第11神 神居
神居。
エルフ、妖精、悪魔、天使——
空想の中にいるはずのものたちが、当たり前に暮らす島。
根の国は元々一つの島だった。
ある時、諍いから生まれた疫病に生き物たちが感染し、大きな戦争が起こった。
統治する神は言った。
『島を二つに分ける』
『神無には感染したものたちを』
『神居には生き残ったものたちを』
と。
神間橋を設けることで、神居からも神無からもお互いの世界を見れないようにした。
すると、神居には神居の独自の文化が生まれ、神無には神無の文化が生まれた。こうして戦争は終わり、平和な世の中になったのでした。
「めでたしめでたし…」
『めでたしか?それ』
「ガイドブックにはそう書いてるし…」
今俺は、黒いリュックに青いパーカー、とりあえず日差しよけに帽子を被り神居と神無を繋ぐ門の前に立っている。
ガイドブックは、その辺にあったから取ってきた。
「昨日の今日が休みでよかったなマジで」
『昨日が金曜日でよかったねぇ』
『そこにいる門番に声をかけろ。チケットはあるよな』
「持ってますぅ、子ども扱いすんなよな!高校生だぞ俺は!」
『私たちからしたら16歳なんて赤ちゃんだよ』
「神様基準で年齢測んないで!?」
ぶつくさと言いながら改めてこの場所────神居の入り口を見渡す。
この場所は神居の入り口にしては人通りが少ない。神無から来る人が少ないのもあるだろう。
それぞれテーマパークのような、チケット売り場とその門が並んでいる。
門は閉じていてチケットを渡すと開くのが見えるのだとか。
門は大きく、見上げても見上げても届かない。
ガイドブックに書いてあった鳥居は44メートルと書かれていた。
さて、門番を見ると猫や鳥、ウサギなどが二足歩行でチケットをもらっていてかなり慌ただしそうだ。
列ができている、その中に見覚えのある人がいた。
「はーい、そこチケット拝見するのでくださーい」
なんて声をかけているその男。
白いシャツにジーパンを履いた男が門の前であくびを噛み殺しながら立っていた。
でもその男に、俺は見覚えがあった。間違いない。
あの人、俺を誤認拘束した時の人だ────!!
「あ、あの…」
「ああ、どうも…チケット拝見しまーす。えーっと神無……え、」
パッと顔を見られる。目を見開く彼もまた俺の登場に驚いたようでその後鈴の方に目を向けられる。
彼は視えてる人だ。
「うわ、神無蓮くん!?どうも、久しぶり!!前はごめんね!あの時は神様の光と間違えて逮捕しちゃって」
「神様の光…?」
「あー、なんでここに!?というか神様がなんで鈴に!?うわ色々聞きたいことがある!なんで俺は今日仕事なんだー!!」
喋るだけ喋って頭を抱えだした男の人こと、島崎大地さんだ。
バッと顔を上げてこちらを見る。
「観光案内しようか?俺この後暇になるから」
「暇になるんですか…?」
忙しそうですけど他の方々…。と横を見る。
「大丈夫大丈夫。俺ここの管理人さんの後輩だから怒られない。ちゃんとメッセージも入れてオッケーもらったから」
「管理人さんの後輩…?」
「いいからいいから。俺上がりまーす!」
「ありがとうね、大地くん」
「はーい、ありがとうございます」
「またきてね。はい、これ美鈴ちゃんによろしく伝えといて」
「はい、伝えときますね。これもありがとうございます」
「大地くん飴ちゃん」
「島崎ぃ!これやるよ」
「ああ、ありが、うわ、あり、大丈夫、もういいから、いや、大丈夫!」
島崎さんのポケットにあれやこれやと物が入れられる。
段々と引き攣った笑顔を見せる。
「…どうやってこれを持って帰ろう」
「…すごい量ですね」
「収納リュックでよかった…異次元に放り込める」
「収納リュックってなんですか」
「これ?名前の通り異次元に放り込む。どっかにいっちゃうのが難点だけど割とありがたい代物だよ」
島崎さんがリュックを背負って門の前に立つ。
「ほんじゃ、行こうか。」
えー、こほん。と咳払いをし、こちらを向き直る。ニコと笑顔を見せて、チケットを切った。
「チケット拝見しました。神無蓮さん、神居入りですね、ようこそ、神居へ」
