第126神 ブレる記録
冷たい洞窟の中、薄暗い通路の横にはたくさんの文字が書かれている。
この読めない文字が重要な言葉なのかもわからないまま、俺たちは歩いていく。
突然開かれた恋バナに、混乱しつつも、桃梛がしっかりと答えた。
「私は彼氏がいますね」
「おや、彼氏と。ああ、そもそも叶っている恋だからあの文面だったんでしょうか」
先程のチェーンメール。文面に俺との差異があったが、叶っているかいないかの違いか、と推測を立てたヴラドさんに、全員が納得の声を上げた。
桃梛も照れたように髪の毛を触る。
「かもしれません」
ヴラドさんは次に俺たちを見る。
「男勢は?」
「俺は、守りたい女の子がいます、昔からずっと」
「広大!君はなんて一途なんですか…!一途通り越してますよ!すごい!」
褒められてんのか…?と首を傾げる鷺沼さんと答えるべきものなのか考えあぐねている珊瑚さんと俺。
とはいえ、これは答えないと逃げられない。渋々と声を出す。こういうことを打ち明けたことがないので、何故かドキドキと緊張由来の心臓の音を聞きながらパーカーの紐を触る。
「……まぁ、好きな人くらいは」
「ほほう、それはどなたです?」
「俺には根掘り葉掘り聞こうとするんですか!?やめてくださいよー!」
鷺沼さんの後ろに隠れるとヴラドさんは残念そうに笑い、珊瑚さんに目を向けた。
「珊瑚、君は?」
「…いない、かなぁ」
「おや。好きな人も?」
「うーん、叶わない恋だったから…」
「悲恋ですか…切ないですねえ」
悲しそうに目を伏せた珊瑚さんの顔を見て、そういえばこの人のことよく知らないなと今更気づく。
「珊瑚さんって色さんと仲良かったですよね?相棒だって言ってたし…色さんとどれくらいの付き合いなんですか?」
「幼馴染だよ、生まれた時から一緒」
「え、私の彼氏と私と同じですね」
「そうなんだ?」
「私も彼氏とは幼馴染なんです」
「いいね」
珊瑚さんが桃梛を見て、目を緩める。次に俺に視線を向けた。
「赤歳家と中津海家は代々守護者の家系なんだ」
「へえ…」
「特に父さんたちの代…幻治郎さんたちね。仲が良かったらしい。今も交流あるくらいには」
「幻治郎さんって人間だったんですね…」
「人間だよ!!?…いや、昔からあんまり感情が出ない人ではあったけど…」
珊瑚さんと俺の話を黙って聞いていたヴラドさんが笑い声を上げた。
「あっはははっ!もっと昔、それこそ幻治郎が大学生の頃は凄かったですよ〜」
「え、何がですか?」
「聞きます〜?幻治郎の武勇伝。本人はそんなつもりないのに何故か救われたと言ってる人間が多い編です」
「何それ気になる」
思い出すように、でも楽しそうにヴラドさんは口を開いた。
「──あれはそう、幻治郎がまだ大学生の頃ですね…」
「彼はもともとビビりな癖に人を助けたがる人なんですけど」
目を瞑って回想するヴラドさんの横で思わず突っ込む。
「もう誰の話してんの?って感じですね」
「根っこは変わってないはずなんですけどいかんせん顔に出ないから困りものですね。まあいいんです。……そう、その幻治郎がやったことと言うのは落ち神の封印です」
「規模が急にでかい…」
「思ってたより重そうな話出てきた」
俺と鷺沼さんが思わず口を挟む。ヴラドさんは全く気にしていない顔で会話を続けた。
「いろいろありましてね、封印しないといけなくなった。そこで、彼が名乗り出たのです。この時点で彼は歴代守護者の中でも最高峰だと言われていたので、それくらい容易かったわけですね」
想像する。今でもなお、守護者の中でも最強だと言われている幻治郎さんが封印する姿を。
……雨水で封印してる姿を見ているので、思いの外あっさりと想像できた。
落ち神を前にして、指を二本だけ立て、『封』と唱えただけで封印した、あの姿を。
「これに救われたのは他でもない落ち神に神隠しされていた女の子!
