第127神 過程は大切
打開策を考えようにも、決定打になりそうな情報は少ない。
チェーンメールの原因は天使様。名前どおり天使であること。ここが記録の中であること。今回は恋にまつわる出来事であること。それから――。
「マガツヒに感染してる可能性…か」
「天使本体がいるわけでもない非確定情報だもんなぁこれ」
珊瑚さんが呟き、俺たちは頷いた。
……そういえば、記録の中って言っていたが、それは前七不思議で噂の改竄をしたと言っていた終さんの話と似たようなものなのだろうか。
じゃあ、認識汚染がひどい、という話も……。
「……あれ、つまり七不思議の改竄された話と同じことを俺たちはされてる…?」
海中でもない空間を、小さな泡がぷくぷくと昇っていく。自分たちの口から出る声は、反響するように響いた。
ピコン、音が鳴って、響く。
「すみません、俺です…」
このタイミングの通知音はかなり不気味だ。恐る恐るポケットからスマホを取り出して、開く。宝からだった。
『れーん!清と付き合うことになった!天使様間違いないわー!』
書かれたRIRINの文面を読んで、バッと祠を見る。輪っかが掛けられているだけの祠は、何も変化がない。
ピコン、桃梛のスマホからも音が鳴る。
『桃梛ちゃん、ありがとう!宝龍と付き合えた。天使様のおかげだね♡』
ピコン、ピコン、ピコン
俺と桃梛のスマホからだけでなく、鷺沼さんのスマホからもなぜか通知音が響き渡る。
「…なんで、鷺沼のスマホにまで…」
「壊すか」
「スマホが原因じゃない可能性だってあるだろ」
鷺沼さんのスマホの画面にもたくさんの文面が流れてくる。
『天使様』『恋が叶った』『おかげで』『天使様神』『恋っていいね』『すごく失いたくない人と付き合えた』『ありがとう』『ありがとう』
「──天使様、なかなか強烈なことをするな」
鷺沼さんが祠を睨むように見る。俺と桃梛…鷺沼さんのスマホから鳴り止まない、天使様へのお礼のメッセージ。
……ピコン。
今まで俺たちのスマホだけにきていたのに、珊瑚さんのスマホから音が聞こえる。
静かな洞窟の中で響き渡るRIRINの通知音は逆に不気味さを醸し出す。
画面を見た珊瑚さんがため息をついて、片手で顔を覆った。
「…勘弁してくれ」
俺たちは珊瑚さんの画面を覗き見る。
そこには差出人『天使様』
文面はただ一言。
『あなたの願いを叶えます』
ブブッ
バイブ音。珊瑚さんの手の中にあるスマホが震える。
と同時に、周りの古代文字が光り出した。
「うわっ!」
俺は眩しさで目を閉じてしまった。
「…あれ、珊瑚さん?」
いつもの、聞き覚えのある声。
先程まで遊んでいたのか、ボールを持って、水着姿の朝梨が目の前にいた。
「──あ、さりちゃ…」
誰も声を出せなかった。
珊瑚さんが、こんなふうに名前を呼ぶのを初めて聞いた。
ずっとクールでかっこいい姿を見せていた珊瑚さんがここにきて初めて狼狽える。
「あ、と、」
「…願いを叶えます、ってことは…」
桃梛の言葉が小さく響く。
願いを叶える、つまりそれは無理やり告白することで成立させるのではないのか?
