第12神 契約前
霧の中は静寂で、自分の息が反響するような感覚。手に残る火雷の感触だけが今自分が1人じゃないことの証明だった。
(これから、守護者になったら毎回ここ通るのか…)
ちょっと嫌だなと思った気持ちを胸にもう一歩進む。開けた先に大きな鳥居。
門よりは小さいので20メートルほどだ。それでも大きいが。
その下に風伯と島崎さんが立って何かを話していた。
『…頼んだ』
「了解しました。あ、蓮。ようこそー!神居政府へー!」
ぱんぱかぱーんと謎の効果音付きで守護課と書かれた門の前で両手を広げた島崎さんは、今度はさあさあと背中を押してきた。
「記憶はどう?」
「もう、同級生の名前が…わかんなくて」
「うんうん、順番に名前を忘れるんだ。
最初に会った人、最後に会った人──そうやって消えていく。
俺と離れたら、次は俺だ。
それが仮契約の代償。」
「これは本契約をすることで戻ってくる」
「ほ、本当ですか?」
「もちろん。さあ、この中に代表がいるから行くぞ。お前の記憶を取り戻しに」
門の中は何も見えない、あの神間橋と同じ構造だ。
ポンっと押された背中に足が出る。
なにやら通り抜ける時の感覚がして目を閉じる。
開くと、執務室が広がっていた。
「…お、おぉ…」
「入る時はノックしろっていつもいってるだろ、大地」
「すいません、鷺沼先輩!蓮が来てくれましたよ」
「は??」
部屋の1番奥に座って紙に埋もれていた、金髪の人が顔を上げる。
「…お前はやると思ったよ…」
右手を見て何やらため息をつかれ、勝手に何かを言われた。
チラリと風伯と火雷を見た金髪の人──鷺沼先輩と呼ばれ彼に風雷が首を振る
「はぁ、わかった。うん……こっち来い」
一歩入った室内は大理石のような艶やかな白いタイル、地面から天井までが高く、4メートルほどある。
左右には大量の本が詰まっている棚が埋め込み式になっている。
足元に赤いカーペットが縦に鷺沼さん?の机まで伸びていて、鷺沼さんのところの少し中央に談話用のソファと机がある。
歩きながら、鷺沼さんの前までくる。風雷も横についてきてくれた。
「俺の名前は覚えてるか?」
「…それが全く…感情も、薄くなってるんですかね、なんかあんまり実感が沸かなくて」
だろうな。と小さく呟いた目の前の男の人は挨拶をしてくれた。
「俺は鷺沼広大、守護者を管轄してる。
それで、何をやりたいかはわかるが、一応聞いておく。その手は仮契約をしたんだな?」
「あ…はい、なので本契約をしたくて今日ここにきました」
「…はぁー、書類やら何やら本来ならあるんだが。守護者とは何かを教えてる余裕はなさそうだな」
「そうなんですよ!蓮、もう家族の名前も忘れてきたみたいで…」
「わかった。じゃあ本契約のためにこれだけは覚えておいてくれ」
鷺沼さんが座ったままこちらを見上げながら真剣な眼差しで言う。
「俺たち守護者は根の国の鍵にして、神子だ。」
「鍵?」
俺の小さな疑問にスッと答えてくれた鷺沼さんは苦笑いを浮かべて答えてくれた。
「神は管掌──役割がある。守護者はこの役割を担う、鍵でもあるんだ」
「命の危険に晒される任務もある。
泣き言を言っても助けてくれないことだってある。
それでもお前は、守護者をやりたいのか?」
一拍、静寂の後、静かに鷺沼さんが息を吐く。
────これは最終通達だ。
選べ、お前がやりたいこととは命と隣り合わせでいつかは家族の前に立てないかもしれないんだぞ、とそういう表情をしている。
あからさまに心配している顔でこちらを見てくる。
…わかってる。それでも俺は、家族を、友人を、守りたい。
風雷と共に。
目を閉じて開ける。
「…やりたいです。」
鷺沼さんからの無言の肯定、促しを感じ、言葉を続ける。
「俺は、死にそうになったとき、確かに誰かを守りたいと願った。思ってしまった、その感情だけは何があっても忘れません。」
火雷と風伯の息を呑む空気を感じる。
島崎さんからの期待の眼差しと鷺沼さんからの、ありのまま受け取っている、そんな眼差しを受け止めながら、言葉を紡ぐ。
これは選択だ。
逃げるか、踏み込むか。
その境界線。
自分で宣言したからにはやりきれという、言葉の選択。
────誰かを守るために俺は守護者になりたい。
その思いは変わらない。
その思いを持っているのであれば、俺の紡ぐ言葉も、変わらない。
「守護者になることでしか守れない命があるなら、視える世界に落ちてしまったからこそ、守りたい」
鷺沼さんの目を見れば彼は一度目を閉じてそうして、頷く。
「…うん、わかった。お前の、神無蓮の思いは確かに受け取った。これ以上は野暮だな。風雷様にも確認を…」
『構わない、仮契約をするときに俺たちは覚悟を決めてる』
「…承知いたしました。大地、準備を」
「了解です!!」
島崎さんは右手で、敬礼をとってそそくさとどこかに向かう。
鷺沼さんが書類をトントンとまとめて、席から立ち上がる。
「春雨」
「はーい」
「え!?どこから…!?」
ひょっこり鷺沼さんの後ろから出てきた、赤いマフラーにたぬきの耳と尻尾をつけた女の子が現れる。
「あ、れ、?誰?」
「まあ、忘れてるか。誤認逮捕したときに島崎の隣にいたやつだよ〜。今日はたまたま報告に…」
「嘘つけ、後ろのバルコニーで日向ぼっこしてたろ」
「でへへ、まあそんな感じ!私は火鉢さんに報告してくるね」
女性はそそくさと部屋を出る。
鷺沼さんがこちらを見た。
「頼んだ。
神無くん、俺についてきてくれるか」
「守護者としても、上司としても」
「…はい!もちろん!」
「…うん、なら、行こうか」
フッ、と微笑んだ鷺沼さんに話しかける。
「い、一体どこに?」
「契約するなら広い場所がいいんだ。この陰陽局には守護者達用の契約の場がある。そこに行く」
バンっと扉が開き、島崎さんが何かを手にして帰ってくる。
「れーん、はいこれ正装。お前のな、和服だから。まだ制服は本契約の後!
風伯様、火雷様、許可を得てきたのでいつでも大丈夫ですよ」
『…ああ、力がみなぎるわけだ』
『ありがとう』
風伯と火雷がふわりと微笑んだことで、俺はもう戻れないところまで来たんだなと、覚悟を改めた。