救われた彼女からしたら命の恩人ですね」
「でも幻治郎はそんなつもりなくて。神様が殺されるのを見たくないが故に、封印という形をとったんです」
武勇伝がちゃんと武勇伝なことあるんだなぁ…。しかも他人からの情報だとリアリティがある…。
幻治郎さんの戦ってるところ見たことないのに強いことだけはめっちゃ聞くな…。
ヴラドさんはそれはもう大袈裟にこの狭い通路の中、両手を広げて楽しげに語る。
「他には、助けた神様に恋をされたり、神様に身体を作り変えられた人の身体を抑えたり……」
「なんか若干違うのもあるような…」
桃梛が腕を組み、うーんと唸る。俺もまた、ツッコミどころが満載な、確かに武勇伝と言っても差し支えのない話に唸った。
「……それ、普通に“凄い”で済ませていい話なんですか?」
思わず、聞くと、楽しそうに笑っていたヴラドさんは壁を撫でる。
「……まあ、軽く言いましたけどね。普通は笑えない話ですよ」
「彼はあれでいて優しい男なんですよって話をしたかったんです」
…冷たい性格をしていると思ったことは何度かある。でも同時に優しい人だとも、俺は思う。
「…わかってますよ、幻治郎さんが案外優しいこと」
「ふふ、君たちはちゃんと彼の優しさに触れてるんですね」
それならよかった。とヴラドさんは目を細めた。
「と、おや開けてきましたね」
天井まで、6メートルはある部屋に辿り着く。
真ん中には堂々と置かれた祠が一つ。その周りは泉のような水面に丸く囲まれている。
階段を降りると、まず石造りの床が広がっていた。祠はここからだと小さく見えるが、おそらく1メートル程度の大きさだ。
鷺沼さんが、呟き、珊瑚さんは天井を見上げる。
「…入り口から泉までだと2メートルくらいか…」
「泉自体はそんなに大きくなさそうですね」
「…円柱になってんだなぁ…。天井も綺麗だよ」
「うわ、ほんとだ…天使の絵…」
「少し潮の香りもしますねえ」
ヴラドさんが階段を降りていくのを慌てて追いかける。
上からは海の中だからか暗い。時折泡立つ水の音や、魚がぶつかる音が室内に響いた。
「ほほう〜、これはなかなか」
「祠、ってことは何か祀られてるのか」
「にしては他に何もなさすぎるけど」
見渡してみると意外と広い。壁には先ほどから書かれている古代っぽい文字。
「こういう文字って象形文字って言うんですっけ?」
「学校で習うよなぁ。読めんけど」
珊瑚さんと話しつつ、前を向く。祠に何かが引っ掛かっているのが見えた。黄色の輪っかだ。
「アレ、よく見たら輪っかが掛けてありません?」
俺が指を指す先の祠に、輪っかが引っ掛けてある。
全員が水際まで近寄って輪っかをみる。
どう見ても俺たちの想像する天使の輪だ。
「…天使っぽいな」
鷺沼さんの呟く声を聞きながら俺たちは少しずつ水際まで近寄った。俺はそのまま水面の縁をぐるりと回ってみる。
「…泉の半径3メートルくらいと見ました」
「長さ気にしなくていいと思うけどな俺」
珊瑚さんのツッコミを聞く。いや気になるじゃないですか、ここの広さ。泉から祠まで歩ける長さじゃないし…。
「てことは泉を含めるとこの建物は、横に10メートルか」
「鷺沼、答えなくていい。お前真面目すぎる」
俺の横にいた桃梛が泉の中を覗く。
「深さも結構ありそうですね」
「海の中に泉があるのがおかしいのに…」
水面の奥で何か白い影がゆっくりと横切る。
「待ってよく見たらこれ泉じゃなくて海だよ」
桃梛の指さした先には魚が泳いでいた。タコや亀まで泳いでいるのを見るに、かなり深い可能性がある。
「歩いては行けなさそうですねぇ」
ヴラドさんは腕を組んで悩んだ素振りを見せた後、指を鳴らす。
「遠距離であれを壊せば良いのでは?」
「壊したら解決するとかそういう安直な問題でもないんじゃないですか…?」
鷺沼さんが即座に返したことで、じゃあどうするべきかという振り出しの話に戻るわけで…。珊瑚さんが深くため息をつき、考えあぐねたように呟いた。
「さぁて、どうしたものか」
改めて、目の前に引っ掛けられている祠を眺め、打開策を考えることとなった。天使の輪っかを壊したところで、解決できる話ならきっと誰かがもうやっていた。にも関わらず壊されていないということはそんな簡単な話でもないんだと思う。
海の音を聞きながら俺たちはまた頭を悩ませたのだった。
◆◆◆
砂が足元を舞う。海辺の人たちの笑い声が響く。
「朝梨ー!飛ばすんだぞー!」
「いっくよー!アルさーん!」
バンっ
ビーチボールでバレーをする朝梨、るん、アルバート、春雨、色、色華。
一回戦で、神様たちは参加するのをやめて今や海辺で遊んでいる。
「るんちゃーん!」
「はいよー!」
「お兄!」
「まっかせろー!」
各々が楽しそうにバレーやっている近くには、浮き輪で泳ぐ影森の姿。
「眠花、離すなよ。絶っ対俺から手を離すな、いいな」
「わかりました、振りですね?」
「違う!あわ、ばか!なんで離すんだ!」
「情けない。ほら、頑張りなさい」
「やめろー!うわぁ!」
浮き輪を取られた影森は無事沈んだ。それを見て笑う眠花。
「あっはっはっはっは!宗!あなた本当にっ、あっはっはっは」
「くそ!ヴラド!ヴラドあいつどこいきやがった!あいつも海に沈めてやる!」
「あな、ふふ、あなたが沈んでるのにっ、んふふ、あはは、どうやってヴラド公を沈めるんです?ふふ」
クソォー!