ぎぃぃ、と門が開く。後ろに並ぶ人たちも同じように門の中を覗く。
門の中は陽炎のように揺れた霧に隠れていた。
中は見えないが、その中からシャンシャンと音が聞こえてくる。
パッと明るく最初に見えたのは赤い鱗だった。
「うぉい!リューチンさん、頼むよそこで寝るのはやめてくれって」
鹿の門番さんがそうやって言いながら鱗を一つ蹴る。
「ぬぅ!?誰じゃ我の鱗を蹴るものは!」
「いやいや、そこにいるのが悪いんじゃねえか」
のっそりと動きだしたのは大きなドラゴン。
なぜか背中に座席が乗っている。
「え」
「もぉー、大将〜リューチンさん抑えててくださいヨォ」
鹿の門番さんが声をかけたのはそのドラゴンの後ろに乗ってのんびりとしていた男の人だった。
どう見ても普通の50代くらいのおじさんは笑う。
「わりぃわりぃ、ほらリュー、お客さんが通りたいんだとよ」
「むむ、我が塞いでいたか、すまんすまん」
「何年やってんだこのやりとりは」
やれやれと門番たちが笑い合う。
「あれはドラゴンタクシーのリューチンさんとその相棒の大将。1番長くタクシーのおんちゃんやってる。」
「タクシー!?」
驚く俺をよそに島崎さんが笑ってドラゴンタクシーを指さす。
「ちょうどいいし乗って帰るか!蓮はどこに行きたいの?」
「あ、神居政府に…」
「帰り道一緒じゃん!じゃあ行こうぜ。大将ー!乗せて」
「お駄賃よこしなさいよ」
「はいよー!」
「リュー、大地乗せて帰るぞ」
「なんじゃまた島坊か。学生の身分で働きすぎじゃないか?金が足りんのか?」
「そう金が足りないんだよ。母さんと父さんに恩返ししたいからさ」
よいせ、と言いながらタクシーの席に乗るために羽根から移動する。
羽も、わざわざ下まで下げてくれて、艶々とした滑らかな羽に乗ると羽根が上に上がる。
「うわぁ!」
「エレベーターみたいだよなぁ。神無にはあるよねエレベーター、神居には無いんだよ」
「えっ、逆に何で上下の移動をしてるんです?」
「転移装置。その階のボタン押すとそこにいく。エレベーターとはちょーっと違うんだよなぁ」
「へぇ……」
羽根が器用に席まで案内してくれたため、席に座るとおんちゃんはドラゴンの頭の上に立っていた。
「まさかあそこが運転席…!?」
「座っていつも空を眺めてるね」
「すっげ。って、あ、」
ドラゴンが羽ばたくために羽を一振り。
ぶわん、と音がして中に座る俺たちにも振動が一つ。ちょっと怖い。
続けてもう一振り。
飛ぶための動作の一つ一つに振動が伝わる。
「うぉ、あ」
少しずつ上がる高さに思わず窓を見る。
初めて見る世界。
初めて──────神居の中を見た。
和洋折衷の様々な建物に混ざる森や大きな池、浮かぶ島から落ちる滝のような川、星屑が光る海、それぞれ島の中が綺麗に分かれている。
神殿のようなものや、鳥居が立ち並んでいる。
奥の方には何か大きな神殿と和の混ざる建物。
ど真ん中には大きな島。
霧に囲まれていてよく見えない。
唯一、木の葉っぱだけは見える。
「上から見る神居、すごいっしょ。あの真ん中にポツンとした島、あるだろ?」
「あれは産夢。神が生まれる場所。
で死んだら俺たちが還る場所でもある。」
「死んだら還る場所?」
「そ!神様は俺たち人が語ることで生まれるんだってさ。そんで生まれたら今度はあそこが輪廻になる。あそこど真ん中に大きな木があるだろ、見える?」
「…はい、すごいですね…」
「俺は行ったことないけどね。聞いた話だから詳しくは知らないんだ〜」
「行ったことある人いるんですか?」
「いる!すっげえ強い人!」
「へえ」
「あ、この門がある場所は白刄と緑高の間にあるんだ。白刄は俺の学校があるとこ。あそこはよく飴が降ってくるんだよね」
「飴?!」
「おいしいよ。簡単に手に入るし、売られてるから今度あげる」
「へえ…島崎さん、白刄出身なんですね」
「そう、俺私立白刄高等学校2年生、よろしくね。飴ちゃんもらったしあげるよ」
「あ、ありがとうございます」
「君の神様、鈴の中にいるんだよね?出てもいいよ、神居だと自由だし」
