第13神 本契約
大きな和式の庭園に、1人立つ。
風雷は、少し遅れてくるとのこと。
それにしても…
「和服って着慣れない…!」
あれよあれよと着せ替えられ、着物に袴に羽織にと着せられた。
青い羽織の背中には大きな四角が重ねられてる模様が描かれている。
ピンクの花びらが吹き荒れる。
ヒラヒラと桃なのか、桜なのか、それとも違う花なのかはわからない。
でも、咲いていないのに何故かずっと吹き続けるその庭園はどこか神秘的で、不思議な空間だった。
外は青く晴れた、赤い太陽が一つ、俺たちの契約を見守っている。
庭園には池に、鯉と似たような魚が泳いでいて、赤い橋がかけられている。
奥の方にも建物から建物へ移動するための道が、赤い柱で統一されている。
庭に咲く花や木は全部見たことがない植物で、飛んでいる鳥も、見たことがない生き物。
ここは同じ国なのに違う島なのだと改めて気づく。
ふと、鈴がチリンと鳴った。
そわそわと落ち着かなかった体がその音でスッと背筋が伸びる。
来た。
────仮契約をした契印の右手が熱い。
ぶわりと先ほどよりも強く風が吹き、目の前にヒラヒラと落ちていたピンクの花びらが目をかする。
『蓮』
風伯の声に振り向く。
そこには見覚えのない青年。
白髪の髪に赤い目。
長く伸びた髪は一つに括っていて、俺より少しだけ身長が低い。
「え、風伯?」
驚きで固まる俺をよそに、横からバチバチと雷の音。
安心する、俺を守ってくれていた音。
横を見ると、黄土色の、長い髪を揺らして衣と雷を纏う女性がいた。でも、面影がある。
「え、まさか2人とも?て、いうか…服も、見たことない」
困ったように微笑む火雷と呆れたような顔をするおそらく風伯が、髪をグシャリと掻く。
『あー、根の国の統治神が…前俺たちに制約をかけた神が、少しの間だけ温情で戻してくれた。こっちが本当の姿だ』
『蓮、これは正装なの。契約の場のための服。神にだってあるんだよ、正装』
「そ、そうなんだ」
──場が、静まる。
俺たち以外にも見守ってくれている人たちが何人かいて、儀式のために色々とセッティングしてくれた心優しき人たちだ。
「何をやってるんだ奴らは」
そんな声も聞こえてくるが、お願いだから待ってほしい。少しだけ深呼吸。
吸って、吐いて、吸う。
それから、風伯と火雷を見る。
姿が変わっても俺を心配する姿も、丁寧に説明してくれるところも、その、優しい表情も変わらない。
「あ、あのさ、俺弱いからお前らに守ってもらってたじゃん?そのこと、改めてお礼言わせて。
その……ありがとう!」
『そんなこと今更で』
風伯の言葉を遮るように叫ぶ。
「だから!」
風伯と火雷を見ると、二人の顔はとても真剣で、でもまだ俺のことを心配そうに見ている。
今まで見守って、守ってくれててありがとう。
きっと俺がしんどい時も、ずっと見守ってくれてたんだよな。
ありがとう、ずっと、ずっと。
だから、俺は、俺はね。二人とも。
色んな感情がせめぎ合い、そろりと顔を上げる。
きっと情けない顔をしてる。
でも言わなければ。
これは俺にとっても一つの決心だから。
「今度は、俺がお前らも守りたい」
「だめ、かな」
少し、弱気な気持ちになって最後の方は声が萎んでしまう。
こんな宣言みたいなことしてるのに俺これから大丈夫かな、と自分のことながら心配する。
『あなたが、私たちを救うというの?』
火雷の普段とは違う二人称、それは"俺"に聞いてるようで俺と言うモノを通して"人間“に聞いている気がした。
だから、俺は答える。
人間代表として、俺がお前らの人間だから。
「俺は救うよ!地の底にいても何度だって手を拾う!
