため息をついた。なぜこんなに緊張したのか。
「あの、さっきのってもしかして」
「運ばれてたの、守護者だったんだろうな」
ああ、やっぱり…。人が死んだという事実に気分が落ち込む。
自分は覚悟を決めて守護者になったが、それでもこうして目の前で死んだという事実はとても苦しい。
あれは、未来の自分だ。
「…あの来園さんの部署、葬儀屋なんだよ」
春雨さんの言葉に島崎さんと俺は驚く。
「守護課と連動してる政府お抱えの葬儀屋さん。」
通称 極楽社。
「守護者って、家族にも黙って契約するじゃん?しかも相手は人外ばっかり。
不思議な死に方をするから、そういう人たちは家族の元に遺体は戻らないの」
胸の鼓動が止まらない。心臓のバクバクとする音が脳に響くように聞こえる。
過緊張によるものだとわかっていても、だんだんと、守護者という存在の覚悟と意味に、引き締まる。
「体が半分喰われたら?そんな事態になった時、家族の元に返した時になんと伝えればいいのか難しいというのが現状でね」
歩きながら、守護課へ戻る道のりを歩く。
自分もまた、そうやって葬儀をされるのだろうか、家族にも伝えられず。ひっそりと、死ぬ。
「家族には、見つからなかったとだけ伝えて、こっちで遺体を処理、供養、葬儀を行うの。一回だけ参加したことあるけど、守護者って最期は守護神に死出の案内人をやってもらうんだってさ。だから、あれは神に捧げる儀式でもあったね。
守護者が神子だって、なんかわかる気がするよ」
守護者とは根の国の鍵にして、神子。
神の子、だから神子。
鍵とはよく言ったものだ。契約でも神が俺たちに捧げているようでその実俺たちの身を、神に捧げている。
「…生贄」
「きつい言い方をしたらそうだね、私の神様も、他の神様もそんなつもりはないんだろうけど。元の制度が生贄みたいなところから始まったから…名残だと思う」
「さて、暗い話はよそうか!今日は契約を終えたばっかだし執務室で書類だけ書いたら、帰っても大丈夫だと思うよ!」
にっこりと笑う春雨さんは、初めてお会いした時よりも、なぜか頼もしく見えた。
「任務はいつになるかなぁ」
「俺たち学生は基本的には放課後とか、土日とかに入れられるぞ。」
「じゃあ予定は鷺沼さんに渡したほうがいいのか」
「ああ、それは大丈夫。鷺沼のところには根の国全部の学校の年間予定表が手にあるからね」
「全部!?」
「個人的な予定は一応渡しておいたほうがいいとは思うけどね」
「シフト的なの作ってるのも鷺沼さんなんですか?」
「いや、そこは大人の守護者がフォローしてくれてるはず」
「鷺沼高校生だから、管理人とはいえやれることはほとんど大人がフォローしてると思うよ」
大人の守護者もいるのか…!
当たり前だが、学生しか会ってこなかったため、なんだか不思議な気持ちになる。
大人の守護者にも会ってみたい、自分もこれから守護者として強くなるためにも、誰かを守るためにも。
執務室で書類を書いてる途中、鷺沼さんが戻ってきて早々に春雨さん、島崎さん、俺に、
「葬儀を行う」とだけ伝えられる。
「…葬儀、俺はその方を知りませんけど良いんですか?参列しても」
「構わない、これは一種の儀式だ。守護者として戦ってくれた戦友に、これから担う君たちから、手向を送ってやってほしい」
「……わかりました」
はぁ、とため息をついた鷺沼さんは執務室のど真ん中にあるソファに腰を下ろして片手を額に当てる。
「まさか異変が起こって任務に向かってるとはな
…聞いてくれるか?あの人の話」
「聞きますよ」
島崎さんと春雨さん、それから俺たち三人が座る。火雷は俺の膝に乗り、その背もたれに風伯が静かに座って鷺沼さんを見る。
鷺沼さんは五人の視線を受け止めて、静かな声で吐き出した。
「目標に向かって、自分を犠牲にしがちな人だったんだ」
「…30代の男の人でな、早い時期に守護者として頑張ってくれた人だった。高校生の頃から、長く勤めてくれてて…俺がここに来た頃には中堅として活躍してたんだ」
「白刄の、雨水市、わかるか?あそこの雨の管掌をやってたんだ。
あそこは洪水が多いだろ、それを抑えてる人だった」
白刄と聞いて、島崎さんが頷く。
補足をするように俺に向かって島崎さんが教えてくれる。
「白刄は雨に関する名前が多くて、昔からよく雨が降る地域なんだ。特に雨水は、『雨』ってつくだけあってめちゃくちゃ洪水被害が多いんだよ」
へえ…どの市にもそのように区内の名前に意味があるようで、そういえば西城にもあったなと思い出す。
同時に、生きてた人の話を聞くと胸がザワザワとして悲しい気持ちになる。
先程まで血圧やら酸素やらと話していた、ストレッチャーに乗っていた人だと。
「…あの人はよく俺たちに飴をくれたよ、生きてた。昨日も話してな」
「『明日、娘の誕生日なんだ』って話してた。フラグを立てるのがうまい人ではあったけどこのフラグまではいらなかったな…。珍しく、娘さんと奥さんに、守護者であることを伝えてる人でもある。」
「…話しても良いんですね、守護者であることを」
「隠さなきゃいけない理由はこっちの都合だけで、話したいと思う人は家族や知人に話してるよ。」
「…ただ、理解の得難い仕事ではあるから、話すときは注意したほうがいい仕事内容ではあるんだ」
「そりゃ、そうですよね…」
「うん、だから、あの人も奥さんに伝えるときはかなり渋ってたけどな、はは……」
「今回、マガツヒに感染した神を止めるために向かって、相打ちになったらしい」
鷺沼さんはそこまで一区切りで話すと、静かに息を吐いた。
抑えられない感情を無理やり抑えるような、息の吐き方だった。
「………ありがとう、聞いてくれて。
最期にあの人の物語を誰かが覚えてくれているだけでも救いになる」
それ以降、鷺沼さんから言葉は出ず、ただ静寂が流れた。その沈黙は重く、どんよりとした、人の死を知った空気だ。喉が渇き、辛い気持ちになる。
ふと、窓の外を見ると雨粒が窓に当たっている。あんなにも晴れていたのに、嘘のように曇天の雲と、大粒の雨が神居を濡らしている。
『雨が降ってきたな』
風伯の淡々としたその言葉はこの場にいた人間全員の気持ちが少し重くなる一言だった。
そして俺は、この雨がただの天気では終わらないことを、まだ知らなかった。