『…悪いな』
『気を使わせてごめんね』
「いえいえ、こちらこそ」
島崎さんが笑いながら飴を食べる。この飴食べていいのか…何味だろ
「それちなみに、海味ね」
「海…味!?」
おいしいよ。と笑う島崎さんの言葉を信じて食べる。
これは…確かに…なんだ…?あまじょっぱい…。
コロコロと飴を舐めながら外を眺めれば他のドラゴンが飛んでいるのが見える。
「すげえー」
大きな山や、植物が流れる川を見て、改めてここが神居なのだと実感する。
「すごい、ファンタジーの話みたいだ」
「神無の人からしたら全部ファンタジーだろ」
島崎さんはケラケラと笑う。
「あれは信善寺の温泉街だよ、春夏秋冬温泉街。結構有名だから暇だったらいくといい」
「温泉街…ああ!ミケさんがいるところってあそこなんですね!!」
「えっなんでミケさんを知ってんの?」
「前に誤認逮捕されたときに帰りに挨拶を…」
「ああ、あのときに…」
「ミケさん達は温泉街の秩序を守ってんだよ」
微笑みながら窓の外を眺める島崎さんを見て、自分の手を握る。
俺も、守るんだ、誰かを。家族を。
「…すごいな、守ってるんだ…この島を」
「もちろん、俺たち守護者も違う形で守ってるよ。あの人たちは人を守ってる。俺たちはそれ以外を守ってる。神居政府はそれらをまとめて守ってんだよ」
「…守る」
「そういや、蓮くんは何しに神居政府に?その前なかった契印となにか関係ある感じ?」
「えっ、み、見えます?」
「もちろん、俺も守護者だからね。中途半端に契約した感じ?」
「…まぁ、はい」
「あちゃー、なら早く着いて契約できるといいね」
「少し忘れてきたんじゃない?人の名前とか」
「いやいや、うちの父さんの名前くらいは…あれ」
……言われてみれば、家族の名前が、出てこない。
そのことにゾッとする。
家族の、大事な家族の名前が…。
なんで、待って…。
顔も、少しずつ消えていく。
記憶の中の写真が黒くなるようにじわじわとノイズがかかる。
同級生の名前は、蜜柑、柊さん、…あと誰だ、誰がいた?
顔が青ざめていくのがわかる。
背筋が冷えて体の芯が冷たくなる。
『大丈夫、大丈夫だ。すぐに思い出せる』
『大地…』
「ごめんごめん!ほんとごめん!安心して!すぐに思い出せるから!」
ぱちんと両手を合わして謝られるが、もはやそれどころではない。
『一旦深呼吸』
その言葉に深く吸う。
ゆっくり吐き、胸を抑える。怖い。
「神居政府に着いたよ!ほら行こう!」
「おんちゃんありがとう!お駄賃は中にあるから!ちょっと急用だから!」
「了解」
「小僧」
俺を呼ぶ、リューチンさんに足が止まり見上げると自分の顔の大きさと相違ないくらいの大きな目が近寄る。
ビクッと肩を揺らせば目が細まる。
「そなたの神に感謝せよ、その症状を緩和してくれている。其方は覚悟せよ、それは因果との結びつきによるものだぞ」
──…どういう、意味なのかはわからなかった。でも多分、慰めてくれているのだというのがわかる。
「あ、りがとう…ございます、?」
「ふっ」
ぶおんと音がしてまた飛んでいく。
強い風に飛ばされそうになるも同じ風の神様である風伯がうまく風を流す。
『そら、入るぞ。この霧の奥だ』
勝手知ったる感じで風伯は霧の中に入って行った。
「俺たちも行こうか、この中は迷わないよ。ただまっすぐ進んだら大きな鳥居があるからそこを抜けるだけ。行きたいところに願ったらそこに行く。守護課の前に行きたいって願ってごらん。速攻着くよ」
「え、え?」
じゃっ、と霧の中に入っていく島崎さんに、そんな簡単に言われても!と足がすくむ。
唯一隣にいた火雷がきゅっと手を握ってくれた。
『大丈夫だよ、蓮。一緒に行こ。願って。』
「…火雷ぃ…うん」
願う。行きたいところ、やりたいこと、守りたいもの。
俺は、誰かを救いたくてここまで来たんだ。
目的は何一つ忘れてない。覚えてる。
ああ、でも……お母さんの顔はもう忘れてしまった…。
守護課の前まで、連れて行って欲しい。
その気持ちを込めて火雷に引かれる手のままゆっくりと前に踏み出した。