朝梨の頬が赤くなり、目を伏せる。
「……あの、珊瑚さん」
両手の人差し指を合わせて、悩ませるような声を朝梨が出す。頬は赤く、伏せていた瞳を開けた。
「私、実は…!」
どこか、夢を見ているような虚な目だった。瞳の中にある、ハートのマークに俺たちは洗脳されていることに気づく。当然真正面にいた珊瑚さんも気づき、珊瑚さんが焦ったようにバッと朝梨の口を手で塞ぐ。
「ダメ、ダメだよ……君は…、」
「……っ、君がそれを俺に言ったら、ダメだ」
苦しそうに眉を顰める珊瑚さんに、先ほど本人が言っていた、『叶わない恋をした』という話を思い出す。
「俺は、こんなこと望んでないから…、いつか、覚悟が決まったら……俺から言わせてほしい。」
きょとんとした顔で珊瑚さんを見つめる朝梨に、珊瑚さんはグッと口を噛み締めた。
「だから、今は」
小さく呟いた珊瑚さんは言葉を紡ぐ。
「我、珊瑚の名の下に告げる。夢の世界へ誘うために」
「あなたへ、夢を捧げましょう」
「────眠って」
朝梨の目が虚になり、頭が揺れる。次第に目を瞑った朝梨は、意識を失った。
珊瑚さんが抱き止める。
「…ごめん」
謝る必要なんてないのに、本当に優しい人だ。俺たちは何もできず二人の様子を見守っていたが、珊瑚さんの背中を鷺沼さんが叩く。
「!」
「ほら、大丈夫だから」
「…うん」
鷺沼さんと珊瑚さんのやりとりを眺めて、ヴラドさんは祠の方を見る。
「さぁて、余計なことをした天使様はさっさと顔を見せてくれませんとねえ」
ヴラドさんの言葉を聞いたからか、天使様が祠の後ろから現れる。
小さな身体に、純粋な綺麗なまなこ。水色の髪に、ハートの目。背中には弓矢を背負っている。
【これが人の恋でしょう?】
なかなか思想の強い天使だ。
高く子どものような声をした天使の言葉に珊瑚さんが否定する。
「違う、恋ってこんな強制されたものじゃないよ」
【…?でも人間はみんな喜んでたじゃない】
キューピットは首を傾げて俺たちを見上げる。
「バカですねえ、感情まで強制していたくせに、喜ぶもクソもないでしょうに」
【記録には君たちは付き合うって書いてあったから早めたんだ】
少し静かな間が祠の中で生まれる。
次第に珊瑚さんの顔が赤くなり、大きな声が出る。
「…は!?」
慌てる珊瑚さんの横で俺と桃梛は遠い目をした。
「とんだネタバレだ…」
「なんで私たちはこんなことをしてるんだろう…」
【ほら、嬉しいでしょう?美しい愛だよ】
愛の言葉に桃梛が反応する。
「こんな強制されたものは愛じゃない。愛も恋も選ぶものだよ」
【選ぶもの?今回のだって選んだものを早めただけだよ】
「それが良くないんだってば」
桃梛が少し怒ったようにムッとする。
天使は本当にわからないのか首を傾げた。
【どうして?】
鷺沼さんが今度は丁寧に伝える。
「物事には順序と過程があるだろ、それが大切なんだよ」
【わからない…わからないよ…】
ほろほろと声を落とす天使に、何故か俺たちの方が悪いことをしている気持ちになる。
天使は背中から弓矢を取り出して、珊瑚さんに向かって放つ。
「うわっ!あぶな!」
咄嗟に避けた珊瑚さんに天使は淡々と今度は俺に矢を放ってくる。
刀で弾けば、天使の弓矢がぽちゃん、と祠の前にある海の中へと落ちていく。
【君にだっているでしょう、運命の相手。早めようと思って】
「余計なお世話だって!」
ヴラドさんが助け舟を出すように言葉を伝えてくれる。
「記録を勝手に早めるのはあなたのお母様──王母が許さないのではないです?」
【王母は、許してくれるよ】
【僕らの母だもん】
「なんって、話が通じないんでしょう…」
はぁあ…と片手で額を抑えるヴラドさんの目が少し遠くなる。
そうして、「私には無理です」と壁の古代文字を見始めた。
「…へえ、妖精は眠る…ですかぁ、悲嘆海岸といえば妖精の心中悲恋話ですよねえ〜」
わかるけど投げ出さないで。
桃梛がもう一度伝える。
「…とにかく、過程が大切なの」
【君たちの絆だって早くに縮まったじゃない】
弓矢の攻撃を止めてくれたのか、立ち尽くす天使に、思わず突っ込む。
「だからぁ、いきなり仲良くなりました!はいドン!ってされても困惑するだろー!もっと順序!過程!流れが大切なわけ!」
【人は難しいね】
「天使が雑なだけじゃね!?」
祠の中に白い光があることに今更全員が気づく。
「アレって…」
「じゃあこの天使は反転してるのか!?」
祠の下にいる小さな天使を見る。