お前らが欠陥品だとか俺には関係ない、
お前らは…っ」
息を吸って、2人に届くように伝える。
「──俺の神様だ。
俺の神様を、俺が救わなくて誰が拾うんだよ」
そうやって笑えば、火雷の目が、揺れた。
その奥で、何かがほどけるのが見えた気がした。
(あっ、綺麗だ)
俺の言葉は確かに火雷に届いた。
風が吹く。
風伯は静かに俺を見つめる。
赤い目が、俺を射抜き、目を閉じて、またゆっくりと目を開けた。
本当に覚悟を決めてくれた、そんな笑みを俺に向ける。
風伯と火雷が俺の正面に立つ。俺は赤い橋を背にして2人を見る。
『天帝より命を受けて、我らは契約の儀を捧げ、正式に汝を守護者に迎える。』
2人が急に膝をつく。
そんな神の姿に思わず戸惑う。
「え、なんで膝なんかついて」
『我ら神が、汝の名を守護に記す』
『風神が1柱、風志那都ノ伯神および、』
『雷神が1柱、火雷ノ大神が、
神子 神無蓮に誓約を宣言する』
太陽の光が俺たちを照らす。この後に俺は何を言えばいいかなんてわからない。
わからなかったはずなのに、自分の口はその『言葉』をまるで知っているかのように動いた。
「我、風雷の神子、蓮の名を持って」
「風雷の誓約を承認する」
右手の甲が熱くなる。
パッと見れば、仮契約とは違う形の契印が右手に広がる。前よりも、はっきりと。
立ち上がりながら近づく2人に顔を向ける。
『手に違和感でもあるか?』
「…うん」
『それは守護者と守護神である証の契印が呼応してる証拠だ』
「呼応?」
『まぁ、要は契約書のサインみたいなもんだよ』
「へえ…」
『守護者は天命によって定められてるの。契約紋は痛くないから』
火雷が微笑みながら右手を触る。同じように風伯もまた手を重ねてきた。
『安心して、蓮』
『契約は、一瞬だ』
2人が目を合わせるように伝えてくるので目を見れば、2人の目に、何かの紋が描かれる。
思わず見入っていれば握られている右手がばちばちと音を立てる。
雷に対する痛みはないが、黒いナニカが右手を這う。
ゾワゾワと背筋に走る感覚を覚えた直後に、這っていったものが右手に到達し、今度は痺れるような痛み。
「ぅあ」
顔を覆うな、と小さく風伯に囁かれたまま、我慢していると右手の甲にばちんっと音ともに紋が────焼きつくように描かれた。
『はい!おしまい!』
『ふぅ、久しぶりにやったから疲れるな』
『あら、あなた。歳かしら?』
『バカ言うな、お前よりは年下でもそんなにいってない』
『あなた?』
『なんでもない、悪かった。火雷、雷を治めろお前の本気はまずい!あっ…』
風が解けるように2人の輪郭が揺れる。ぽんっと2人の姿が元の少女と少年に戻る。
『残念』
『よかった…本当に助かった』
そんな2人の掛け合いを見て、本当にあの2人があの大人の姿だったのか…と驚く。
唖然としていると奥からカランコロンと下駄の鳴る音がした。
「素質があったようで何よりだ」
鷺沼さんと、たぬきの耳の…そうだ。
「春雨さん…」
「おお、思い出したねえ」
春雨さんにそう笑顔を向けられる。
ああ、家族の名前も顔も、友人達の姿も思い出せる。
ついでに誤認逮捕前の記憶もなぜか思い出した…。
「…やっぱただ散歩してただけだった…」
ただ、頭を打ちつける寸前、二人の後ろに白い人がいた気がする。
────記憶を失う前の、記憶。
……何にせよ、よかった、本当によかった…。
ぽろりと涙が溢れる。ぽんぽんと鷺沼さんと春雨さんに慰められた。
「膝はついて首を垂れることはできるのは、守護者と統治神だけだ。
だからお前は間違いなく、あいつらの守護者だよ」
「守護者の素質って?」
「風雷に会う3日前に風雷と同じ性質の夢を見なかったか?」
「………あ」
"雷と風の夢を見るんです"
"守られてるんだろうな、ちゃんと"
「…見ました」
3日前から、ずっと…。
竜胆さんは、知っていたのか。そのことを。
鷺沼さんが微笑む。
「それが、守護者の素質だ。
天命により決められた神と人は出会う前に夢を見せられる。例えば水の神なら水の夢を人間が見る。」
「…な、るほど…」
「お前はもしかしたら守護者になる運命だったのかもしれないな」
「選択はできるんですか?」
「できるよ。一度行った契約も取り消せる。生きてるうちに取り消せるのは管理者である俺だけだがな」
「…へえ」
「じゃあ一回部屋に戻るか。人間側の契約書類と、申請書もいるからな」
背中を押され、慌てて前に進む。
目の前から来た大地さんが笑顔を向けてくれる。
「ようこそ!守護者入り!俺のが少し先輩だな、よろしく後輩!」
鷺沼さんと春雨さんが後ろで微笑ましそうに眺めている。俺は今日から守護者になって人や神を救うんだ!
「それにしても神様2人と契約はすごいね!鷺沼くんもだけど、もしかしてすごい子なんじゃない?」
「…ああ、大物だろうよ」
薄い緑の髪を揺らして春雨が、あーあ、と腕を組んでため息をつく。
「マガツヒの光と似てたから誤認逮捕しちゃったんだなぁ」
「風伯様と火雷様が潜んでたんだろうな、神の光とマガツヒの光は似てるから」
風で揺れる金の髪を眺めて、春雨は自分の薄い緑の髪の毛を触る。
鷺沼の言葉に春雨もまた頷いた。
「そう!蓮くんは、風伯様と火雷様が潜んでたから間違えたの」
「…生きた人間はマガツヒにならないぞ」
春雨は困ったように眉を下げた。
「生きてるか死んでるかなんて見分けがつかなくてわからないよ」
春雨の言葉に、確かになぁと納得する。
何も全員が生前のように酷い見た目なわけではない。
「…死んでしまった人間はマガツヒになるって最近報告が上がってる」
「マガツヒも変異してきたのかもね」
「…ああ。西城の管掌に、七不思議の任務に行かせてるんだがなかなか尻尾が掴めないらしい」
「あれま。あの子去年から頑張ってるんでしょ?」
「…もう少しで攻略できそうではあるらしいんだが…」
蓮が契約したからといって、守護者の戦力は増えたが、それがどうした。戦況が変わったわけじゃない。
鷺沼は青い空を見上げる。吹き続けるピンクの花弁を一枚捕まえる。
(…こうやって簡単に、花弁を捕まえるように、マガツヒも捕まえることができれば、俺たち守護者は苦労しないんだがな)
パッと花弁から手を離す。
────空へと飛び立つ花弁を見上げてこれからの未来に鷺沼は思いを馳せた。