叫ぶ影森の姿に、ラスボスの影も形もない。
幻治郎はそんな子供達を眺めながら、ため息をついた。
「……はぁ」
『幻治郎、何ため息なんか付いてるの?』
「…火雷様」
『なんだ、疲れてるのか幻治郎』
火雷の横で風伯がひょっこりと顔を出す。そんな2人を見ていた慧が近寄る。
『やだ、ならもっとパラソルの中に入りなさいよ。荷物なんて日に晒しても問題ないんだから』
なんだなんだとワラワラ神様たちが幻治郎の周りに集まる。
「いや、大丈夫、大丈夫ですから」
『お前はそう言っていつも大丈夫ではないだろう』
「…夏目様にまで言われたら終わりでは…?」
『ほら、幻治郎横になりな』
『そうだぞー、幻治郎ちゃんと寝ないと!』
梓と纏様にまで怒られる。
そんな酷い顔してるのか俺。無理やり横になりながらうとうとする。
ああ、まずいこんなところで寝るわけにはいかない。
しかし周りが神様しかいないからか、それともこの記録のせいか。
『でも久しぶりに見たねえその顔!』
『確かに、久しぶりに見たなぁ』
久しぶりに見た?俺は今どんな顔してるんだ…。
火雷様と風伯様が優しい笑みを浮かべてこちらを見下ろした。
懐かしそうに、思い出すように目を細める。
『子どもの頃よくやってたね』
『困ったときの苦笑い!』
火雷様の弾んだ声に、パチリと目を瞬いてしまう。そんな困った顔していたか?
『よくやってたなぁ』
『困らせてたのは私たちだけどねえ』
『この顔見ると幻治郎を困らせることができた達成感みたいなのあったんだよなぁ』
風伯様、慧様、梓が笑ったあと、ふふ、懐かしい。と火雷様が微笑む。
…この記録が、数日後に起こる未来の記録だというのはわかっている。
つまり、未来の俺はこの神様たちをこうして安心させることができるくらいには、気が緩んでいるのだろう。
横になったけど起き上がる。
『おわ、幻治郎起きたらダメだよ』
「いいや、起きてます。それより、せっかくの夏なんです。楽しんできたらどうです?」
ジッと火雷様に見られる。居心地が悪い…と感じるのも未来の俺の感情だろうか。
『ふふ、幻治郎。今度こそまたあの綺麗な術を見せてね』
「──術?」
『そう、大きくて、花火みたいなやつ』
『政府で話してたやつか』
『そう』
すっごく綺麗だったの覚えてない?と火雷様に言われる。
「──一度だけ、あなたの前で見せたやつですか」
『そうだよ』
「…わかりました、いつかその時が来たら」
『ふふ、楽しみにしてるね!よし、じゃあみんな戻ろ!幻治郎はもう良いって!』
『火雷様が言うなら…幻治郎〜ちゃんと寝ろよ〜』
『水分もとるのよ!』
火雷様の鶴の一声で神様たちが去っていく。
「…火雷様の立ち位置、相変わらずわからん」
神様たちが楽しげに海の中に入っていくのを眺めて、片膝を立てる。
遠くのものを見るように目を細める。
「…ブレるなぁ…記録」
少しずつ、自分のいつもの感覚が取り戻される。
目を閉じ、開く。ブレていた視界が落ち着く。
「…うん、いい感じだ」
ようやくこのブレにも慣れてきた。
眉間を揉みながら、息を吐き、身体を後ろの荷物に預ける。
「あっちはもう少しで終わるかな」
潮風に吹かれながら幻治郎は今後に思いを馳せたのだった。