【人類はなぜ愛することをやめないの?】
【人類が早くに愛を進めれば世界は平和になるよ】
【ああ、でも人が多くなったらまた消さないといけない】
さて、この天使の思想を変えるにはどうしたら良いのか、マガツヒを壊さなければならないが泉までの距離がかなりある。
「…壊すには距離があるな」
「天使と戦う事なんて無かったから、どこまで刺激していいのかわからないね」
鷺沼さんと珊瑚さんが慎重に話を進めようとしている、俺の横にいた桃梛が声を出した。
「────つべこべ言わずに〜」
「あっ、桃梛!」
桃梛が刀を取り出す。
さすがは行動力が速い。素早さだけなら多分随一だ。
「我、桃梛の名の下に、恋の花を咲かせましょう」
「恋華──」
祠に向かって水の上を走り、突く。
祠の中にあるマガツヒに刺さる。
──パキンッ
割れる音ともに中で百合の花が咲く。
「──白百合の綴り」
ふわりと真っ白な百合の花が、花びらを一枚一枚落とすように散る。
「……まぁ結果オーライか」
「何回もマガツヒと戦ってると慎重になるのは良くない癖なのかもね」
鷺沼さんと珊瑚さんは反省したように肩をすくめる。
天使は目を見開き、慌てるように祠の周りを飛び回る。
【わあ…!僕の光が!やめて、なんでそんなことするの!】
桃梛が刀を納めながら、天使に向かって言う。
「人がなぜ人を愛するのか、それは理由なんてないよ。
なぜか惹かれて、なぜか手を伸ばしたくなる。それが人だよ」
珊瑚さんが一つ頷いた。
「でも、そこには選択肢がある。選ぶ権利は俺たちにあると、俺は思う。選ばれる権利も、ある。朝梨ちゃんの意思を否定してまで、俺はあの告白を受けるつもりは無いんだ」
珊瑚さんの言葉が胸に沁みる。その通りだ。
無理やり繋げた恋の後から、恋をすることだってあるかもしれない、でもそれは…。
「作り上げられたものじゃなくて、自分でやっぱ掴み取るもんだよなぁ」
「それができたら人は苦労しないと思いますけどねえ」
ヴラドさんが現実逃避から戻ってきてリアリティのあることを返されて思わず慌てた。
「理想論!理想論ね!現実的なこと言うと無理だってのはわかってますよ。でもやっぱりさ、過程すっ飛ばすのはちょっと俺は無理かもなとは思います。嬉しいけどね!?」
「どっちなんですか」
天使は、先ほどまで騒いでいたのが嘘のように、興味なさそうな顔をして割れたマガツヒを眺めている。
あれ…?
……断片が、見えない。
「…反転、してない?」
「断片が、ないなんてことあるのか」
俺の言葉に、鷺沼さんも驚愕しながらも、警戒するように杖を取り出した。
全員が困惑して天使を見る。
天使が次に攻撃をしてくる可能性も考えて全員が臨戦体制で天使に意識を向けていると、天使の手が薄くなっていく。
【ふーん、わかんないなぁ人間って】
すぅ…と消えていく天使を見ていると天使が満面の笑みを浮かべた。
【なら、戻さないといけないね】
祠の上に立つ天使は両手を後ろに回して愛らしく笑っている。
「ん?」
【過程を飛ばしたらダメなんだったっけ?】
「え、うん」
【じゃあ、君たちは戻らないといけないね】
「──戻る…?」
ガツンと頭が何かに強くぶつかったときのような衝撃。
ぐらりと目眩。
片手で頭を抱えながらよろめく。思わず壁に手をつくと壁の文字が光る。
「は、…っぐ」
満面の笑みを浮かべていた天使は片手をあげる。
【さようなら人間たち】
ふいに、天使は少し宙を眺めて、目を瞑った後、片手を下ろして肩を落とす。
【……いつも優しい観測者に、怒られちゃった】
【やりすぎたみたいだ】
ぐわっっと引き込まれるような痛みが頭から起こる。クラクラする頭を抑えて、鼻から血が垂れる。
【あの子も頭が限界だろうしね、流石に反省したよ】
「…なんの、はなし…」
【僕らはいつまでも君たちを見ている。記録はいつまでも残り続ける】
なんとか見える視界の先に、古代の文字を光らせて、宙に浮かんでいく天使の姿。消えていっているのになぜか声が聞こえてくる。
【あーあ】
微かに聞こえる、平坦な声。全く悲しそうな声ではない、ただ事実を口に出しているだけのような子供特有の声。
【残念だ】
残念だとすら思ってないような、それは当たり前のことを口に出すような声色が聞こえた。暗くなる前の、薄く開けた視線の先に、消えゆく天使は目を三日月のように細めて、楽しそうに笑っていた。
【世界は逆戻り】
────ぷつん。




